自由な発想と豊かな色彩を展開する竹下早紀のデザイン

竹下早紀は、現在、母校の武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科インテリアデザインコースの助手を務めながら、フリーランスのデザイナーとして活動している。学生時代から多彩な作品を生み出し、椅子「SHADOW CLONE TECHNIQUE」はTOKYO MIDTOWN AWARD 2018の優秀賞に選ばれ、シェルフ「9mood 10mood」は武蔵野美術大学卒業制作優秀賞を受賞した。久しぶりにお会いして、ひと回りもふた回りも大きく、強くたくましい存在になっていた竹下に過去から現在、今後について聞いた。

「Eeyo」(2024)

立体造形への興味から始まった

竹下は九州出身の両親のもと、1996年に福岡で生まれ、その後、父親の仕事の関係でシカゴや岡山、横浜、東京と移り住んだ。小さい頃から工作が好きで、NHKの番組『つくってあそぼ』を観てわくわくさん(@wakuwaku_kousaku)の身近な素材を使った工作に夢中になった。心のメンターは、今もわくわくさんだという。

女子美術大学附属の中学、高校に進む。授業では絵画やデッサン、平面構成が中心だったため、立体物をつくりたいという思いが募り、高校生のときに「YOKATIME」というテキスタイルブランドをつくった。博多弁の「よか(良い、いいという意)」から名づけ、作業場と工具を使用できるシェア工房に通って型を使わずにシルクスクリーンのような印刷ができるオープンスクリーンという製法で生地を制作し、バッグなどに仕立てて伊勢丹 新宿店、ハンドメイトサイトのiichiや台湾のイベントなどで販売もした。

「step of the book」(2017)。雑誌や本を収納する壁掛けのシェルフ。薄い金属を折り曲げて製作。

自由な発想でつくる面白さを体験

大学受験に際し、美大のオープンキャンパスを体験するなかで、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科インテリアデザインコースの教授でデザイナーの山中一宏が、自ら手がけたプロダクトを紹介する講義を聞いた。ちょうど目黒区美術館で開催されていたジョージ・ネルソン展を見て、発想や製法の面白さに感動したことも重なり、インテリアプロダクトに興味を抱き、武蔵美を受験して2015年に入学。「毎回、課題でさまざまな素材に触れながら、デザインというのは自由な発想でつくっていいということを学びました」と竹下は振り返る。

「SHADOW CLONE TECHNIQUE」(2018)。1脚としても使うことができ、影のような存在を分けて2脚にすることもできる、他者と空気や時間を共有するという新たな機能をもった椅子。スタッキングチェアは上に重ねるものが多いが、これは横にスライドさせて重ねられるように工夫を凝らした。

卒制のシェルフ「9mood 10mood」は、「消失」をテーマに紙のように薄く軽量で、空間を遮ることなく空気を通し、周囲に溶け込むような存在感を目指した。0.8mmの薄い大判のアルミ板を使い、たわまないように発泡パネルをアルミ板でサンドして強度を高めることを考えた。アルミの切り出しや発泡パネルの圧着は大学内で自ら行い、グラデーションの色数が市販品になかったため、試行錯誤を重ねてアクリル絵の具でつくったものを調色会社に依頼し、できた塗料をエアガンで吹きつけて仕上げた。アイデアが固まってから講評まで約2カ月という短い期間で何とか完成させ、優秀賞に選ばれた。

将来的に個人で活動することを考えていたが、その前に会社で経験を積みたいと思い、卒業後に日本デザインセンター三澤デザイン研究室に従事し、多くのことを学んだ。


「9mood 10mood」(2019)。板に斜めのスリッドを入れてベアリングを用いた仕掛けによって、各板を前後に引き出すことができる。不規則に板を出すことでさまざまな形が生まれ、空間に動きを与えることもできる。

偶然が重なって生まれた「Eeyo」

2022年に独立し、同年に武蔵美の助手に着任。「自分が何をしたいのか、まだわからない状態だったのですが、何かやらなければ始まらないと思って、DESIGNART TOKYO 2022に出品しました」と竹下は話す。そのときに学生時代に手がけた作品数点と、展示のひと月ほど前に生まれた「Eeyo(イーヨー)」を発表した。

「Eeyo」は、いろいろな偶然が重なって誕生したものだという。以前、大学近くに住んでいた職人が亡くなり、夫人が工具や染料を大学に寄付し、それをたまたま竹下が見つけて譲り受けたことが契機となった。「ちょうど手元にバルサ材があったので、その染料で染めてヒートガンで乾かしていたら、緑の染料がピンクに、青の染料が赤にと、色が変化していき驚きました。実験を重ねるうちに板材に染料を含浸させないと色が変化しにくいことがわかり、最初にバルサ材を試したことが気づきのきっかけになりました」。


「Eeyo」(2022)。DESIGNART TOKYO 2022では、インテリア小物に展開し、アクシスビル内JIDAデザイミュージアムで展示した。

「GO GO FLOWER!!」によって解放された

「Eeyo」をつくった翌年、「GO GO FLOWER!!」を制作したことが「自分のタガを外すきっかけになった」という。東京・目黒の花屋MUNSELLと武蔵美3年生とのコラボレーション企画で花器をつくるテーマのもと、助手の竹下も参加して制作した。「花を走らせたい」という思いから、大学内で拾ったスポンジを使って2日間で徹夜してつくった。「走っている姿を見て、みんなが笑ってくれたのが素直に嬉しかったです。面白い、楽しいと人が笑顔になってくれる。それでいいんだと思って、解放された気持ちになりました」。

これをブラッシュアップしたものを日本 DESIGN BANK主催のbud brand 2024に応募して選出され、同年4月のミラノデザインウィークで展示された。海外の人にも大いに受けて、自信につながったという。


「GO GO FLOWER!!」(2023)。愛らしいキャラクター性をもった、走るフラワーベース。リモコンで操縦でき、衝突に備えて本体にスポンジを被せている。bud brand 2024の展示では、スポンジに着色して自走する進化版を発表。

この10月に開催されたDESIGNART TOKYO 2024では、「Eeyo」の考え方や技法を椅子に発展させた作品を発表。バルサ材やヒノキ、スギ、突板や廃材など、染める時間や熱風の当て方、木材と染料の組み合わせによって12種類の色とりどりの個性豊かな表情を生み出した。

これはマテリアルリサーチやアップサイクルをテーマに置いたものではなく、「色のもつ力によって元気を与えたり、楽しさや面白さが人に伝わればと考えて発表しました」と竹下は言う。

DESIGNART TOKYO 2024では、東京ミッドタウンのガレリア2階で展示。訪れる人を迎え入れるように、椅子を同じ向きに配置した。

「Eeyo」(2024)。色の変容は人為的に操作できないため、ひとつとして同じものがない。

誰も見たことがないものをつくりたい

「Eeyo(イーヨー)」は、「それでいいよ」という意味。「以前、デザインとは機能やコンセプト、形式化された概念があるものと考えて窮屈に感じてしまっていた時期があった」と言う。やがて「Eeyo」や「GO GO FLOWER!!」をつくるうちに、「個人的な興味や視点から発想し、製作したものが見た人の共感につながる」と感じ、自分らしさを生かしたデザインを追求するようになっていった。

「素直で、等身大で、楽しくて、ユーモアがあって、きれいで、新しい。そういう存在のものをつくりたいと考えています。言葉や説明はいったん脇に置いて、思わず惹かれて近づきたくなることがいちばん大事で、自由で楽しく、誰も見たことがないものをつくりたいという思いがあります」。

「MITOMA」(2024)。助教・助手展2024の出品作品。構造を工夫して製作した、板の角同士が接着して成り立っているように見える棚。

製品化、量産へ向けた思い

11月には、武蔵美の助教・助手展2024で新作を発表。殻を破って新しい自分を発見し、さらにアイデアがどんどん湧き出ているといった印象だ。また、これまで製作したものを製品化につなげたいと考える積極的な姿勢にも注目したい。

「展示で発表しても、一般の方にまでなかなか気づいてもらえない、届いていないと感じるので、量産して普及させたいと考えています。また、現在の日本の住空間は、彩度や明度の低いグレイッシュトーンの印象がありますが、もっとさまざまな色彩を取り入れてきれいで楽しい空気が流れるようなものをデザインしていきたいと思っています」。

「自由で楽しいもの」を純粋に追い求める竹下のような存在は、現在のデザイン界において貴重だと感じる。まずは「GO GO FLOWER!!」を全世界で走らせるべく量産に向けて検討しているとのことなので、商品化を心待ちにしたい。End

竹下早紀(たけした・さき)/デザイナー。1996年福岡県生まれ。2019年に武蔵野美術大学を卒業後、日本デザインセンター三澤デザイン研究室を経て独立。現在は武蔵野美術大学助手として勤務しながら、東京を拠点に活動。ギターのエフェクターからインテリアプロダクトなど幅広くデザインし、国内外で作品製作・発表を行う。TOKYO MIDTOWN AWARD 2018優秀賞、武蔵野美術大学卒業制作優秀賞(2019)、DESIGNART TOKYO2024 UNDER30選出(2024)。