INTERVIEW | インテリア / プロダクト
2025.03.21 10:57
2024年秋のデザイン誌「AXIS」Vol.230は、デザイナー ロナン・ブルレックが表紙を飾った。今回、同じインタビュアー・猪飼尚司が、弟・エルワン・ブルレックに話を聞いた。
20年以上にわたり活動をともにしてきた兄・ロナンと活動を別にし、個人名義での創作を始めたエルワン・ブルレック。そのピュアな眼差しの先には、奥深い思想の森が広がっていた。
Photo by Philippe Thibault
デザインは文明そのものであり、社会儀礼とも呼べるもの
「部屋に置かれた家具、毎日着る洋服、食事や調理のために使う道具など、日常の暮らしのどのシーンを切り取っても、至るところにデザインは存在しています。少し大袈裟な言葉に聞こえるかもしれないけれど、デザインは文明そのものであり、社会儀礼とも呼べるもの。そう考えるとデザインの基本姿勢は、対峙するものときちんと向き合い、相手を快く受け入れる『WELCOME』という気持にあると僕は思うんです。デザイナーが手がけたものを世の中の誰かが必要としてくれる。受け取った人がそれを手にしてよかったと感じてくれる。こうしたハッピーなやりとりができてこそ、デザインは意味を成すんじゃないかと」。
エルワン・ブルレック Erwan Bouroullec
1976年フランス生まれ。パリ・セルジ国立高等美術学校を卒業。1990年代後半より兄のロナンとともにデザイン活動を開始。サムソン、ヴィトラ、フロスなど、世界の名だたる企業と協業を重ねる。数年前に兄弟それぞれに別のスタジオを設立し、ソロ活動を開始。近作として、デンマークのラーウィーからラウンジチェア「ARBA(アルバ)」、ヴィトラからオフィスチェア「Mynt(ミント)」などを発表している。
世紀末に彗星のように登場し、一躍世界のスターダムに上り詰めたブルレック兄弟。新作の発表やメディアに登場するのはいつも兄のロナンで、弟のエルワンが表立って話をする機会はこれまであまり多く見られなかった。そのためエルワンは寡黙であまり主張をしないタイプだと思われがちだが、実際に話をしてみると実に思慮深く饒舌で、人間的な温もりに満ちた人だった。
兄の活動を手伝い始めたときは、まだ美術学校の学生だったというエルワン。彼が通っていた学校にはデザイン学科はなかったため現代美術を専攻し、ヨーゼフ・ボイス、リチャード・ロング、ソル・ルウィットといった面々の作品に影響を受けながら、力強いコンセプトをつくることや、真意を的確に伝えることの大切さを学んだ。
「このときに身につけたクリエイションに対する姿勢は、現在でもまだ持ちつづけているかもしれません。佇まいが美しいことや、機能が洗練されていることにデザインは注目されがちですが、デザイナーの本業は、取り組むべき課題や問題を明確に把握し、そのひとつひとつと向き合い、解決していくこと。インスタグラムに投稿される画像のように “なんとなくいい感じ” で終わっては何も意味がありません。架空の癒しやグッドテイストのムードに囚われて、本質を見逃してしまうのはあまりにも残念です」。
若い頃は、ソニック・ユースやニルヴァーナ、ダイナソーJr.、ピクシーズといったミュージシャンに憧れ、ロックな生き方を夢見た時代もあった。「でも、僕はジェフ・バックリーやカート・コバーンみたいな異端児にはなれず、意外と良い子のままだった」と少しはにかんで見せるエルワン。規模の大小を問わず、さまざまなジャンルの企業とのコラボレーションが実現しているのも、先入観で物事を判断せず、相手の声に耳を素直に傾け、状況に応じてデザインの組み立て方を柔軟に調整する態度が身に付いているからだろう。
Vitraの新作チェア「ミント」の制作過程から生まれたコラージュ。
ヴィトラは巨大ビールメーカーで、ラーウィーは小さなワイナリーのようなもの
「例えば今回新しく椅子を発表したヴィトラとラーウィー。この2社では、企業の歴史も規模も大きく異なります。デザインプロセスもそれぞれで、ヴィトラとはエンジニアたちと何度も顔を突き合わせ、4年以上の月日をかけて開発した一方で、ラーウィーは僕のスタジオに3日間泊まり込み合宿をして、そこで得たミニマムな感覚を即興的にデザインに写し取りました。最適なものを提供しようとする気持ちや、椅子という同じ系譜のプロダクトを扱うことに変わりはありませんが、別の個性を持っています。お酒に置き換えるならば、ヴィトラは何代も続く巨大ビールメーカーで、ラーウィーは家族経営の小さなワイナリーのようなものでしょうか」。
4年以上の歳月をかけて完成した「ミント」。座面と背もたれが独立して動くので、エルワンの言葉によれば「椅子の上でサーフィンをするような感覚」が。オフィスだけでなく、プライベートな場にも溶け込み、リラックスした座り心地が特長だ。
ずっとパリを拠点に活動してきたエルワンだが、近年はフランス東部のブルゴーニュにもスタジオ兼住居を構え、2拠点での暮らしをスタート。ワイン畑に囲まれた長閑な田舎の暮らしは、都会に比べ確かに不便かもしれない。しかしながら、季節の巡りによって景色が多様に移ろう様子や流れのままにゆっくりとモノが風化していく姿など、雑然さのなかに次々に発見が現れ、思考がクリアになると話す。
Photo by Charles Petillon
エルワンがブルーゴーニュに構えたスタジオ兼住居「La Grange(納屋)」。古い農場を購入し、地元の職人たちの手によって改修された。パリとは対照的な風景から多大な影響を受けているという。Photo by Philippe Thibault
魚を獲ること、糸を紡ぐこと、家を建てることだって、みんなやっていた
「生まれ育ったブルターニュでは、祖父母や叔父など家族が農業に従事していたこともあり、限られた環境下でも臨機応変に必要なものを自分たちで準備する習慣がありました。歴史を振り返れば、田畑を耕すことに限らず、魚を獲ること、糸を紡ぐこと、家を建てることだって、みんなやっていた。でも、時代とともに工業が発展し、より効率的に生産され、簡単に入手できるようになったおかげで、現代の人々は、どのようにものづくりに関わればよいかわからず、誰がつくり手であるか、素材が何でできているのかさえもわからなくなってしまった。僕の知り合いのデザイナーにも料理ができない人や壁に棚をつけられない人はいますし、僕の娘たちは電球を交換することすら怖がります。でも、そんな時代になっても、つくり手の顔や態度が垣間見えると、その素晴らしさに感動し、感謝する気持ちが生まれるもの。木工好きの僕の父が、あるとき孫娘のためにペン立てをつくってプレゼントしてくれました。正直あまり良い出来だとは言えないものでしたが、娘たちは『おじいちゃんがつくってくれたもの』とはっきり記憶して、今でも大切に持っています」
エルワンの椅子には、トピックとして取り上げられるような際立った技術や機構、特徴的な造形だけでなく、表からは見えない背面のメタルパーツの溶接や座面カバーの脇に縫い付けたファスナーのように、目立たないディテールの仕上げにも魔法のような“驚くべきものづくりの技”が隠れている。
Photo by Philippe Thibault
こちらは、デンマークのデザインブランド「raawii(ラーウィー)」から発売された「ARBA ラウンジチェア」。背もたれを支える背骨のように絶妙な角度の金属板と、それに呼応する座面の高さ……。シンプルな構成ながらも独特の形状を持つ。座面と背もたれは成形合板、塗装、テキスタイル、革張りとバリエーションが豊富だ。
美味しいものを食べたいと考えたときに、どこの地域で誰が育てた食材なのか、どんなシェフが考えたレシピなのかを意識するように、デザインもそこに至るまでの人の関わりしろやいきさつがわかるほどに、理解が深まり、愛着を持つことになるはずとエルワンは信じている。
「食べ物と比べたらデザインは、ないと困るものじゃないかもしれない。でも、僕はプロとして、デザインが生きるために必要で、心身にとっていいものになる手段を考え続けていきたい。良いデザインは、誰しもの人生を豊かにしてくれるはずだから」。
Photo by Philippe Thibault