AATISMOは、海老塚啓太(建築家、デザイナー)、中森大樹(工業デザイナー)、桝永絵理子(建築家)によるデザインチーム。コクヨデザインアワード、レッド・ドット・デザイン賞など、国内外の賞を受賞している。2024年には12年ぶりに開催されたDESIGNTIDE TOKYOに参加したほか、ミラノのサローネサテリテで発表した2つの照明がイタリアのメーカーから製品化されるなど、新たな一歩を踏み出した年となった。そんな彼らが目指していることについて聞いた。
「Dolmen」(2024)。DESIGNTIDE TOKYOに出品した大谷石の新しい可能性を探った建材。
出自の異なる3人が結集
中森、海老塚、桝永は、各々異なる領域で学んだ。中森はものづくりや動くものへの興味から東京大学で機械工学を学んだのち、千葉大学大学院デザイン科学を専攻。卒業後はダイキン工業を経て、現在Takramに在籍。海老塚は興味のあった美術・歴史・哲学・考古学を総合的に学べるのは建築だと考え、京都大学、東京藝術大学大学院で建築を専攻し、現在MARU。architectureに在籍する。桝永は慶應義塾大学環境情報学部でプロダクトから建築まで幅広く学び、東京藝術大学大学院で建築を専攻した後、伊東豊雄建築設計事務所に6年間勤めた。
「素材としての文房具」(2016)。木材や金属の部材のような棒状の鉛筆、定規、消しゴムは、使い手が好きな長さに切って使うことができる。コクヨデザインアワードでグランプリを受賞。
最初の出会いは、中森と海老塚が2016年のLEXUS DESIGN AWARDの受賞者として参加したミラノサローネだった。互いの考えに共鳴してAATISMOを結成し、翌年のコクヨデザインアワードに応募してグランプリを獲得。同じ頃、海老塚と桝永は藝大大学院で同じ研究室に所属し、その後、3人でのチーム結成に至った。
「OOPARTS-001」(2021)。コロナ禍に段ボールが届く回数が増え、開梱する際にポジティブな気持ちになれるようなプロダクトを目指し、旧石器時代前期から中期にかけてつくられたハンドアックスと呼ばれる打製石器をモチーフに考えた。
古代の道具や建築からインスパイアされる
クライアントワークとして初めて取り組んだ製品は、アルミニウム製の段ボール用開梱ナイフ「OOPARTS-001」。AMNが主催する、愛知県を中心としたものづくり企業とデザイナーをつなぐプロジェクト「AICHI DESIGN VISION」に参加して製作したものだ。
愛知の精密切削加工メーカー、セイワと組んだAATISMOは、同社の工場を訪れたときにアルミの切削痕の美しさに着目。古代の道具にもヒントを得た。「打製石器は、石を叩いて割れたところが文様になり、物を切る機能にもなる。それを現代の素材と技術に置き換えて、機械で削った部分が文様になり、刃になるというプロダクトを考えました」と海老塚は語る。これは2021年に製品化され、その後も同社との協働は続いている。
「OOPARTS-002」(2022)。上部に植物の装飾が施された古代建築の柱は、天に向かって伸び続けるような力強さが感じられる。その柱をイメージした花器を制作。Photo by Yuko NAKAJIMA
「OOPARTS-003」(2024)。縄文土器の文様のように水や風の流れといった自然のエネルギーをモチーフにしたアクセサリー。Photo by Yuko NAKAJIMA
イタリアのメーカーから製品化が決定
AATISMOは2022年に法人化し、同年にミラノのサローネサテリテに3つの照明を初出品。自然界の五元素(土、水、風、火、エーテル)の中から風と水、エーテルを題材にプロトタイプをつくり、さまざまな光を提案した。「Air(風)」は風によって揺れることで新種の発光生物のような光を放ち、「Water(水)」は水面に映る月明かりのような穏やかな光が輝く。そして、「Aether(エーテル)」は近代科学が確立する以前に空間に満ちていて、光を伝播すると考えられていた媒質(エーテル)をイメージしてふっと現れる柔らかい光を目指した。
サローネサテリテの会場でいくつかのメーカーから声をかけられ、そのなかでジョルジェッティ社から「Water」、ルミナ社から「Aether」が製品化され、2024年に販売がスタートした。
「Water」(2024)。2022年のサローネサテリテに出品したポータブルライトをペンダントライトに発展させて製品化。浅瀬の波打ち際の水が煌めくような光を放つ。Photos still life by Simona Pesarini ©Giorgetti
「Aether」(2024)。ガラスでできたシェードの中にオーガンジーでできた半透明の膜を浮かべることで、柔らかな光を反射・透過する。
DESIGNTIDE TOKYOに参加して得られたこと
彼らにとって2024年は、DESIGNTIDE TOKYOに初参加したことも大きな挑戦となった。これまで日本の展覧会や見本市への出品経験はなかったが、過去のネット記事を見て応募を決めたという。DESIGNTIDE TOKYOは2005年から2012年まで開催された、国内外の気鋭デザイナーが参加してデザイン界に揺さぶりをかけるエッジの効いたイベントとして注目を集めた。当時、学生だった彼らはイベント自体に訪れたことはなかったという。
「日本にもこんなにすごいデザインイベントがあったのかと驚き、過去に開催された会場風景や作品写真から熱量の高さが伝わってきて胸が高鳴りました」と中森は言う。
「Oya Palette」(2023)。限りある資源を有効に使うことを目指して開発した、色彩豊かな大谷石のコースター。
12年ぶりに開催されたDESIGNTIDE TOKYOは、公募と推薦によって国内外から32組の出展者が選出され、AATISMOはそのひと枠を勝ち取った。彼らはこのイベントのために栃木県で採れる大谷石を用いた内外装用建材を開発し、「Dolmen」という作品をつくった。
これはAMNが主催する「Design Vision Project」で、大谷石の採掘・販売などを行うタニグチと大谷石という素材の新しい可能性を探るプロダクト開発がベースになっている。大谷石とは、海底火山活動によって火山灰や軽石が堆積し、500万年ほどかけて凝固した軽石凝灰岩である。形成の過程で入る不純物が劣化し、抜け落ちて穴が空くのが特徴で、その穴が多いものはもろくて素材としての価値が下がる。そこでAATISMOは穴に樹脂を充填して削り出し、強度を高めて色彩豊かな表情を与えた、新しい価値をもつ素材を開発。今後もさらに可能性を探り開発を続けていきたいという。
「Dolmen」(2024)。存在理由を失っても、なお立ち続ける巨石文明の遺構ドルメンから着想を得た。大谷石の可能性を拡張する建材を用い、モニュメントを制作した。
大谷石の穴に樹脂を充填しているところ。「Dolmen」の作品に使用した80枚の大谷石はすべて3人が手作業で制作した。
2024年のDESIGNTIDE TOKYOには、多彩な分野の出展者が参加。各々の同イベントにかける気迫が伝わってくるとともにたくさんの人が足を運び、連日会場は熱気に包まれた。
中森はその感想を話す。「いろいろな人と知り合い、交流できたことはとても貴重な機会でした。何より僕らの活動や考えを多くの方に知っていただき、意見をいただけたことが純粋に嬉しかったです」。
「Stonewall Bench」(2023)。中山間地の棚田や段畑といった農地で使われる石の自重とその噛み合わせだけで石垣をつくる空石積み。その技術と風景を継承するために、石積みにファニチャーシステムという新しい役割を与えた。
「Cabinet of Curiosities(右端)」Gakken(2022)。東京国立博物館表慶館で開催された「150年後の国宝展」で、学研の付録のための展示棚の設計・製作を担当した。Production Cooperation by Ball (Jun Fujisaku)
「炭酸ハウス」(2023)。炭酸デザイン室の住居兼アトリエの改修。生活するなかからテキスタイルデザインのアイデアが生まれるという、彼らの作品と生活が一体となるような空間を目指した。Photo by Yosuke Ohtake
本質的な価値を求めて
AATISMOが目指していること、あるいは他者にはない独自の強みは何かを聞いた。
「各々が専門領域で培ってきた多様な知見をもっているので、つくりやすさや納め方まで考えた緻密な設計技術を駆使したプロダクトから、その土地固有の文化や周囲の環境とのつながりを考えた建築プロジェクトまで、幅広いスケールでアプローチできることが僕らの最大の強みだと思います」(中森)。
「思考のスケールの幅広さも、僕ら独自の個性だと感じています。そのものの原初の姿を探って新しい価値を発掘し、それを現代の技術と融合させて未来につなげたり、テクニカルなプロダクトからコンセプチュアルな作品づくりまで、既存の枠にとらわれずに柔軟に思考することを大切に考えています」(海老塚)。
「それらに加えて、私たちは多義的な使い方や暮らし方ができるプロダクトや空間づくりを目指しています。例えば、『ハニヤスの家』では縄文時代の住居と広場のように、家族団らんの場所であり、ものをつくったりする場所でもあるという、そういう多様な意味や機能を内包するところに生まれる豊かさや本質的な価値を追求したいと考えています」(桝永)。
「ハニヤスの家」CG。既存の母屋をスケルトン化し、四隅に土壁のかまくらのようなスペースを増築する予定。
「ハニヤスの家」CG。外壁には陶芸の技術を応用して、土に鉄や銅の金属粉を添加して反応させて、焼き物に現れる偶発性や経年変化の味わいを取り入れる予定。
Under 35 Architects exhibition 2023における展示では、「ハニヤスの家」の外壁のモックアップやその試作過程を展示した。
現在は今夏頃の竣工を目指し、桝永の両親の家を増改築中だ。古代の住居のように、自然と生活と創作の場が一体になった実験的な建築空間であり、これまで手がけた作品を展示するショールームのような機能をもたせることも予定している。
4月に開催されるサローネサテリテにも出品予定で、今回が3回目で最後の挑戦となる。また、今後は3人の知見を生かした、プロダクトから建築まで統合的に手がけるプロジェクトに携わりたいという願望もある。さまざまな領域を柔軟に横断し、展開する彼らの活躍の場は、これからさらに広がっていきそうだ。
AATISMO(アアティズモ)/デザインチーム。アートとテクノロジー、原初と未来、そして野生の思考と科学的思考の融合を図り、建築・デザイン・アートなど分野を横断した活動を通じて時を超えた価値を探求している。主な展示・受賞歴にDESIGNTIDE 2024、Milano SaloneSatellite2022&2023、Red Dot Design Award、Under 35 Architects exhibition 2023出展など。
海老塚啓太(えびづか・けいた)写真右/建築家、デザイナー。愛知県生まれ。2010年京都大学工学部建築学科卒業、2012年ミラノ工科大学交換留学、2014年東京藝術大学大学院建築専攻修了、2014〜2015年東京藝術大学研究員、2016年〜MARU。architecture。
中森大樹(なかもり・だいき)写真左/工業デザイナー。大阪府生まれ。2012年東京大学大学院機械工学専攻修了、2013年ミラノ工科大学交換留学、2014年千葉大学大学院デザイン科学専攻修了、2014〜2018年ダイキン工業、2018年〜Takram。千葉大学非常勤講師、沖縄県立芸術大学非常勤講師。
桝永絵理子(ますなが・えりこ)写真中央/建築家。東京都生まれ。2013年慶應義塾大学環境情報学部卒業。2015東京藝術大学大学院建築専攻修了、2015~2021年伊東豊雄建築設計事務所。