炭酸デザイン室は、テキスタイルデザイナーの水野智章と若菜夫妻のデュオ。滋賀に拠点を置き、身近な自然や旅先の風景を見て感じた思いについて対話を重ね、作品の世界観を共創する。2014年から活動をスタートし、今年10周年を迎えたのを記念して国内外で展示販売会を開催中だ。この10月から年末にかけては、沖縄、鹿児島、全国の髙島屋でのPOP UP EXHIBITIONを予定している。これまでを振り返りながら、制作プロセスやデザイン観について聞いた。
東京造形大学でテキスタイルデザインを学ぶ
水野夫妻は、ともに1985年生まれ。智章は愛知県出身で、中学生のときに古着店で見た、アメリカ製のビビッドな色彩と柄の服やスカーフに面白さを感じ、素材や生地に興味を抱いた。東京造形大学に入学してテキスタイルデザインを専攻。在学中にイッセイミヤケのインターンに参加し、制作に携わった色鮮やかなフェルト作品に魅了されて自分で制作を始め、卒業後に文化ファッション大学院大学に進学してフェルトの研究を続けた。
若菜は、滋賀県の豊かな自然環境のなかで生まれ育った。両親が趣味で描いていた想像力を刺激される色鮮やかな絵画に影響を受け、自身も幼少期から絵を描くことが好きだった。それを仕事につなげたいと思い、デザインの道を考えて東京造形大学に入学してテキスタイルデザインを専攻。同大学大学院に進学して染色を学びながら、作家活動もしていた。
それぞれが別の大学院在学中に、若菜が東京造形大学と山梨県富士吉田市の産学協同開発企画「フジヤマテキスタイルプロジェクト(@fujiyama_tex)」に参加し、智章が縫製の手伝いをすることになる。ふたりは話をするうちに意気投合し、近い将来、自分たちのブランドを立ち上げることを目標に掲げた。
大学院を修了後、智章はスポーツウェアの企画販売会社に就職し、若菜はその後も作家活動を続けた。あるカーペット会社が智章のフェルト作品と若菜の染色作品に関心を寄せ、プリントを施したフェルトのラグというふたりの共作を提案して制作。2014年に展示販売会で発表し、それを機に炭酸デザイン室を設立。バッグやポーチなどを販売する、自社ブランド「TANSAN TEXTILE」もスタートさせた。
身の回りにある自然が作品の源泉
作品の源泉となる自然環境のなかに身を置き、生活しながら創作活動をしたいという思いから、若菜の生まれ故郷の滋賀に、2017年にデザインスタジオを開設した。
日本最大の湖・琵琶湖をのぞむことができる風光明媚な場所にあり、刻々と移り変わる自然の表情を日々の生活のなかで享受しているという。「琵琶湖の対岸で雨が降っていて、風とともにだんだんとこちらのほうにやって来る。そういう様子を眺めているのがふたりとも好きなんです」と若菜は語る。
作品の世界観は、目の前にある風景や自然現象を写実的に描いたものではなく、それを見て感じた思いから着想されている。智章はこう説明する。「日常で、あるいは旅先でふたりが同じ景色を見たときの感じ方は共通することもあれば、異なることもあります。色彩が鮮やかだなとか、面白い形だなとか、それをどう感じたかというのをその場でたくさん会話します。その心を動かされたときの思いを頭の片隅に置いておき、作品をつくるときに身体のなかから自然に湧き出た感情をもとに、また対話を重ねて構想を練っていきます」。
また、彼らにとって3人の子どもたちの存在も大きい。「彼らの視点にも驚かされることが多く、それも私たちの描く要素のなかに入っています」と若菜は言う。
ふたりでひとつの作品を共創する
制作については、ひとつの作品をふたりで描く、共創を大事にしている。ふたりで描く醍醐味は、思わぬアクシデントが起きたり、想像していなかった領域に誘われたり、新たな発見や気づきが見つかることだ。
今夏、沖縄のカフェ「layout café(@layout__café)」でウォールペインティングを手がけた際のことを若菜はこう話す。「下絵を用意しましたが、現場であちらこちらから互いに侵入しながら、それいいねと言って一緒に描いたり、これが足りないんじゃないかと追加したり、即興の部分も大いにありました。いつもこんなふうに、そのときの自然な流れで描いています」。智章も同じ考えで、「カチッとした制限を決めずに、臨機応変に、柔軟にふたりで一緒に作品の世界をつくり上げていきたい」と語った。
日本の伝統工芸の素材や技術を用いて
素材や技術については、伝統工芸の職人との協働も積極的に行っている。自社ブランド「TANSAN TEXTILE」のバッグやポーチの生地は、滋賀の高島帆布を用いて、京都の職人が手捺染(ハンドプリンティング)で仕上げている。高島帆布の生まれた高島の地域は、冬が寒く降水量の多い湿潤な気候が綿花の栽培や製作に適していたことから織物産業が発展した。
「光る山」は、約1200年の歴史をもつ京都の西陣岡本の金蘭という製織技術によってつくられた。デザイン画は、同じく約1200年続く若菜の実家の寺、滋賀の立木観音のある立木山から見える風景を表現。立木観音の本堂にも金蘭が飾られ、山の光る木で彫られたと言い伝えのある弘法大師尊像が安置されているなど、西陣岡本とのつながりや若菜の幼少期の思い出、ふたりが現在の山の自然を見て感じた思いなども込めた。
智章は言う。「日本各地には、風土によって育まれた産地特有の素材や技術があります。僕らのテキスタイルも、その場所で感じた思いがデザインの要素になっていて、その土地との結び付きが強いところに共通点を感じます。今後もご縁があったら、いろいろな産地のものづくりと関わっていきたいですね」。
テキスタイルの魅力について、ふたりはこう語る。
「風によってカーテンが揺らいで気持ちがいいなと思ったり、光が透けたり、影が落ちてきれいだなと感じたり、人の心を動かすものであり、人とテキスタイルはとても近しい存在にあると感じています。僕らはさらに、日々の生活で感じた驚きやワクワク感、喜び、感動などの感情をデザインに表現しているので、テキスタイルを通じてそれが人に伝わるといいなと思っています」(智章)。
「いろいろなものに形を変えられることに魅力を感じています。バッグやポーチになったり、内と外を仕切る空間で使えるものにもなったり、額に飾ればアート作品として楽しむこともできる。私たちのデザインは日常から生まれたものなので、生活のなかの多様な場所や用途で使うものにもっと還元していけたらと考えています」(若菜)。
テキスタイルデザインの拡張に向けて
昨秋、デザインスタジオの1階にショップ&ギャラリー「TANSAN Lab.」を開設した。TANSAN TEXTILEの商品を購入できるほか、テキスタイルを実際に手にとって見ることができる商談スペースも設けた。異分野の人とのコラボレーションもしていきたいと考え、「特にその土地の風景をつくり、豊かに変える力をもつ建築に、自分たちの考えと重なる部分を感じて興味を抱いています」と智章は言う。
ほかにもインテリア、プロダクトなど、多彩な分野のクリエイターとの共創を目指し、テキスタイルデザインのさらなる可能性を彼らは広げていきたいと日々考えている。
「炭酸デザイン室10周年POP UP EXHIBITION」
炭酸デザイン室(たんさんでざいんしつ)/2014年に水野智章(みずの・ともあき)と若菜(わかな)が設立。「いつもの暮らしにシュワッとした刺激を。」をテーマに活動。自社ブランドTANSAN TEXTILEをはじめ、テキスタイルデザイン、フェルト作品、壁紙、商品パッケージなどを手がける。自然や生活のなかからヒントを得て、日々が楽しく豊かになるものづくりを目指し、独自の世界観を創造する。智章は東北芸術工科大学と東京造形大学の非常勤講師を務め、若菜はアーティストとしても活動。