INTERVIEW | プロダクト
2024.09.09 11:30
イタリア・トリノを本拠とするイタルデザインといえば、自動車のデザインファームであると思い浮かべる人が大半であろう。1968年の設立以来、300以上の量産車開発に携わり、発表したショーカーの数も100を超えるのだから、それは当然である。
より詳しい読者であれば、インダストリアルデザイン部門も擁し、セイコーやニコンを含む数々の顧客にサービスを提供してきた事実も知っているはずだ。
同社は2015年、創業者ジョルジェット・ジウジアーロ氏が去り、世界的自動車企業であるフォルクスワーゲン・グループ、正確にいえばアウディの傘下となった。以後今日まで自動車とともにインダストリアルデザイン業務も継続している。
受賞も相次いでいる。オカムラのオフィスチェア「フィノラ」は2020にレッドドット・デザインアワードを含む4賞を獲得。2021年にはエスプレッソ・マシーン「ファエミーナ」でアーキプロダクツ・デザインアワードを受賞した。続く2023年には、テカ社のキッチン「インフィニティ | G1エディション」がiFデザインアワードに選定された。
今日、インダストリアルデザイン部門を率いているのはエンリコ・ラーゴ氏である。トリノ工科大学を卒業後、2008年イタルデザインに入社。2023年、約40年間にわたって部門を統括してきたニコラ・グエルフォ氏の引退を機に、チームリーダーとして任務を引き継いだ。
――イタルデザインは自動車の設計開発から発足した企業です。同様にカーデザインを起源とする競合他社も、プロダクトや輸送機器デザインを手がけています。あなたの会社のセリングポイントとは何でしょうか?
当社はインダストリアル・デザインの分野でも、1981年の部門設立から40年以上、1970年代末の前身から数えれば約半世紀の歴史があります。その間に培ったノウハウは膨大です。私たちはサービスを提供する企業です。単に自社流を主張するのではなく、顧客のために私たち自身の身を投じ、ノウハウを駆使して製品を創り出しています。顧客の歴史やブランドを尊重し理解しようと努める姿勢が私たちの強みです。
――近年ファエマ社のエスプレッソ・マシーンでは数々の賞を受賞しています。「E71E」は2019年にレッドドット・デザインアワードを、同社にとって70年ぶりの小型マシーン「ファエミーナ」も2021年にアーキプロダクツ・デザインアワードに選ばれました。
E71Eはバールなどの業務用ですので、強いインパクトが必要でした。ファエマ社は1945年からの歴史があります。したがってレトロな雰囲気をもたせ、敢えてモダンな雰囲気は抑えました。
対して、ファエミーナは異なり、小さなビストロのほか、家庭でも使われる製品です。デザインにあたってはミニマリスト志向でありながら、ある種の性格をもたせました。昨今のキッチンにおけるミニマリスト的ムードを過剰な個性で壊さぬよう心がけながら、かつ従来の他社製小型マシーンのような極端にスクエアなデザインとは異なる、わずかな動感をもたせました。上品さと、ささやかな個性の融合です。
――開発過程で3Dプリンターは、現場でどの程度活用していますか?
ファエマ社製品を例にとれば、ファエミーナ計画には使用しませんでしたが、過去のプロジェクトでは、数種のパーツを3Dプリンターで製作しました。しかし従来からのミリングマシンによるモデル製法もいまだ充分に有効です。
――人工知能との関係は、どうあるべきと考えますか?
我々は常に革新的で、技術水準でもあらゆる新しい刺激に触れていなければなりません。人工知能に関しても、私たちは技術のアップデートに早くから使用してきました。しかしあくまでもツールとしての認識です。つまり、私たちは人工知能に命令しますが、けっして彼らの命令にしたがってはいけないのです。
新分野でも変わらぬこと
――イタルデザインのインダストリアル部門が強化を目指している領域を教えてください。
一例として鉄道車両です。この分野でイタルデザインは1989年の高速列車「ETR460」に始まり、数々の仕事をしてきました。過去の蓄積を大切にしながら前進してゆきます。
新たな手法をもって復帰を模索している領域は船舶です。2024年夏、私たちは「ネクストプローラーNextplorer」を公開しました。43メートル級のハイブリッド・ヨットのコンセプトです。さらに建築の分野も挑みたいと考えています。
――建築といえば、イタルデザイン同様、自動車デザインを発祥とする企業の中には建築分野を拡充し、スポーツカーのイメージを反映させたビルの例もみられます。
もし顧客がそう望むのであれば可能です。しかし建築物自体は美しくても、周辺環境という文脈の中でうまく機能すべきで、それが実現できないのであれば正しくありません。
参考までに、建築に近い例としては、2024年1月のデュッセルドルフ・ボートショーでブースデザインを手掛けました。スタンドアップ型パドルボート(SUP)の電動版「シパボード」のブースです。来場者の流れを綿密に分析し、顧客にとってより効果的な配置を実現したプロジェクトでした。
――近年はチョコレートのパッケージデザインや、カレンダーのグラフィックデザインも積極的に取り組んでいますね。
顧客の理解、市場の理解、市場トレンドの調査という初期アプローチは、パッケージもグラフィックも、ヨットや航空機と同一です。企業の大小にかかわらず、大切なのは顧客に対して尊敬をもって接することです。
社員の幸福も実現するのがデザイン
――個人的なことを伺います。イタルデザインが手がけた歴代製品のなかで、かつてあなたが最も感銘を受けたものは?
1994年の「サンベルナルド」ミネラルウォーター瓶です。断面が非常にシンプルです。水滴を模するというアイデアは単純でありながら、爽やかさを見事に表現しています。今日、国内はもとより海外のイタリア料理店でも、サン・ベルナルドのボトルは、イタリア性のインスタント・アイコンになっています。
――イタルデザイン以外のプロダクトデザインでしたら、何を挙げますか?
ディーター・ラムスによるブラウン社の製品とそのミニマリズムは、おそらく我々のインスピレーションにおける最大の源です。
――いっぽうでイタリアには、秀逸なデザインを残しながら、その伝承に苦心したオリベッティがあります。
技術の進化に追従できなかった企業が数々あるのは残念なことです。ただし彼らは建築でも偉大な足跡を残しました。ヴェネツィアのサン-マルコ広場にある建築家カルロ・スカルパによるオリベッティ・ショールームは、その好例です。
――オリベッティは、ショールームとともに、社員の福利厚生施設なども良質な建築で実現しました。
それも広義のデザインといえます。企業の姿をデザインし、社員の幸福もデザインしたのです。
「イタリアらしさ」は日本人でも獲得できる
――話を戻しましょう。「Inspired in Italy」はイタルデザインのスローガンの一つです。イタリアらしさとは、どこから生まれるのでしょうか?
多くの外資系企業は私たちに「イタリアン・デザイン」を要求します。いうまでもなく、それはイタリア国旗を貼り付ければ解決するものではありません。私たち自身も、このテーマについてたびたび話し合ってきました。その結果、到達したのは「文化」という答えです。イタリアン・デザインというものが存在しないかわり、イタリアの文化があるのです。
イタリア人は美が溢れた国に暮らしています。ここトリノも旧市街を訪れるだけで美しさに満ちているのがわかります。ただし、イタリア人デザイナーは単に何かの形状を模倣しているのではありません。幼少時から教会に入って柱廊を見たり、カルパーノのグラフィック・デザインやジオ・ポンティの椅子に触れたりと、身体的レベルでインスピレーションを受けています。たとえ含蓄はなくても、形状は認識しているため、その感覚をデザインに落とし込めるのです。
――しかしイタルデザインも今日、国際編成です。イタリアで働く外国人デザイナーも、それに近い恩恵は受けられるのでしょうか?
はい。好例は数年前に我々と半年間仕事をした、ある日本人デザイナーです。とても優秀な人物でした。当初、彼のデザインには…言葉で表すことは難しいのですが…日本的アプローチが目立ちました。
やがて彼の作品が少しずつ変わってゆくのがわかりました。歪曲的な表現が鳴りを潜めて、単純な形状でありながら優雅で文化を匂わせ、均衡を感じさせるものに変化していったのです。もちろん革新性もともなっていました。彼はトリノで暮らし、食事をし、私たちと仕事をし、ときには一緒に外出してベラ・ヴィータ(美しい人生)を体験するうちに、自身のグラウンド・ブレーキング、すなわち未知の体験を手に入れたのです。
――2023年10月、新しいスローガンBe Ideneers, Engineers of Ideas(アイデアのエンジニア、アイデナーへ)を発表しました。かつてイタルデザインは、デザイナーのジョルジェット・ジウジアーロとエンジニアのアルド・マントヴァーニによって設立されました。その対等の姿こそが「アイデナー」であると……。
私たちは、デザインが技術の付属物だとは考えていません。エンジニアが仕上げたあとから「デザイナー、格好よくしてくれ」というのは誤りです。デザインは開発開始時点から統合されていなければならないのです。
ただしデザイナーは、エンジニア無しではどこにも立ち向かえないのも事実です。エンジニアのおかげで、私たちは毎回まったく違ったアプローチでプロジェクトに取り組むことができるのです。デザインは決してエンジニアリングと切り離すことはできません。ダイナミックなクロスポリネーション(互いに刺激を与えること)を追い求める姿勢こそが、イタルデザインにとって不変かつ最大の強みなのです。