REPORT | ビジネス
2025.01.29 10:29
「真面目にふざけろ」を裏テーマに、毎回ユニークな“お題”(テーマ)とともにデザイナーによるピッチ大会を繰り広げるイベント「NEURON(ニューロン)」。それぞれのピッチの内容はもとより、その手法や資料のつくり方などから、参加者がインスピレーションを得るとともに、交流を深め、新たなプロジェクトにつなげていく、という知る人ぞ知るイベントである。
その4回目となる「NEURON TOKYO in 新木場」が2024年12月11日、東京・新木場の1stリングで開催された。同会場はプロレスが開催されるバトルプレイス。リングという非日常的な空間を舞台に、デザイナーたちの熱い闘いが繰り広げられた。
今回のテーマは「わたし、これで失敗しました」。
デザインとは課題解決だというけれど、試行錯誤の過程でいくつもの小さな過ちや大きな失敗を重ねてきているはず。全く売れなかった製品やサービスも……。名著「失敗の本質」をはじめとする“失敗本”にもあるとおり、われわれは失敗から学ぶことができることを知っている。自分の失敗、他人の失敗……、どんな失敗であれ、そこになんらかのヒントがある。そんなデザインにおける失敗を参加者全員で共有しようという試みだ。
開会にあたって、恒例の主催者による乾杯。まずは飲んで、緊張と脳みそをほぐす。
キーノートスピーチは東京大学 産学協創推進本部 特任研究員の中尾政之さん。「失敗学会」の設立者のひとりであり、長年失敗学の研究を続けてきた。現在は、東京大学での起業十倍増計画の旗振り役として、「失敗なんか当たり前」と学生たちを鼓舞している。
中尾さんが語ったのはデザイナーとエンジニアが協創することの重要性。今や世界に遅れをとっている日本のものづくり。その要因のひとつがデザイナーとエンジニアの言葉が通じあわなかったこと。「このニューロンのような場にエンジニアも参加すれば、さらに新しいものが生まれてくるはず」と語った。
第1ピッチでリングインしたのは、TOTO デザイン本部の「おいでやす井ノ元」(井ノ元美沙さん)。その名のとおり京都出身だ。ピッチのテーマは「海外市場向け浴槽デザインの迷走」。海外向け浴槽のデザインにあたり、現地からのさまざまな情報が伝言ゲームのように伝わる状況に苦しんだという。さらに欧州と中国のトレンドに関する地域差の読み違いもあり、最終デザインにいたるまでに多くのデザイン案をつくってしまった。もっと早く情報を見極めることができていれば迷走を防げたかもしれないと振り返りつつ、データ化できないユーザーの「真のニーズ」を捉えることの難しさについても語った。
第2ピッチでは、本田技術研究所 デザインセンターの「オサナイ THE レッドウィング」(小山内公希さん)がリングイン。「自分は失敗した覚えはない」と豪語しつつ、仕事中につくったというキャラクターとゲームについて言及した。「熱狂的なファンを獲得するためにはキャラクターコンテンツをやらねば」と、「ホンダ激かわキャラクター化計画」を遂行。ホンダの文化を擬人化した「ワイガヤちゃん(仮)」という美少女キャラクターをつくり社内でプレゼンしたところ歴代最高の評価を獲得した。ただ、「なんで女の子なの?」という素朴な疑問を受け、今度はイケメンキャラクターが登場するゲーム「ときめきホンダ学園」を作成。すると想定外の低い評価に。なぜ? かえってきたのは「女子キャラクターが欲しかった」というコメント。しかし、へこたれることなくキャラクターとゲーム制作は継続し、史上最高点を目指す。
第3 ピッチは、大成建設 設計本部の「アンビルト上田」(上田恭平さん)、「モバイル野島」(野島僚子さん)、「バナナ石川」(石川真吾さん)がリングイン。「建築の失敗談」というテーマで“建たなかった”建築について語った。練りに練ったプレゼンでクライアント企業の担当者の心をがっちりつかんだけれど、経営陣の心は別の方面に向いていたため響くことなくアンビルト。面白いプロジェクトと評価されながらも、建設業としての会社の定款にないためアンビルト。情熱を注ぎまくったけれど、コロナによってクライアントの資金繰りが悪化しアンビルト。それぞれ思わぬ事態に見舞われる。
だが、彼らは諦めない。業務効率化のなかでどうしても案が丸くなることに警鐘を鳴らしつつ、さらにユニークで尖ったアイデアを出していくと高らかに宣言した。
第4ピッチでリングインしたのは年間6カ国を目標に海外に出ているというサンゲツ スペースプランニング部門の「トラベラー高田」(髙田みひろさん)。「空間の中で違和感を感じるデザイン」と題して、インテリアの内装材としてのカーテンのデザインにおける失敗について語った。ほぼ無地調でデザインしたカーテンだが、実際の空間の中で離れて見ると、ひらがなの「し」がいくつも浮かび上がってくる。し、し、し、し……と。なぜだ?
パソコンの画面上では気づかないが、実際に納品されるとパターンの繰り返しによって思わぬ柄が見えてくることがあるのだ。製品そのものが良いのはもちろんだが、大切なのは空間に展開したときの“総合得点”。そのためには、常に違和感を感じ、それらをつぶしていくことが求められる。それがデザインだと語った。
第5ピッチには、ブリヂストン BRIDGESTONE DESIGN部の「アブドーラ・ザ・ブッチー」(岩渕聡太郎さん)がリングイン。かつてブリヂストンでは、タイヤ側面のカラー印刷にトライしたことがある。黒いタイヤの側面にCMYKではなくCMYWで印刷するというもの。しかし、想定外の事態に見舞われてしまうこととなる。その紆余曲折を語ってくれた。
ただ、現在では、印刷ではなく、表面加工によって黒の明度を変えることで多様なデザインを施すことができるようになった。つまり黒の追求である。さまざまな苦労を経て、明度(黒)の追求という希望を見つけることができたとピッチを締めくくった。
第6ピッチでリングインしたのは、コニカミノルタ デザインセンターの「冬威」(澤口冬威さん)。「失敗を防ぐには期待値を下げること。つまり、期待値が下がると失敗を失敗と解釈されない」と冒頭に一言。もとは工学系出身でデザイン部門に移って4年。そこでの失敗について語った。デザイナーの仕事への理解が不十分だったために、「ちょっと絵を描いてもらえませんか?」と気軽に頼んでしまった。ワークショップのファシリテーションでは、自分の意見は参加者にとってノイズと考え、聞き役に徹していたが、自分が見出した方向へ参加者を導くことも大切だと気づいた。事業部の人間に対して通じないデザイン関連の言葉を使っていた。
これら失敗を経て気づき、心掛けていることがある。デザインってデザイン村なのだと。企業に入るときは文系・理系でなくてデザインで入る。だからデザイナーは変わっている。いや変わっていることに本人たちが気づいていない。だからデザイナーの言葉が事業部や経営層に通じないことがある。そんなデザイン村の常識・慣習を非デザイナーへわかりやすく伝えていく、それが自分の役割のひとつだと。
主催者でもあるアクシスからもピッチ大会に参加。第7ピッチでリングインしたのは「ギロッポン直塚」(直塚敬司さん)だ。失敗とはコミュケーションの失敗であり、そのひとつに「〜すべき」というおしつけがあるのではないか。つまりデザイナーが自身の理想を皆のそれだと錯覚してしまう。
かつて今までにない面白い図書館をつくろうとしたことがあった。日本の図書館はNDC分類に従って整然と本が並べられているが、それをやめて、より自然に本が手に取れる図書分類法とすべきだと考えた。人が楽しめる空間にするために本をイレギュラーに並べるという提案を行ったが、運営側からの大反対にあい、頓挫。最終的にはNDC分類を維持しつつ、可能な範囲でイレギュラーな並べ方とした。図書館運営という専門領域に対する理解不足とともに、「〜すべき」という思い込みと押し付けへの反省を語った。
第8ピッチでは、シチズン時計 デザイン部から「グラップラー岡崎」(岡崎利憲さん)がリングイン。腕時計とスマートフォンをブルートゥースで接続するためのスマホアプリのUIデザイン開発について語った。太陽光や室内のわずかな光を電気に換えて時計を動かしつづけるシチズン独自の技術「エコ・ドライブ」。そのらしさの表現とともに、ユーザーに安定した充電を促すために、「光の可視化」をテーマにデザインした。しかし、満を持してリリースしたものの、評価は芳しくなかった。なぜか? 反省のポイントとして挙げたのは、ハードウエアと同じプロセスでソフトウエアのデザインを進めてしまったという点。しかし、その後はアップデートを繰り返し、評価はアップ。開発の知見も蓄積されており、さらに優れたサービスを提供していく。
最後にリングインしたのは、富士フイルム デザインセンター(CLAY)の「タートルネック亀井」(亀井敬太さん)、「ボマー狂本」(河本 匠真さん)、「HATRUKA THE SKY DIAMOND」(鈴木陽香さん)。タイトルは「CLAYERによる失敗 狂伝染」。CLAYERとはCLAYで活動するデザイナーたちのこと。CLAYでは毎年社内で企画展を開催しているが、2024年の「まんが」展はメンバーの悪ノリスイッチが入ったことから始まった。悪ノリが次々と伝染し、部内イベントのためだけにわざわざクレイくんというオリジナルキャラまでつくり、さらにキーホルダーやステッカーなど多数のグッズを展開、まんだらけでの200冊もの選書とレンタルシステムの構築、まんだらけ常務を巻き込んだイベント「MANGA TALK」など、半年におよぶ狂伝染は本来の業務を逼迫したのだった。ピッチの最後にはクレイくんのフィギュアも登場。このノリとこだわりがまさにCLAYERである。
ピッチ終了後は中尾先生による講評。失敗は隠すのではなく共有することで、さらなる失敗を防ぐことができるが、大事なのは違和感。慣れきってしまうと違和感を全く覚えない事態になってしまう。マンネリがいちばんの罪。ここに集まっているデザイナーの皆さんはコンセプトから商品やサービスをトータルにデザインしていると思うが、いちばんの強敵はAI。AIによってデザイナーのある程度の仕事がなくなる可能性もある。ぜひ危機感をもってほしい。今後はAIとデザインというテーマにも期待したい、と。
ピッチ大会終了後はネットワーキング(懇親会)。今回新たに参加の企業もふくめ、ふだんあまり交流のないデザイナー同士がピッチ大会の話で盛り上がった。このニューロンという場がきっかけとなって、新たなアイデアやプロジェクトが生まれていく。そんな期待と想いがこのイベントには込められている。
次回ニューロンは2025年5月に東京にて開催予定。新たな出会いとインスピレーションを生む場として、次なる仕掛けを企画中である。
前回までのNEURONのレポートはこちら。