D&ADアワード2024レポート前編
今の時代に求められるのは再定義を促すデザイン

ブランディング部門の審査会場。各部門ごとに十数名の審査員が一堂に集まる。

1962年に設立されたD&ADアワードは、広告に特化した賞と思われているきらいがある。しかし、のちにペンタグラムを創設した5人のデザイナーらが立ち上げたブリティッシュ・デザイン&アート・ディレクションに起源があり、現在、イギリスの非営利団体「D&AD」が主催するその名前のとおり、デザインと広告の賞だ。これは、今回、話を聞いた皆が一様に強調した言葉でもある。また、世界各地から約350人の審査員が集まる、その審査の模様は刺激に満ちたものだった。主催者や審査員の声を通じて、2024年のアワードを振り返る。

前年までの東ロンドンからテムズ川南岸の市の中心部に場所を移したD&AD。アワードの審査会場は国会議事堂の真向かいにある旧郡庁舎、フェスティバルは隣接するサウスバンク・センターで開かれた。

応募作品は世界78カ国から約12,000点

今年5月、D&ADアワード2024審査会は旧郡庁舎で、講演会や授賞式からなるフェスティバルは隣接するサウスバンク・センターで開かれた。AXIS編集部が審査会を訪れるのは近年では昨年に続いて2度目だが、今年はメディアが審査会場に入ることはできなかった。しかし、審査を終えたばかりの審査員の言葉から、その熱い議論の様子をうかがい知ることができる。その内容を振り返る前にまずD&ADアワードについて説明したい。

今年のD&ADアワードは43部門が設けられ、世界78カ国から約12,000点の応募が寄せられた。一次審査はオンラインで実施。そのうちの約12%に上る作品がショートリストとして絞り込まれ、ロンドンの本審査に臨んだ。43部門は広告、デザイン、クラフトに大別され、デザイン領域の中には、ブックデザイン、ブランディング、デジタルデザイン、グラフィックデザイン、雑誌&新聞デザイン、パッケージングデザイン、プロダクトデザイン、空間デザイン、タイプデザイン&レタリングの9部門が設けられた。本審査では部門ごとにウッドペンシル(いわゆる銅賞)、グラファイトペンシル(銀賞)、イエローペンシル(金賞)が選ばれ、イエローペンシルを集めた、各部門の審査員長による最終審査によって最高賞と言えるブラックペンシルが決定する。D&ADアワードの審査の厳しさには定評があると言われるが、その所以を審査員たちの言葉から探っていこう。

審査会場のひとつ、タイプデザイン&レタリング部門。

意見が割れることを良しとする審査会

まずは、タイプデザイン&レタリング部門の審査員を務めた書体デザイナーの大曲都市(おおまがり・とし)さんに話を聞いた。この部門では143作品からショートリスト22作品が選ばれ、イエロー1、グラファイト3、ウッドペンシル5作品が受賞した。

イエローペンシルを獲得したのはネパールのランジャナー文字をベースにした書体「Nithya Ranjana」だが、大曲さんは自分ともうひとりの審査員が受賞をゴリ押ししたと笑う。

タイプデザイン&レタリング部門でイエローペンシルを受賞した「Nithya Ranjana」。インド、ネパール、アメリカから出品。

「もうひとりとはインド人の審査員で、ふたりでこの作品は絶対に賞を取るべきだと強く推しました。ランジャナー文字はネパールでも少数派の文字で、そもそも読める人がとても少ない。本来横書きの書体ながら、文字の列が下に伸びたり、斜めに伸びたりして三角形になるなど、技術的に書体化することがとても難しい文字です。自分が取り組みたかったと嫉妬したぐらい美しく仕上がっていました」(大曲)。

この審査には、モンゴル文字やチベット文字、キリル文字、ギリシア文字などノンラテン(ラテンアルファベット以外の言語で使われる文字)の書体デザインに精通する大曲さんの知見が生かされている。「書体デザインはその文字を知らないと審査が難しい。いちばん審査員の国籍に多様性が必要なのは、書体デザインのカテゴリーなのではないでしょうか」とも語った。

タイプデザイン&レタリング部門のグラファイトペンシル「OC Blimp」。音、動き、アニメーションによって文字が変化する。

そのほかの傾向として、欧文書体はバリアブルフォントが増えていることによる影響が感じられたという。通常、フォントファイルは字幅やウェイト、斜体などのスタイルごとに分かれているが、バリアブルフォントはさまざまなバリエーションの書体をひとつのファイルに組み込み、管理することができる。それにより、例えば、子どもがデバイスに息を吹き込むとアニメーションの文字が風船のように膨らんだり、浮かんだりするといった作品がエントリーしていた。この作品「OC Blimp」はグラファイトペンシルを獲得している。

ロンドンを拠点とする書体デザイナーの大曲都市(おおまがり・とし)さん。モノタイプ社に勤めた後、フリーランスに。主に欧文をデザインしているが、キリル文字、ギリシャ文字、アラビア文字、チベット文字、モンゴル文字、梵字、テングワール文字の造詣も深い。

大曲さんはD&ADの審査の特徴を下記のように語った。

「ほかの審査会にも参加したことはあるが、D&ADはとても健全。出品者やデザイナー名を伏せて、作品そのものに向き合って審査すること。また、審査員同士は誰がどの作品に投票したのかを知らない。そして、本審査では、審査員同士の意見が割れることを良しとしているのです」。

賞を選ぶプロセスでの、審査員同士のディスカッションが最も重視されるというのだ。78カ国に上る応募作品、70カ国、約350人の審査員は年齢も30代前半から70代と幅広く、その多様性はD&ADならではと言えるのかもしれない。その一方でふたりの審査員の熱い思いが受賞結果を動かすといった個人の力が反映される点にも特徴がある。

後世のものづくりに影響を与えるものを選ぶ

今年、日本から12人の審査員が参加したが、審査員長を務めたのはデジタルデザイン部門の清水幹太(しみず・かんた)さんひとりだ。テクニカルディレクター集団のBASSDRUM(ベースドラム)の創設メンバーであり、「テクニカルディレクターは日ごろから難しい技術をわかりやすく人に伝えるのが仕事。その経験が生きた」と審査を振り返った。


デジタルデザイン部門でグラファイトペンシルを、のちにブラックペンシルを受賞した「VisonOS」。審査員のひとりは「直感的な操作性が勝因のひとつ」、審査委員長の清水さんは「デジタルデザインの新時代の幕開け」と評価した。

デジタルデザイン部門で議論の中心になったのは、のちにデザイン領域でただひとつのブラックペンシルに輝いた、アップル「Vision pro」のオペレーションシステム「VisonOS」だった。

「Vision proはオペレーションシステムとは別に個別の機能も出品していて、また最終的にヘッドセットに結びついているため、ヘッドセットの話になってしまったりといった具合に論点が定まりにくかった。しかし、空間コンピューティングという実際の空間を使って体験をつくっていく、それを総合的に提供しているのはオペレーションシステムにあると審査員の皆に話しました。このOSが全く新しい概念を生み出している、その点を高く評価しました」(清水)。

また、ショートリスト25作品を審査する難しさも語った。

「アップル、グーグル、サムソンといったビッグテックの完成されたプロダクトと、単発的な広告キャンペーンを同じまな板の上で評価しなければならない。そうしたとき、単純にいいものではなく、長期的であれ、単発的であれ、文化として後に続く人に影響を与えるもの、後世のものづくりに影響を与えるものを選出しよう。これを審査員たちにクライテリアとして伝えました」。

デジタルデザイン部門でイエローペンシルを受賞した「Google Search Playground」。25周年を記念して、最も検索されたものを散りばめたインタラクティブなGoogle Doodle をつくり上げた。

続く、ブラックペンシルの審査では、デザイン、広告、クラフトの3つの部屋に分かれ、各部門の審査員長がブラックペンシルに推すものを応援演説するかたちで進められた。その際、すべてのイエローペンシルがその俎上に上がったわけではない。

「コミュニケーションデザインとしてよくできている作品がいくつかあったが、賞を取りたいがためにアワード応募用のビデオを実際よりよく見せてつくる、いわゆる誇大広告的な作品があったんです。ひとりの審査員がその作品を疑問視して、審査会で調べ始めたことでわかりました。ビデオでは社会に大きなインパクトを与えたと言いながら、SNSでは全く話題になっていなかったなど、作品によっては実際に社会に作用していなければ評価できないものがあります。そうしたことが審査会の場であらかさまに議論されるのが面白い」。

ブラックペンシルの審査は、6時間ほど続いたという。世界の名だたるクリエイターがひとつのトピックを話し合う。それを聞いているだけでも勉強になると清水さんは笑顔を見せた。

BASSDRUMのテクニカルディレクター、清水幹太(しみず・かんた)さん。ブラックペンシルの審査過程では、書籍や新聞といった紙メディアについて話す時間があったそうだ。「重み、触り心地などのある彫刻みたいなもの。デジタルではない体験を提供している、その価値が表現できているものを評価すべきと話しました」。

「自分のキャリアはグラフィックデザインからスタートし、デザインとは何かがよくわからないままにデジタルに走ったようなところがあります。デジタルデザインを続けていくなかで、デザインがどのように社会に作用するかについて捉えられるようになりました。審査員の皆さんはそれをずっと考えているような方ばかりなので、まるで自分の捉え方の答え合わせをしていようでもありました」。

審査員に報酬はない。しかし、この経験はほかには変え難い貴重なものだということがさまざまな言葉から伝わってくる。

今の時代には、再定義や再構築を促すデザインが大切

ブライアン・コリンズは、ニューヨークを拠点とするブランディング会社コリンズの共同創設者であり、ダボスで開かれる世界経済フォーラムに初めて招かれたグラフィックデザイナーとしても知られている。彼が審査委員長を務めたブランディング部門はD&ADでもトップクラスの900点以上の応募数を誇り、そのうち68作品がショートリストに残った。

ブランディングを含めて計6部門のイエローペンシルと、3部門のウッドペンシルを獲得した「チャンネル4」。実写、アニメ、フルCGの映像を通じて、チャンネル4のアイデンティティを伝える。

ブライアンにブランディング部門の審査で特に印象に残っている作品として2つを挙げてもらった。ひとつはイギリスの地上波公共テレビである「チャンネル4」。

「これまでのリ・ブランディングを踏まえたうえで、的確に、驚くほど美しく、イマジネーションとインテリジェンスとクラフトのすべてを同等に両立させたブランディングと言える。これらの両立は非常に難しいからだ。われわれコリンズが考えるブランディングとは、プロミスを与えること。ブランディングとは一時的なものでなく、長い時間におけるプロミスである。よく誤解されるが、ブランドは次々と消費される一時的な広告キャンペーンではないのだ」(ブライアン)。

イエローペンシルを獲得したトレド美術館のリ・ブランディング。ダイナミックなロゴシステム、順応性のあるカラーパレット、地域社会への誇りや 「ガラスの街」としての歴史などを踏まえて考えられた。

ここでいうクラフトとは伝統工芸を指すのでなく、デザインにおける技術と表現の融合を意味する。さらに、彼がもうひとつ挙げたのはチャンネル4とは異なるミッションがあったというトレド美術館(アメリカ)のリブランディングだ。

「彼らの中に変わらなければならないという願望があった。グラフィックランゲージはヘルベチカばかりで真面目すぎた。美術館のもつウィットや遊び心をより引き出すことを考えた作品だ。美術館は専門的であると同時に一般にも開かれていなければならない。美術館で働く人や歴史ある街トレドに住む人たちといったコミュニティの関係を見直し、すべての人を招き入れるようなアイデンティティを再構築した」。

この部門では日本から4作品がショートリストに残り、JRグループがグラファイト、東京ドームシティと不二家がウッドペンシルを獲得している。JRグループはのちにブラックペンシルも受賞している。

ブランディング部門でウッドペンシルを受賞した不二家。6Dの木住野彰悟がデザインを手がけた。

ブライアンにもブラックペンシル賞にはどのような作品が相応しいのかを尋ねた。ブラックペンシルは皆が取りたいと狙っても、取れないものだと前置きしたうえで答えた。

「今の時代のブラックペンシルは見た人に何かを考えさせる、常に再定義や再構築を促すようなデザインであることが大切だ。それがデザイン界のゲームチェンジャーになる。抽象的な言い方になるが、審査員にはとても知識のある人がいる一方でとても情熱的な人もいるなど、さまざまな軸をもつ人がいる。そうした異なる価値観をもつ人たちを超えていく説得力が、ブラックペンシルには潜んでいる。今回自分が審査した領域のブラックペンシルには圧倒的にそれが備わっていた」。

ニューヨークを拠点とするブランディング会社コリンズを率いるブライアン・コリンズ(Brian Collins)。オレンジ色は彼のトレードカラー。

後日発表されたブラックペンシルを考えると、ブライアンが審査したのは「VisonOS」だったに違いない。著名なブランディングエージェンシーを率いるデザイナーは、終始きらびやかな言葉を操るものだと思っていたが、ブライアンのコメントは違っていた。

「審査においては、デザインの価値とは何か、パーパスとは何か、アイデアとは何か、常に考えさせられる。アイデアとは何も大袈裟なものではなく、朝起きたらそこにある、非常にシンプルなもの。アイデアは一所懸命に学んだり働いたりすることで、素晴らしいものに生まれ変わる。アイデアは最初のきっかけでしかなく、あとはクラフトを駆使して、デザイナーは苦労して苦労してつくり上げていく。苦労して苦労して生まれたもの以外を、D&ADは評価していないはずだ」。

後編では、チェアマンとCEOの話を通じて、アワードやフェスティバルにとどまらないD&ADのもうひとつの側面が見えてきます。(文/AXIS 谷口真佐子)End

D&ADフェスティバルは2日間にわたり、サウスバンク・センターのロイヤル・フェスティバル・ホールというロンドンのシンボリックな場で、講演会と授賞式が開かれた。