INTERVIEW | カルチャー / 建築
2024.12.25 09:56
解体の危機に瀕していた建築家・吉村順三の最も小さな作品。1969年に建築費100万円で設計された山荘は、連続する窓から外の景色を取り込み、まるで森の中に浮かぶよう。何気ないSNSの投稿をきっかけに朽ちかけていたこの建物を救うことになったのは、設計事務所に勤めるひとりの女性。彼女は仕事のかたわら、「ここをいずれは文化交流の拠点にしたい」と保存活動に取り組んでいる。
「皇居新宮殿」をはじめ、「軽井沢の山荘」、京都の「俵屋旅館」、前川國男や坂倉準三との共同設計で「国際文化会館」などを手がけた吉村順三。帝国ホテル建設のためにフランク・ロイド・ライトとともに来日したアントニン・レーモンドに師事し、日本とアメリカを行き来して、日本の伝統的な木造建築とモダニズムを融合したスタイルで知られている。そんな彼が箱根・仙石原、すすき草原にほど近い場所で、親族のために建築予算たった100万円(現在の価値でおよそ450万円)で設計したわずか10坪の小さな山荘が見つかった。吉村建築における最小作品だ。2021年末に解体されるところを偶然にもひとりの建築家によって救われ、現在は保存・修復に向けての作業が着々と進んでいる。
2021年10月末、都内の組織設計事務所に勤務する辻林舞衣子さんは、軽井沢の吉村順三建築を訪れSNSに投稿した。するとスキー仲間から「同じ建築家が建てた親族の別荘が売却予定にある」という驚くべき連絡をもらう。施主が約2年前に亡くなり、受け継いだ親族が売買契約書に印鑑を捺す直前で、そうなれば年内には解体されるかもしれないという状況だった。それを聞いた彼女は図書館に走り、吉村の作品集を確認。友人と同じ苗字の人が施主と記された吉村作品を見つけた。友人を通じてなんとか売却を待って欲しいと伝え、すぐに現地で物件を見せてもらうことに。
「生い茂る笹薮を掻き分けた先に現れたのは、とても小さな山荘。吉村先生がこんな外壁のサイディングを使うだろうかと思いながらも室内に入ると、それは紛れもなく吉村先生の空間でした。暖炉や家具もそのまま、これはなんとしても守らなければと思い、買い取りたい旨を伝えると、ご親族は『建物を残してもらえるのなら』と大手デベロッパーと進んでいた契約をやめてくださったのです」。
緑豊かな200坪の敷地に建ぺい率約5%で建てられたこの家は、1969年竣工。10年ほど前に見学会を開いたけれど買い手がつかず、20年以上誰も住んでいない状態だったという。辻林さんが訪れたときには、入口の階段は温泉の硫黄で朽ち、天井からは雨漏り、バルコニーも壊れかけていたものの、高床式になっていたことで内部は湿気から守られ、暖炉や家具もほぼ当時のままに残っていた。
西に位置する玄関から家に入ると、廊下を挟んで右手にバスルーム、左手には寝室として使われていた三畳間。その先が屋根の棟から二分するようにダイニングキッチンと六畳間が半々、23cmの段差で区切られている。剣持 勇のラウンジチェアや水之江忠臣によるテーブル、山川 譲のラタンチェアには特注の赤いクッション、部屋の南東の角には暖炉。それぞれの保存状態から、大切に使われていたことが伝わってくる。設計図などの資料も大切に保管されていたことから、辻林さん自身がそれを読み解き、少しずつ保存と修復を進めているところだ。
「1969年当時とはいえ、予算100万で収めるためにさまざまな工夫を凝らしていることがわかりました」と辻林さん。紙筒にモルタルと鉄筋一本で製造した、高さ1.6mの簡易な杭12本で支えることにより、基礎工事のコストを抑えている。室内はほぼ既製品を使い、ラワン材のサブロク板をそのまま使用、さらに端材を使って吉村は照明器具をデザインしている。
「水回りの設備の配管は予算に入っておらず、この家のためにデザインされた暖炉は吉村先生からのプレゼントになっていました」。
傷みの激しい建物の修復には相当な資金が必要となる。辻林さんは私財を投じるほか、クラウドファンディングも立ち上げた。2024年夏の第1回は約300万円が集まり、雨漏りのする屋根や、朽ちてしまったバルコニーを復元。壊れていくのをとめるための応急処置をした。さらにこの12月から行われる第2回のクラウドファンディングでは、錆びて割れてしまった水道管を修繕し、水回りを図面通りにしてトイレなどを使えるように。外壁も設計図面からもともとは杉板を使っていたことがわかり、オリジナルと同じ状態に戻す予定だという。
「サポーターの方々に建築関係者が多いのでアイデアをいただいて、ベランダの手すりや新たに貼り直して色が明るかったラワン材に自分で柿渋を塗り、防腐処理を施しました」。
設計図を読み解き、自ら手を動かしながら、着々と家を修復する辻林さん。組織設計事務所で一級建築士として現在は万博のパビリオン設計などに関わりながら、東京大学修士課程で吉村順三の研究もしている。空いた時間は箱根で作業をしたり、不定期に見学会を開いたり。
「普通の会社員でも文化財の保存ができるということを多くの方に知っていただき、建物のあり方について考えるきっかけになればうれしいですね。いずれは宿泊もできる、アートや建築の情報交換の場、文化を発信するサロンにしたいと考えています」。
パワフルな彼女の活動の様子はインスタグラムで随時アップデートされている。12月末からは第2回のクラウドファンディングが行われる予定だ。