インテリアデザイナーの松本直也は、飲食店、ブティック、オフィス、ホテルなどの多彩な空間設計を手がけている。今年オープンを迎えたのは、大阪の養父蒸溜所が運営するレストラン「養父蒸溜所」、東京・原宿のハラカド内ブティック「HARE」、八百屋を営む店主による大阪の日本料理店「isai」(@isai_osaka)など。地元の大阪を拠点に活動し、この8月に新たに東京に分室を開設。活動領域をさらに広げていきたいと、気持ちを新たにしているところだ。そんな松本に、空間デザインに対する考えを聞いた。
倉俣史朗への興味からデザインの道へ
松本は、大阪生まれの大阪育ち。幼少期から立体物をつくることが好きだった。高校3年の進路を考える時期に、デザインの世界を知った。関西の芸術系の大学をいくつか受験し、その中からプロダクトから空間まで幅広く学べる滋賀の成安造形大学住環境デザイン学科に2002年に入学した。
大学の講義はバウハウスやル・コルビジュエなどの近代建築が中心だったが、あるときポストモダンの話になり、倉俣史朗の家具を初めて見た。これまで学んだ生産性や機能に重きをおいたものとは異なる世界観に強い衝撃を受け、デザインの世界をより深く知りたいと思った。倉俣が手がけた空間を見に訪れ、原研哉の『デザインのデザイン』(岩波書店、2003)を読み、子どもの頃からものづくりが好きだったことを思い出すなどして、次第にデザイナーとして活動していきたいという思いが高まっていった。
デザインのなかでもインテリアに興味を抱き、大学在学中に辻村久信の事務所ムーンバランスのインターンシップに参加。そこで店舗設計や施工を手がける大阪のノミックを知った。卒業後にインテリアの世界に飛び込んでも、ベースを知らなければ仕事などできないのではないかと思い、現場の設計・施工を学ぶためにノミックに入社して約3年半従事する。
次のステップを考えていた矢先、友人を介して大阪を拠点に活動する重鎮のひとり、空間デザイナーの野井成正と出会った。野井が店舗デザインを手がけるリスン京都の展覧会がアクシスギャラリーで開催されることになり、その会場設計の監督を任された。それを機に、2008年の25歳のときに野井の事務所に転職。30歳まで面倒をみると言われ、それまで全力で取り組んだ。
ヨシを使った1日限りの仮設空間
30歳を迎えた2013年に大阪に事務所を設立。母校の成安造形大学で行ったヨシを使った自主企画プロジェクトが出発点となった。滋賀県の琵琶湖周辺にはヨシがたくさん自生し、環境保全に大きな役割を果たしている。同大学では学生にその役割を伝え、身近に感じてもらうためのヨシでオブジェ作品をつくる授業を行っている。
松本はヨシを使って数名が共同で空間をつくることを大学にもちかけ、10名ほどの学生と屋台バーを2度にわたって制作。1日限定でオープンする仮設空間だったが、ディスプレイ産業賞やDSA空間デザイン賞、イタリアのA’デザインアワードのプラチナ賞、台湾の台北国際デザイン賞金賞を受賞。このプロジェクトが注目を浴びて企業から声がかかるようになり、インテリアデザインの道が大きくひらかれていった。
独立後は多彩な空間に取り組む
事務所を構えてから今年で11年目を迎え、活動領域も広がっている。近年手がけたなかで最も規模が大きいプロジェクトは、2021年に開業した「NIPPONIA HOTEL 函館 港町」だ。函館の重要伝統的建築物郡保存地区内の赤レンガ倉庫をコンバージョンした、全9室のホテルである。過去・現在・未来の時空をつなぐことを考え、既存のレンガ造りの建物の中に木造空間を新築して二重構造に。家具とその張り地、リネンの色彩を全室変えて、リピーターにとっても訪れるたびに新鮮な気持ちを与える演出を行った。
最新プロジェクトは、この8月にグランドオープンを迎えた八百屋を営む店主の日本料理店「isai」。希少価値の高い珍しい野菜や果物を扱う八百屋で、普段は主に飲食店に卸しているが、この店ではそれらの野菜を使ったシェフによる料理が振舞われている。
店主の思いをヒアリングして、松本は「循環」というコンセプトを考えた。土の中から生まれ、育ち、収穫されて食事に出され、人が食べて排泄されて土に還るという、野菜の循環から着想した。松本はこう語る。「天井や壁面を土でつくり、土の中で野菜の気持ちになって料理を食べるという空間をイメージしました。直線的なカウンターや白い壁がないなど、日本料理店の空間デザインのセオリーとは異なる要素も柔軟に取り入れ、店主の思いに寄り添いながら世界観を丁寧に構築していきました」。
野井成正からの学びがデザインのベースに
今年3月に東京ビックサイトで開催された日本商環境デザイン協会(JCD)による「注目される空間デザイナー33人展/U45」に松本も選出された。会場には各デザイナーのスケッチや模型が並んだが、松本は建築金物の製造販売を行うユニオンの協力により製作した、アルミのインセンスホルダー「TEST PIECE」を展示。インゴット(アルミの塊)を切って穴を開けただけのもので、そこに「シンプルで明快」という自身のデザイン観を表した。
空間デザインに対する考え方は、野井から学んだ影響が大きいと松本は言う。「ひとつは、当たり前と思っていることに疑問を投げかけ、自分の考えるディテールや自分のスタイルを意識的につくること。もうひとつは、わかりやすさです。野井さんは人が驚くような空間デザインを手がけることに長けていますが、コンセプトは複雑ではなく、とても明快です。僕も手数を最小限に抑えて、シンプルでわかりやすい空間づくりを目指したいと考えています」。
インテリアデザインは、社会情勢や時代の潮流を映す鏡とも言われ、各時代によってその特徴が異なる。現代の空間デザインには何が求められているのか。
松本は持論をこう話す。「僕より2まわり上の世代の方から、以前はないものを形にする時代で、形をつくることが表現だったと聞きました。今はものすごいスピードで情報が流れ、ないものがないくらいものがあふれている状況にあり、形の力だけでは空間が成り立ちにくくなっています。僕は今の空間デザインには形の表現ではなく、人の心に響いて感性に訴えたり、感動を与える要素が必要だと考えています」。
東京分室を開設して新たなる挑戦へ
現在は2025年の大阪・関西万博をはじめ、複数のプロジェクトを抱えて多忙な日々を送り、この8月には東京分室を開設。「新しい世界にも飛び込んでいきたい」と意気込み、これまでよりもさらにフットワーク軽く、多くの人との出会いを心待ちにしているという。
また、以前のヨシを使ったバーのような仮設空間にもまた取り組みたいと考えている。「場所と最小限の素材と人の手があればつくることができる。昨日なかったところに突然生まれて、消えて、また別のところに生まれては消えてという舞台やライブのような発想の人が集まり、笑ったり楽しんだりできる空間をつくりたいですね」。
一時期、インテリアデザイナーの数は減少傾向にあったが、JCDの「注目される空間デザイナー33人展/U45」の面々を見てもわかるように、近年は松本をはじめ、個性豊かな新しい世代が生まれ育ってきている。今後もインテリアデザインの動向にも注目していきたい。
松本直也(まつもと・なおや)/デザイナー。1982年大阪生まれ。2005年成安造形大学卒業。2005年より株式会社ノミック勤務、2008年より野井成正デザイン事務所勤務、2013年より松本直也デザイン設立(2017年株式会社松本直也デザイン)、摂南大学非常勤講師、京都芸術大学非常勤講師を務める。2024年東京分室を開設。受賞歴にASIA AWARD、ArchitizerA+Awards(ニューヨーク)、Restaurant&Bar Design(ロンドン)、第21回中川ケミカルCSデザイン大賞、日本空間デザイン賞など。