アートとデザインの「際」で生まれる価値
KIWA ART AND DESIGNの創造の流儀とは

2023年の「ジャパンモビリティショー2023」で初公開されたコンセプトカー「Turing Falcon」。キワは外装デザインからインテリア、UI、さらに展示ブース設計まで一貫して手がけ、チューリングのビジョンを体現した。

2018年に設立されたデザインコンサルティングファーム「キワ・アート・アンド・デザイン(以下、キワ)」。国内外のデザインアワードの受賞歴が多数あることに加えて、上場企業からスタートアップまで幅広くデザインコンサルティングを手がけている点は、設立8年目のファームとして特筆すべき実績だ。モノや場所のふちを意味する「際(きわ)」を社名に掲げる同社は、アートとデザインの境界線を重ねつつも曖昧にするような、新たな価値観を提示してきた。自己表現のためのアートでもなく、利益追求のマーケティングでもない、その独自のポジションから生まれる価値とは何か。代表の平賀俊孝をはじめとする3名の主要メンバーを取材した。

正解のないデザインを追い求める

キワは平賀と大学時代の後輩である根本正樹が立ち上げたデザインコンサルティングファーム。デザインにはある程度正解があるはずだが、アートにはない。効率や合理性を追求するデザインなら、やがてAIに代替されるーそんな思いもあり、社名にあえて「アート」と「デザイン」というふたつの要素を盛り込んだという。自動運転車の研究開発に携わってきたふたりは、プロダクトデザインを出発点としながらも、最終的なアウトプットの核心にあるのは“体験” だと話す。ユーザーに届けるべき本質は、物質としてのモノではなく、そこから生まれる体験価値なのだという。

同社の実績で近年特に反響を呼んだのが、日本発のモビリティーベンチャー、チューリングのプロジェクトだ。自動運転車のコンセプトカーデザインと、開発基盤「ガグルクラスター(自動運転システムの開発に用いる専用計算基盤)」のインスタレーションの両面から、同社をサポートした。「We Overtake Tesla」を掲げるチューリングは、センサーや高精度地図に依存せず、状況認識から操舵までを一貫して行う「E2E(エンド・トゥー・エンド)自動運転」の実現に挑むスタートアップ。「自動運転に必要なのは良い目ではなく良い頭である」という彼らの主張を形にしたのが、キワによるデザインとディレクションだった。
2023年のジャパンモビリティショーで発表された「TuringFalcon」は、多くの来場者を魅了した。

ビジネスを加速させるアート

注目すべきは、「ガグルクラスター」のインスタレーションアートだろう。根本は、このインスタレーションのコンセプトについて、「サーバールーム内でのデータの流れを可視化することだった」と説明する。96基の「NVIDIA H100 GPU」から成るガグルクラスターが置かれた床面には、生成AIを用いて再創造した東京の街並みが映像で描き出される。壁面から天井までが彫刻のような立体地図で曲面的につながり、空間に一体感を生みつつ、サーバーを照らす光はデータが抽出される様子を表現し、チューリングの完全自動運転実現への取り組みをアートとして視覚化している。 

キワが手がけたサーバールーム「ガグルクラスター」のインスタレーションアート。同サーバーは「E2E自動運転」に向けたAI 開発に用いる96基の「NVIDIA H100 GPU」から成る。生成AIを用いて再創造した東京の映像が床面に投影され、サーバーを照らす光はデータが抽出される様子を表している。壁面から天井までを一体的につなぐ立体地図が印象的だ。

「こうしたインスタレーションはあくまでPRの一環ではあるが、よくあるようなラッピングやライティングではチューリングの目指す世界を表現しきれなかった」と平賀は語る。そこでキワが着目したのがデータそのものの流れ。街で集めた走行データがサーバーに吸い上げられ、処理され、自動運転技術として実装されていく— そのループをアート表現として昇華させたのが、このインスタレーションだ。当初チューリングからは立体的な表現を求められていたわけではなかったようだが、その試みによる評価は予想を超えるものだったという。

クライアントの「自己表現」が創造を生む

自己のなかに湧き上がる情動を創造的想像力を用いて行使することを、今仮に「アート」と定義すれば、ガグルクラスターのインスタレーションは、厳密な意味でアートとは言えない。けれどもそれは、旧来のプロダクトデザインやグラフィックデザインの枠組みにもあてはまらない。キワの試みは両者の境界線上にある。その線上にあって最も重要なのは、クライアントの「自己表現」だという。

同社が手がけた日立ハイテクの企業ブランディングも、そうしたクライアントの自己表現と見ることができるかもしれない。電子顕微鏡や半導体など、高度なエンジニアリングに関連する同社の各事業を動画などで端的に説明するだけでなく、プロジェクトの過程で新たな価値として「ひかリオン」というキャラクターを提案し、クライアントとともにつくり上げた。

キワが手がけた日立ハイテクの動画「高精度電子線計測システム GT2000」のワンシーン。各種コンペでキワは他社とは違う視点や角度の提案を行うことが多いが、その提案をあえて選ぼうとするクライアントの数は、確実に増えている。また、クライアント同士がつながるなどしてネットワークが生まれ、“自己表現” を求める企業も増え続けているという。

日立ハイテクのウェブコンテンツ用キャラクターとしてキワがデザインした「ひかリオン」。当初の依頼範囲を超えた提案だったが、クライアントの本質を捉えた結果として実現した。単純なクライアントワークでもなく、純粋な自己表現でもなく、利益追求のマーケティングでもないあり方を、キワは目指している。

ここまで踏み込んだ提案をするためには、“エンジニアの言語”、つまり彼らの自己表現に至る根底を理解できなければならないとキワは考える。単にモノづくりを紹介するのではなく、その価値がどう相手に伝わるかを見据えて表現方法を組み立てる。キワのマーケティング責任者を務めるSAYAKAは、日立ハイテクとの仕事でこの点を特に意識したと振り返る。

また差別化の要素としてアートを装飾的に取り入れるだけでは、結局どこに向かっているんだろうということになりがちだと根本は指摘する。クライアントの原体験をともに掘り下げ、「顧客以上に顧客のことを知り」ながら伴走し、アートを介して表現することで、本質的な価値を持つアウトプットが生まれる。クライアントのビジネスに新たな価値を付加し、次のステージへと導くことがキワのミッションであると彼らは語る。

3人は、アートとデザインの「際」が重なり合うところにしか生まれない価値があると口を揃える。物事の両極化や分断が加速していく社会のなかで、さまざまな「際」を重ね合わせ、融合させていこうとする彼らの思想は現代的な面持ちを見せつつ、同時に既存の枠組みに対する批判的な横顔を備えてもいる。(文/安藤智郎)

右から共同代表で取締役の根本正樹、代表の平賀俊孝、CMO(マーケティング責任者)のSAYAKA。