INTERVIEW | テクノロジー / プロダクト
2024.10.25 16:30
2024年9月9日、最新のApple Watch Series 10が発表された。この日は奇しくも10年前に初代Apple Watchが発表されたのと同じ日付だったと言う。この10年、Apple Watchは小型化や機能の拡充だけではなく、ユーザーの日常をより豊かなものにする、というより根本的な問いに取り組んできた。その集大成ともいえるのが、新たに発表された「Apple Watch Series 10」だ。
この10番目のApple Watchは、製品のかなめであるディスプレイが大きく進化し、身につける道具として最も重要な「薄さ」と「軽さ」がさらに洗練された。よく「アップルらしさ」と表されるハードとソフトの境目の無さも、さらに一歩進んだものとなっている。
そんな最新製品での取り組みをApple社で全製品の企画や仕様策定、そして設計を行っている「デザインスタジオ」の代表者2名に話を聞いた。ひとりはHuman Interface Design担当長として本誌でもお馴染みのアラン・ダイ氏(Alan Dye)。そしてもうひとりは、この夏新たにインダストリアル・デザイン担当の長に就任し注目を浴びているモリー・アンダーソン氏(Molly Anderson)だ。インタビューにはそれに加えてApple Watchのプロダクト・マーケティング担当のシニアディレクター、エリック・ジュー氏(Eric Jue)も加わった。
進化したディスプレイ:より大きく、より明るく
「私たちは最初のApple Watchを発表してからちょうど10年目の日にSeries 10を発表しました。この10年間、この製品には毎年革新的でユーザーに大きな影響力を持つ機能を追加し続けてきました。Apple Watchのデザインと機能性は、今や他の追随を許しません。文字通り、毎年毎年、時計製造の最先端を再定義し続けてきたと思っています」。
エリック・ジューは初代Apple Watch登場からの10年間をこう振り返る。
それでは10周年モデルとも言える今年のApple Watch、Series 10はApple Watchをどのように再定義したのだろう。
Series 10の最も顕著な進化の一つは、そのディスプレイだ。アラン・ダイ氏は、この進化について詳しく説明する。
「Series 10は、これまでで最大かつ最も明るいディスプレイを搭載しています。実は、Ultra(Apple Watch Ultra)よりもわずかに大きいんです。Ultraを開発する過程で、大きな画面がユーザーにいかに大きな恩恵をもたらすかを改めて実感しました。そこで、この体験をより多くの顧客にもたらすためにSeries 10でも大型ディスプレイを採用したのです」。
Series 10を、これまでのApple Watchと並べて見比べると画面の大きさの違いに驚かされる。Apple Watchは登場以来、常に大小2つのサイズのケースを用意して提供されてきた。
Series 10のケースサイズは42mmと46mm。実はこの小サイズモデルの42mmというサイズは10年前の初代Apple Watchでは大きいモデルのサイズだ。さらに、10年前のSeries 1の42mmモデルとSeries 10の42mmモデルを比較しても、Series 10の画面の方がはるかに大きくなっている。
「最初のApple Watchのディスプレイは直線で囲まれた形をしていました。このディスプレイの直線的なフチを(黒い額縁に溶け込ませて)馴染ませるため、最初のApple Watchでは文字盤を含むすべての画面設計が黒背景になっていました。これに対して現在のApple Watchは四隅が美しい丸みを帯びた形になっており、そのフチのギリギリのところまで情報を表示できるのです」。
しかも、最新のディスプレイは新開発の「広視野角OLEDディスプレイ」となっており、斜めから覗き込んだ際の画面の明るさが40%向上、つまり斜めの角度から覗き込んでも表示がよりハッキリと見えるという。
節電表示も大幅に改善されたとダイ氏は続ける。最近のiPhoneやApple Watchは、しばらく使っていないと画面が少し暗く節電効果がある「常時表示モード」に切り替わる。このモードでは単に画面が暗いだけではなく、画面表示の更新頻度も抑えて節電を行っているが、Series 10ではこの更新頻度が大幅に増え1秒に1回更新するようになった。これによりなんと節電表示中でも秒針が消えない文字盤づくりが可能になったのだ(現在はReflectionとfluxとアクティビティデジタルいう最新文字盤3種類だけが対応)。
「ついに常時表示ディスプレイで秒針も表示できるようになりました。手首を上げるジェスチャーをせずに、パッと見るだけですべての情報を得られるようになったのです。これは、この製品の時計としての側面も重視している私たちにとって、非常に重要な進歩」とダイ氏は強調する。10年続いたタイムピースとしてのApple Watch開発の1つの到達点だという。
薄さ1mmの違いの裏に隠された膨大な量の手探り
だが、ここまで触れてきたディスプレイの進化はApple Watch Series 10の、数ある進化の氷山の一角でしかない。インダストリアルデザインチームのモリー・アンダーソン氏は、Series 10のもう一つの重要な特徴である薄さと軽さについて説明してくれた。
「Series 10は、これまでで最も薄く、最も軽いApple Watchを目指して設計されました。機能や電池寿命を犠牲にすることなく、この目標を達成することが課題でした。Series 10は、Series 9よりも1ミリ薄くなっています。1ミリというと小さな数字に聞こえるかもしれませんが、Apple Watchのような小さなデバイスでは、これは非常に大きな進歩なのです」。
この薄型化は、装着感の向上にも大きく貢献している。アンダーソン氏は このわずか1mmの違いのために「驚くほど多く」の模型を作って、その違いを試したという。
「我々はとにかくたくさんプロトタイプを作って、製品の正しい感触やバランスをどこにあるのかを手探りします。それが何であるか最初はわからなくても、どこかに製品にとっての正しい感触のバランスがあると信じているのです。これはバランスの問題で、重量に関してもただ軽ければいいわけではなく、軽すぎてもダメなのです。私たちが長年こだわってきたのは、例えばスーツやシャツを着ているときに、カフスが時計の上をスムーズに滑るようにすることです。これは、時計を身につけやすく、体の一部のように感じさせる重要な要素です。Series 10の薄さは、この点でも大きな利点となっています」。
ジュー氏は、この薄型化の裏にある技術的挑戦について補足する。
「多くの人は、デザインというと製品の外観だけを思い浮かべるかもしれません。しかし、私たちは内部の各コンポーネントのデザインにも同じように注意を払っています。1ミリの薄型化を実現するには、Apple Watch内部のあらゆるコンポーネントモジュールの再設計が必要だったのです」
外観的には、前のモデルと並べて見比べてもほとんど違いがわからないのだが、特に大きな再設計が加えられたのが本体の背面だという。
「Series 10は、オールメタルエンクロージャーを採用しています。これは、時計製造の伝統とクラフトマンシップからインスピレーションを得たものです。この実現には、セルラーアンテナシステム全体をケースの背面に組み込む必要がありました。これは複雑な作業でしたが、50メートルの耐水性能を維持しつつ、この一体型メタルエンクロージャーを実現できたことを誇りに思います」。
これまでのApple Watchの背面は高い強度と耐久性、審美性を兼ね備えたジルコニア(人工宝石の一種)を採用していたが、「それはこれが電波を通す物質だったから」という。
新しい着色法や新素材の挑戦も行われている。アルミモデルには新たに美しい光沢を放つ黒色、「ジェットブラック」のモデルが加えられた。
「これは、iPhone 7で最初に開発したカスタムプロセスを、Series 10用に再発明したものです」とアンダーソン氏。30段階もの酸化皮膜処理を経て作られているのだという。
一方、アルミモデルとは別に提供される高級モデルでは、これまでのステンレスに代わって研磨チタンを採用した。
「チタンは時計製造の長い伝統がある素材で、ステンレスよりも軽く、より耐傷性に優れています。」とアンダーソン氏。
個性を表現するカスタマイズ可能なバンドと文字盤も進化
Apple Watchは世界で数億人が使う大量生産の製品だが、それでも取り換え可能なバンドと切り替え可能な文字盤によってひとりひとりがまったく個性を発揮できることが大きな特徴となっている。
「Apple Watchは最もパーソナルな製品であり、あなた自身とあなたのスタイルを表現するものです。そのため、バンドを簡単に交換できたり、バンドに合わせてフェイスを変更できることは、製品そのもののデザインと同様に重要です。バンドに関して言えばシリーズ10では、リンクブレスレットのバンドを再導入し、新しいチタンのカラーに合わせました」。
一方で、本体サイズを大型化しながらも、過去に提供したバンドとの下位互換性を保つことも大きなチャレンジだったという。
「以前のモデルで提供されていたバンドはすべてSeries 10でも使うことができます。特定のバンドを長年愛用していただいているお客様にとって、同じバンドを着け続け、愛用していただくことがどれほど大切か、私たちはよく理解しています。ですから、私たちはそのための努力は惜しんでいません」。
他方でディスプレイ上でも、新鮮な違いを楽しんでもらうように、Series 10を念頭に置いた2つの新しい文字盤も開発された。
ひとつはデジタル文字盤のFluxだ。現在の時刻を表す数字を画面いっぱいに表示した文字盤で、1秒ごとに新たな背景色が少しずつ塗り加えられ1分経つと新しい背景色に切り替わるというものだ。
「新しいディスプレイを活かし、1日の各分ごとに切り替わる数値がディスプレイの丸みを帯びた角に沿って完璧に描かれるようにしました。また1日の各分について5000から6000もの異なる色の組み合わせのバリエーションを描いて作成しました」とダイ氏。実は数字で使われているタイプフェース(字体)もこの文字盤のために作り起こした専用のものだという。
だが、今回、Series 10の新たな顔として大々的にフィーチャーされているのが「Reflections」という文字盤だ。これは高級時計で伝統的に使われてきたギョーシェ彫りをデジタル技術で再解釈した文字盤だとアンダーソン氏は語る。
「Apple Watch Series 10のデザインに取り組む中で、私たちは二つの要素のバランスを取ることに注力しました。一つは伝統的な時計製造への敬意、もう一つは最新のデジタル技術の活用です。特に注目したのが、文字盤のギョーシェパターンです。これは、高級時計でよく見られる装飾的な模様のことです。最初は、伝統的な時計と同じように、物理的な彫刻ツールで作られたような古典的なデザインを考えていました。しかし、デジタル技術を使って様々な試作を重ねる中で、私たちは新しい可能性を見出しました。Apple Watchに搭載されているジャイロスコープを活用し、文字盤上の光の動きをシミュレーションしたのです。その結果、従来の時計では実現できないような、柔らかく曲線的なパターンが最も美しい効果を生み出すことが分かりました。このプロセスは、いわば’デジタルエッチング’とも呼べるものです。物理的な制約にとらわれず、デジタル技術を駆使することで、光の反射や動きを自在にコントロールできるようになったのです」。
ダイ氏が、この新しいデザインの細かな工夫について付け加える。
「さらに、私たちは使用状況に応じてパターンを微妙に変化させる工夫も施しました。例えば、腕を下ろした状態では、パターンの反射を少し変えています。これにより、文字盤の秒針がより見やすくなるのです。一見些細な変更に思えるかもしれませんが、使い勝手を考えると非常に重要な要素なのです」。
10年目を迎えた伝統と革新
Apple Watchに関して驚かされるのは、毎年2つほど追加される文字盤デザインにおいても、これだけ深いレベルでの思索が重ねられているということだ。この驚くレベルの思索を10年にわたって続けてきたことでApple Watchはどのように進化したのだろう。
「Apple Watchの10年間の歩みは、継続的な革新の歴史です。毎年、私たちは新しい機能を追加し、時計としての可能性を広げてきました」とジュー氏は語る。
「例えば、’アクティビティリング’という機能を思い出してください。これは、利用者のアクティビティを3つのシンプルな輪で表示する機能です。しかし、このシンプルさが逆に多くの人の心をつかみ、世界中で健康的な習慣作りのシンボルとなっています。毎日リングを完成させることが、多くの人の日課になっているんです」。
「また、Apple Watch Series 3で導入したセルラー機能も大きな変化をもたらしました。この機能により、iPhoneを持ち歩かなくても、Apple Watchだけで電話やメッセージのやり取りができるようになりました。散歩やランニング、ちょっとした買い物の時でも、常に連絡が取れる状態を保てるようになったのです」。
このSeries 3発表時には、単体で通信ができるセルラーモデルには、その特徴を強調するためにデジタルクラウン(リュウズ)の内側に赤い丸が描き加えられた。色付きのリューズで特別なエディションや特徴を示す高級時計の伝統を踏襲したものだ。しかし、Series 10からは、このリューズの赤い丸が無くなった。「ユーザーがセルラー機能を十分理解し、その重要性を認識するようになったと感じ、あえてそれを示す必要性が無くなった」とアンダーソン氏は言う。
最近のApple Watchで特に進化が著しいのが健康を維持するための機能と生命を守るための機能だ。
10年前の初代Apple Watchから心拍数を計るセンサーや日々のアクティビティを運動として捉えて記録するアクティビティリングという機能は用意されていた。
ジュー氏はたった1つの製品の1つの機能が、世界の数億人の利用者の生活習慣を変えてきたという。
「アクティビティリングは、驚くほどシンプルな仕組みでありながら、世界中の人々が健康的な習慣作りをするきっかけとなっています。今では毎日すべてのリングを閉じることが、多くの人々にとっての日課となっているのです」。
今では心電図の測定、血中酸素濃度の計測、女性の健康管理のための腕の体温の測定など、多岐にわたる健康データを取得できます。最近では、睡眠中の健康指標を分析する「バイタル」のアプリも追加しました。
さらに「緊急SOS、転倒検出、衝突検出など」、人々の命を救うための機能も充実しており、実際にこれらの機能が人命を救った事例も毎年数多く報告されているという。
もはや、Apple Watchは単なる時計やガジェットといった製品の枠を超え、健康管理や安全確保、コミュニケーションツールとして、多くの人々の生活に欠かせない存在となりつつあるようだ。