独学でデザインを学んだ坂下和長の20年。
生活に小さな変化を与え、永く愛されるものをつくりたい

福岡を拠点にする坂下和長は、家具や生活道具を中心に手がけるプロダクトデザイナーだ。自身のスタジオCRITIBA(クリチーバ)での活動のほか、2024年3月に立ち上げたアルミ鋳物メーカー、エフキャストのブランドFOUNTAIN/FOUNDRY(ファウンテン/ファウンドリ)のデザイン企画にも携わる。今年2月に開催された見本市「LIFE×DESIGN」の企画展示FOCAL POINTでは、20年にわたる活動の成果を発表。これまでのプロジェクトを見つめ直す機会を経て、また新たな挑戦に向かおうとしている最中だという。そんな坂下にデザインに対する考えを聞いた。

「shallows」industry+(2015)。表面張力をテーマにデザインしたクリスタル製花器。Photo by TAISHI FUJIMORI

ザ・コンランショップとの出会いから始まった

坂下は、ふぐ漁の盛んな福岡の漁港近くで生まれ育った。漁師の父が漁具をつくるのをそばで見たり、一緒に船に乗って手伝ったり、海岸で拾った網や糸で釣り道具をつくって遊んだりしていた。「今から思えば、それがものづくりへの興味の出発点だったかもしれません」と振り返る。

中学・高校時代は剣道に打ち込み、地元の大学の商学部に進学。転機となったのは、大学3年時の1998年にザ・コンランショップ2号店が福岡にオープンしたことだ。洗練されたディスプレイデザインに衝撃を受けて、ここで働きたいと思い、大学卒業後に就職した。

「HITSU Chair」(2019)。鳥居をモチーフに、リニューアルする蕎麦屋のための椅子をデザイン。座る人を主役に考え、人が座ると存在感が消えて、風景に取り込まれるような空気感を意識した。Photo by NORS photographica

ザ・コンランショップでは、最初は検品や梱包、配達といった裏方の仕事だったが、そこでのさまざまな経験がデザインの基礎を築くことにつながった。検品作業では、イギリスから届く製品に不具合がないかを細部まで確認し、目で見て手で触れて体感しながら名作のフォルムや曲線、重さなどを学んだ。配達業務では、製品をユーザーに届けた際に組み立てから設置、レイアウトまで任されることもあり、実際に人がどのように家具を使って暮らしているのか、リアルな生活空間を見たことも勉強になった。

「SADY Editor’s Shelf」(2022)。オフィス家具ブランドWAAK°(ワアク)からの依頼で、コルク代表で編集者の佐渡島庸平の自宅の家具をデザイン。Photo by Kei Yamada

その後、家具の販売担当になり、次第に自分で家具をデザインしたいという思いが芽生え始める。休憩時間を利用して、店内に並ぶ家具の高さや幅、材の厚みなどをメジャーで測って記録し、事務所内のデザイン関係の本を読みあさった。「美大出身でもなく、設計事務所で働いたこともないので、日々、自分なりにあらゆることを貪欲に吸収しながら、デザイン案を考えてノートに描き溜めていました」と坂下は振り返る。


「FINGERS CROSSED」(2024)。指を交差させる「幸運を祈る」というジェスチャーをモチーフにしたコートハンガー。コートやバッグなどをそれぞれ重ならないように3方向にかけることができる。Photo & Movie by NORS photographica

デンマークで北欧家具の魅力に触れる

ザ・コンランショップで3年ほど勤めたのち、デンマークのビンテージ家具を中心に扱うNESTに2002年に転職。2004年にコペンハーゲンへの買い付けに同行して、北欧家具の真の魅力に触れた。

「使っていた人が手放した後も、次に誰かが使う可能性がある。だから、みな生活のなかで家具を大切に扱い、リストアの仕事も丁寧で、傷やシミも味わいとして受け入れる。こういうふうに人から人の手に渡り、永く大切に使われる家具をつくりたい」。その思いが自身の家具デザインに対するひとつの指針になった。

「ROW-楼-」(2005)。日本と海外の素材を組み合わせて設計された福岡の大宰府政庁「都府楼」から発想し、畳とアルミニウムを用いて製作したベンチ。

家族との生活によってデザインが変化

2005年に福岡初のデザインイベントDESIGNING?に坂下も参加し、DIYでつくったテーブル「ARE(アール)」を発表。それを機に翌年、29歳のときに友人たちと立ち上げたシェアオフィス・桜坂事務所内にCRITIBAを設立した。独立して最初に製作した家具は、福岡のアートイベントに出品した、畳とアルミニウムを組み合わせたベンチ「ROW-楼-(ロウ)」。NEST勤務時の顧客だった、現在の妻の家業であるアルミニウム鋳造メーカー、エフキャストに製作依頼し、生まれた作品だ。

「BIRD on the book」(2010)。鳥が翼を広げた姿をモチーフに考えた、真鍮製ブックウェイト。使用しないときもオブジェとして楽しめる。Photo by NORS photographica

活動し始めた頃は、「独学で学んだゆえに、細くて薄いものが美しいという業界の美徳のようなものにあやかろうとしていたところがあったと思います」と坂下は言う。やがて子どもが生まれ、家族と生活するなかで、ものに「強度」をもたせて、使っていないときにも美しく見える佇まいに注力するなど、デザインに対する思考が変化していった。2011年には住まいを新築し、1階をガラス張りの事務所兼ショールームにして地域に開かれた場をつくった。


「shallows」industry+(2015)。中央に花を生ける穴が空き、そこからあふれた水が上部に溜まって表面張力が発生することで、花器と水の境目が消えてわからなくなる作品。Photo & Movie by NORS photographica

デザインに重要なのは、人の心を動かす力

2013年には、代表作「shallows(シャロウズ)」が誕生する。以前から表面張力をテーマにしたものをつくりたいと考えていたなかで、雨上がりの水たまりを見てアイデアが生まれた。同年のDESIGNING?で発表し、翌年パリの展示会に出品。2015年にシンガポールのデザインブランドindustry+を立ち上げた中牟田洋一(現・CLEAR GALLERY TOKYOオーナ―)の目に留まり、同ブランドでのミラノサローネへの出品と製品の取り扱いが始まった。

shallowsを見た人は、みなほとんど同じ反応をするという。「不思議がって顔を近づけて、手で触って驚き、笑顔になる。そういう姿を何度も見ているうちに、人の心を動かす力を備えていることがデザインの重要な要素ではないかと考えるようになりました」。

「STAND BY ME series PLANTER “GORDIE”」FOUNTAIN/FOUNDRY(2024)。植物が好きで集めて愛でるなかから、プランターのアイデアが生まれた。

2015年から同郷の高須 学とともに、東京で自主企画展Beyond the simplicityをスタートさせ、2017年から2020年まで中庭日出海を交えた3人でDESIGNART TOKYOに参加した。

2024年3月にはエフキャストのブランドFOUNTAIN/FOUNDRY(@fountain.foundry)を立ち上げたことをきっかけに、ててて商談会(直売会)に出品した。坂下はFOUNTAIN/FOUNDRYのデザインディレクションを担い、自らもデザイン企画を考える。これまでにプランターやキャンプのテント用ペグ、お香立て兼キャンドルスタンドなどをつくったが、今後は工場で働く職人の思いや考えを反映させたものも製品化予定で、それらがエフキャストのPRにつながればという思いを抱いている。

「SEAGULL」(2008)。坂下が魅力を感じている、ある北欧メーカーにプレゼンすることを意識してデザインを考えた。

FOCAL POINTでの反響を受けて

見本市「LIFE×DESIGN」のクリエイティブディレクターを務める正田琢麿(@takuma_shoda)の誘いを受けて、2025年2月に開催された企画展示FOCAL POINTに出品し、FOUNTAIN/FOUNDRYを含むこれまで手がけた多数の製品や作品を展示。多くの人との出会いに恵まれた。

そこでは自らにとって思い入れの強かった、過去に試作した家具「SEAGULL」「SPINE」の反響も得られ、背中を押された気持ちになったという。現在、それらは製品化に向けてプラッシュアップを図っている最中だという。坂下は9月に開催されるFOCAL POINTにも出品予定だ。

「京屋雫ル」京屋酒造(2019)。「一滴のしずくが落ちる瞬間のかたち」という要望を受けて、超撥水加工の紙皿に水滴を落とし、スローモーション撮影した動画の1コマから抽出したフォルムをもとにボトルのデザインを考えた。

自身のデザインについて、坂下はこう語る。「自分のつくるものは、iPhoneのように世界を一瞬で変えるような劇的な変化や影響を与えるものではないけれど、永く愛されるものをデザインしているという自負はあります。ひとりひとりの使い手の生活に小さな変化を与えて、それが波紋となって周囲に広がることで豊かさをもたらすことができると信じています」。

「SPINE」(2020)。構成要素をシンプルにして、スツールの縦のラインが際立つように設計。座る人の後ろ姿も美しく見えるように考えた。Photo by NORS photographica

今秋でデザイン活動20年目を迎えるにあたり、次のステージを目指して挑戦意欲が高まっているという。過去に手がけた試作や長年構想を練ってきた曲木椅子の製品化の検討、多様な企業や工場と協業をしていきたいという思いを抱いているほか、これまでも店舗内に飾る大型オブジェを制作してきたが、こうしたアート活動を今後も並行していけたらと考えている。

坂下のデザインは優しく静かな佇まいをしているが、ふと足を止めて見入ってしまうような人の心をつかむ奥深い魅力がある。この6月にはショールームをリニューアルオープンし、そこにはFOUNTAIN/FOUNDRYの製品や試作が並ぶ予定とのことで、坂下のデザインを堪能できる場になるだろう。ここから小さな波紋が生まれ、それが何倍にも大きく広がっていくことを楽しみにしたい。End


坂下和長(さかした・かずなが)/プロダクトデザイナー。1976年福岡県生まれ。1999年西南学院大学商学部卒業後、ザ・コンランショップ、北欧ビンテージ家具ショップNESTを経て、2006CRITIBA(クリチーバ)を設立。自ら発信するオリジナルプロダクトのほか、さまざまなメーカーやブランドの商品開発に携わる。2024年よりアルミ鋳物メーカーのエフキャストのブランドFOUNTAIN/FOUNDRY(@fountain.foundry)のディレクションとデザインを担当。受賞歴にグッドデザイン賞、レッド・ドット・デザイン賞、A’DESIGNアワード金賞・銀賞など。