Wix Studioによって拓かれる
ウェブデザインの新たな地平とビジネスビジョン

ウェブ制作の現場はIT業界の中でも近年変化の著しい分野のひとつだ。これまで“分業制”が当たり前だったデザイナーとエンジニアの仕事は、ノーコードツールの誕生によって大きく変わろうとしている。その変化の波紋は技術的な進化にとどまらず、導入する企業や組織にとってビジネス構造全体にまで及びつつあるという。最新のノーコード/ローコードツール「Wix Studio」を導入した、ブランディングとサービスデザインをグローバルに提供するbtraxのブランドン・K・ヒル氏に詳しく聞いた。

     btrax のFounder & CEO、ブランドン・K・ヒル氏。

ノーコードがもたらす革新と可能性

「デザイナーが思い描いたビジュアルを、エンジニアなしで忠実に再現できる」。

サンフランシスコと東京を拠点に、ブランディングやサービス開発を手がけてきた「btrax」。これまでヤンマー、SUBARU、サントリーなど、多数の企業のプロジェクトを担当し、その実績を積み重ねてきた。その先頭に立ち、企業の成長を支援してきた代表のヒル氏は、これまでクライアントからのフィードバックと微調整の繰り返しなど、デザイナーとウェブエンジニアの間の煩雑なコミュニケーションに多大な時間的コストがかかっていたと振り返る。

「ウェブサイトのデザインはブランディングにも大きな影響を与えます。フルレスポンシブであることや洗練されたアニメーションなど、細かなつくり込みは手を抜きたくない。ただ、メインではない細部のデザインに、エンジニアのリソースが割かれすぎていることがよくありました」。

そんな中で同社が導入したのがWix Studioだった。制作会社や企業向けに特化したウェブ制作プラットフォームであるWix Studioの最大の特徴は、高度なデザインをノーコードで実現し、必要に応じてCSSやJavaScriptで柔軟にカスタマイズできる次世代のプラットフォームであること。btraxでは、最近あるスタートアップ企業のウェブサイトをWix Studioだけを使って開発したという。

「開発者目線でまず感じたのは、直感的なUIで学習コストが抑えられ、レクチャーを受けずとも誰もがスムーズに使いこなせるということ。実際、WordPressを使ったサイト構築と比べて半分以下のメンバーで、工数も約半分で構築できました。従来2〜3カ月かかっていたのが1カ月で完成し、予定よりも2週間早く公開できました」。ウェブエンジニアとしても豊富な経験を持つヒル氏は驚きながらそう話す。 

フルレスポンシブなサイトを効率的に

公開されたばかりというそのサイトは、タイポグラフィを中心に据えたミニマルなデザインながらも、スクロールに連動したコンテンツの細かなアニメーションや動的なエフェクトがサイトにスタイリッシュなイメージを与えつつ、視覚的な階層構造が明確で情報をクリアに伝えている。

ヒル氏は「まずFigmaでおおよそのデザインを作成、それをWix Studioにインポートさせました。デザイナーが思い描いたビジュアルを忠実に再現するのは、これまでデベロッパーには大きな労力でしたが、Wix Studioであればデザイナーが自ら開発できる。デザインと開発の乖離が最小限に抑えられた」と振り返る。

Wix Studioはキャンバス上で自由に構想を練り、ピクセル単位でデザインすることが可能で、「レスポンシブAI」を使えばあらゆる画面サイズに自動で最適化される。アニメーションの追加、スクロール、マウスオーバーなど多彩なエフェクトをすべてノーコードで適用でき、カスタムCSSを導入すれば独自のスタイルやインタラクティブな要素を追加することもできる。

「従来はクリエイティブディレクターのほかにウェブデザイナーとコンテンツライター、フロントとバックエンドのデベロッパーがひとりずつ、必要に応じてサーバーエンジニアも加えたチームを組んでいました。ですが、Wix Studioを使った今回はデベロッパーもサーバーエンジニアも不要。メンバーが少なくなると伝言ゲームが減って精度が上がり、開発スピードが格段に上がりました」。

こうして想像を超えるスピードで完成したサイトに対して、クライアントから「This looks sexy!」という感想が届いたそうだ。

制作会社や企業向けに特化したWix Studioは、クライアントとの連携機能も充実。サイト上に直接コメントを追加でき、リアルタイムで確認・修正ができるなど、デザイナーがクライアントと打ち合わせながら直接アニメーションやビジュアルの微調整をすることも可能だ。

ウェブデザインの「解放」

ノーコードツールの進化は、ウェブデザインのあり方だけでなく、ビジネスのあり方にも大きな変革をもたらしつつある。Wix Studioのような高度なノーコード/ローコードプラットフォームが広がることで、デザイナー単独でも高品質なウェブサイトを作成できるようになった。ヒル氏は企業ブランディングという視点から見れば、ウェブサイトは「チャンネルのひとつでしかない」と言い切る。「その制作プロセスが短くシンプルになれば、その分のリソースをブランディング全体の施策やプロモーション動画の制作などにあてられる。ビジネスオペレーティングが変わっていくだろう」と。

動画や音声、VR/ARなど、コンテンツプラットフォームが多様化するなかで、ホームページの役割はさらに特化したものになり、そのレイアウトやユーザービリティは「いつかは究極的に最適化されたものにたどり着くと思う。だからこそ、多くを任せられるWix Studioは非常に有益だと思うし今後もさまざまな場面で使いたい」とヒル氏は言葉を継ぐ。

「レスポンシブAI」の機能が象徴するように、AIの発展とノーコードツールのさらなる融合により、近い将来、人の手でコードを書く必要すらなくなる可能性もある。そのとき、技術的な壁に制限されていたデザイナーの創造性は、真に解き放たれるのかもしれない。Wix Studioはウェブデザインを広く「解放」させるツールでありながら、人間のクリエイティビティに関して重要な問いを投げてもいる。(文/安藤智郎)

ブランドン・K・ヒル/大学卒業後、アメリカ・サンフランシスコでデザイン会社btraxを創業。現在は日本にも拠点を置く。シリコンバレーのデザイナーやスタートアップ起業家とのつながりを多く持ち、各種の国際イベントに登壇する一方、サンフランシスコ市政府アドバイザーや経済産業省スタートアッププログラムの公式メンターなどを務める。