なぜスウェーデンの病院はアートやデザイン主導で変化できるのか。
ストックホルム県職員のトールン・スコーグランドさんに聞いた。

▲スウェーデン・ストックホルムにあるセント・ヨーラン病院。

現在発売中の「AXIS」最新号記事、「アートとデザインを活かし、生活と医療の場の隔たりをなくす」で紹介したストックホルム、セント・ヨーラン病院。同院の緊急治療部病棟の改築にあたって開催された、建物内に配される「パターン」の作品コンペで選ばれたのが、デザイナーである赤羽美和さんの作品でした。

ワークショップで病院内のデザインを共創する

広告制作会社のサン・アドに所属した後、フリーランスに転じた赤羽さんが一貫して取り組む参加型のデザインワークショップ。それは、「丸、三角、四角」の形を用いながら、複数の人が会話を続けるように生み出す造形をもとに、パターンをつくり上げるというものです。セント・ヨーラン病院のワークショップでは、病院の職員が参加するというプロセス自体も高く評価されました。

赤羽さんの提案がコンペで選出されたのは2013年春です。その後、16年春のプロジェクト完成に至る間までに強く感じたのは、医療という場の環境づくりに関わる専門家たちの積極的な姿勢と専門性が結集されていた状況だったといいます。

「アートコーディネーターをはじめ、建築家や施工担当者、病院で働く人々など、各分野の専門家がそれぞれの責任を全うしながら、協力しあい、病院内の環境を実現させている状況に新鮮味を覚えました。私はアート部門の一員として関わるわけですが、提案を実現すると同時に、病院づくりに参加するひとりとして、他部門との連携を常に意識することが重要だと感じました」(赤羽さん)。

▲ワークショップをデザインした赤羽美和さん。

アート性ゼロの公共建築を産まない仕組み

スウェーデンでは公共建築の新設や改築時に全体予算の1%をアートにあてることが法律で定められています。「人は誰でも文化的に最低限保障された生活を送る権利がある」との考えに基づいて1937年に導入された、通称「1%ルール」です。さらに70年代初頭、ストックホルム県の評議会では、文化行政の一部と並んで病院でも全体予算の2%をアートにあてる旨を決定しています。

そうしたストックホルム県の職員であり、セント・ヨーラン病院のプロジェクトにプロジェクトマネージャーとして関わったトールン・スコーグランドさんに、同院のコンペについて尋ねました。以下はそのやりとりです。

▲セント・ヨーラン病院のプロジェクトマネージャー、ストックホルム県職員のトールン・スコーグランドさん。

ーースコーグランドさんの仕事について教えてください。

芸術、文化地理学、定住史学をストックホルム大学で学んだ後、ミュージアムをはじめとする文化部門で働きました。文化行政の仕事を経て、15年前より県のアート部門のプロジェクトリーダーとして働いています。同僚の何名かは、アーティストとしてのバックグラウンドを持っています。今、私は7つのプロジェクトを担当していますが、1年に手がけるプロジェクト数としてはごく普通です。完成した作品を購入するものもありますし、セント・ヨーラン病院のようなプロセス重視のものまで、内容や規模はさまざまです。

ーー具体的なプロジェクトについて教えていただけますか。

ダンデリード病院というところで、26,000㎡に及ぶ新築の緊急病棟のプロジェクトに関わっています。緊急搬送受付、手術室、集中治療室、心臓集中治療室など多数の機能を備えた病棟となり、私は屋内外に設置する作品選出のほか、階段室、エレベーターホール、エントランスなどに設置する8つのアートプロジェクトを進めています。場所によっては光を灯すような作品もあります。

ーー医療の現場において、デザインやアートの重要性とは?

医療施設に人間らしさをもたらし、弱い立場の人や患者の気持ちを支えるものです。忘れてならないのは、作品に接する人々の多様な状況です。患者だけでなく付き添いの人々も、普段とは異なる強いストレスを抱えた状態で作品と向き合うことになる。職員も、多忙な仕事のなかで作品を見ることになります。

▲セント・ヨーラン病院では、待合室や処置室のほか、廊下、エレベーターホール、階段などに赤羽のデザインが導入された。

ーーセント・ヨーラン病院の緊急治療部の新病棟は、昨年春に完成しました。ほぼ1年が経過していますが、スコーグランドさんが実感されていることはどんなことでしょう。

プロジェクトは2012年の公募に遡ります。状況に応じて空間を仕切った治療がなされる緊急治療部のために、ガラスのパーティションなどに用いる「パターン(模様)」を募集する内容でした。ガラスパーティションを二重、三重の状態で用いる状況もあるため、使用状況、場所に応じて柔軟に用いられるデザインであることが重要な点です。パターンを階段やエレベーターホールや長い廊下にも展開することも想定していました。

改めて感じているのは、ガラス面のパターン模様、廊下や階段の陶板作品、壁紙など、全体的に実によく統一されていることです。廊下と階段部分の陶板作品だけでなく、パーティションやドアのガラスに施した透明や乳白色のパターンなど、パターンが緊急病棟全体に広がり、各所で感じることができるものとして仕上がっていますね。デザインコンセプトが病棟に広がり、デザインが病棟と調和し、ひとつになっている。期待した通りの結果です。

▲プロジェクトを通して完成した作品「JAM」(一部)

ーーホスピタルとデザインの関係について、スウェーデンでの最新状況に興味があります。

病院の建物と調和する提案や、院内のさまざまな業務との関係をより深く考えることで、デザインやアートの力がこれまで以上に発揮できると思っています。試験的な試みとして、一部の患者が病院のベッドを離れるためにアート作品が活かされていたりもします。精神を患った患者がサウンドアートに自主的に触れることのできるプロジェクトも始まっています。プロジェクトに関わる私たち自身の仕事にも、教育学をはじめとする新たな知見が求められ、これまでにない試みが期待されるのではないかと感じています。

ーー芸術助成金の制約が軽減され、作品の設置場所を自分たちの裁量で自由に決められる状況になっていることも興味深い点です。病院のエントランスや通路などにも、芸術的な作品を設置することができるようになりました。

こうしたさまざまな動きがあるなかで、プロジェクトを成功させるために念頭に置いているのは、建築家をはじめ、各分野のプロフェショナルの知識や経験に基づく判断が重要であるということです。そしてどのプロジェクトでも、基礎的なリサーチを丁寧に行うこと。デザインやアート作品の選出や制作における専門家だけでなく、医療の専門家である病院職員、管理面でのプロフェッショナル、建築の専門家など、それぞれの力が結集されることが不可欠です。

ーー貴重なお話をありがとうございます。

赤羽さんが「セント・ヨーラン病院のプロジェクトに参加して、自分の職能をいつもの通りに発揮することや、特別なことをしすぎないことこそが大切だと考えるようになった」と語ってくれたことが印象的でした。




ホスピタルアートが秘める可能性

また、彼女はこうも語ってくれました。「私たちの普段の生活圏内に医療はある。ホスピタルとデザインに関わることは特別なことではなく、さまざまな専門家の結集、各部門の連携において、最良の仕事をすることこそが大切なのだと感じました」と。

コンペの提案が良いかたちで実現したことを含め、プロジェクトに関わる専門家の知見と経験が医療の場に結集されていることの意義を、話をうかがいながら改めて実感しました。「ホスピタルとデザイン」の可能性について、幅広い立場から考えることの重要性をこれまで以上に感じています。

東京・六本木のシンポジア(アクシスビルB1F)にて、赤羽美和さんがセント・ヨーラン病院のプロジェクトで行ったワークショップについての展示が開催中。2017年7月25日(火)まで。実際に活用したツールやアウトプットなどを見ることができる。また、22日(土)、23日(日)には「医療に対してクリエイティブな発想が出来ること」をテーマに、医療関係者、デザイナー、アーティストなどを交えたトークセッションを開催する。(Photos by Hironori Tsukue)End

ホスピタルとデザイン展

会期
2017年7月19日(水)ー 25日(火)11:00 ~ 20:00(会期中無休)※最終日7月25日(水)は18:00まで
会場
シンポジア(東京都港区六本木 5-17-1 AXIS ビル地下 1F)
入場
無料(トークセッションは有料)
7月22日(土)、23(日)に開催するトークセッションの内容およびお申し込みはこちら
主催
ホスピタルとデザイン展実行委員会