濱西邦和は、丹青社を経て、デンマークで家具の設計を学び、2015年から自身の事務所を構えて主にインテリアやプロダクトの分野で活動するデザイナーだ。この数年にわたって日本のメーカーとものづくりに取り組み、今春から新作家具の発表が続いている。4月のミラノデザインウィークではカワノの新ブランドNIPONIQUEの家具シリーズ、5月のオルガテック東京2024ではQUON(クオン)の新作スツールを発表し、秋には浜本工芸から木製の椅子「No.7000ダイニングチェア」が発売される予定だ。現在も用途の異なる4種類の椅子を開発中という多忙な濱西に、これまでの道のりと今後の展望を含めて話を聞いた。
プロダクトと建築への興味から始まった
濱西は、1982年に神奈川県で生まれた。幼少期に版画家の父親の仕事で約1年間、アメリカのフィラデルフィアに移住した経験がある。図画工作が好きで、家族で美術館に行くことも多く、子どもの頃からアートを身近に感じ、自分もそういう道に進むのだろうと考えていた。
高校生のときに、『RE DESIGN 日常の21世紀』(朝日新聞出版、2000)を読んで、深澤直人のデザインや考え方に感銘を受け、プロダクトデザインに興味を抱いた。高校卒業後、父親のシカゴ出張に同行してフランク・ロイド・ライトの建築を見て回ったことから視野が広がり、プロダクト・建築・インテリアと幅広く学べる多摩美術大学環境デザイン学科に2002年に入学した。
卒業後の進路を考えるなかで、先輩の話を聞いたり、以前から魅力を感じていた横浜赤レンガ倉庫の設計を手がけたことを知って丹青社に入社。そこで7年間、商業施設の空間設計に携わり、インテリアデザインの基礎とノウハウを学んだ。
「大型施設の外観の計画から店舗の内部空間のレイアウト、共用部の通路や導線計画まで幅広く携わりました。一物件で何百枚と図面を描き、一部に変更が生じると、すべて書き直しの繰り返しで大変でしたが、チームで働く面白さ、お客様の笑顔を見る喜び、大規模物件に携わる責任感など、多くの学びを得た貴重な経験でした」と濱西は述懐する。
独立後、海外の展示に挑戦
父親の姿を見て、ゆくゆくは自分もひとりで活動したいと考えていた濱西は、30歳で退社。最初に今までやってこなかった家具の設計について知りたいと思い、まずは英語を習得するためにフィリピンに1年ほど語学留学し、その後、デンマークのクラベスホルム・フォルケホイスコーレで半年間学んだ。
帰国後、2015年に自身の会社を立ち上げる。最初の頃にデザインしたひとつに、チタン製の照明「Burning Metal project」がある。加飾するのではなく素材自体がもつ美しさを引き出すことを考え、化学反応や熱によって模様を生み出した。2年連続でストックホルムファニチャーフェアとミラノのサローネサテリテに出品。反響はあったものの商品化に結びつくことはなく、海外ブランドと仕事をする難しさを痛感するとともに、実験的な作品だけでなく、日本市場に流通する製品デザインに取り組むことに力点を移した。
家具のデザインディレクションに取り組む
2年目のサローネサテリテ出品の際に母校の先輩に会い、広島に本社を置く浜本工芸を紹介されたことが転機となった。従業員数約300名と、日本の家具産業の中でも規模の大きなメーカーだ。濱西は2019年から製品デザインだけでなく、外部デザインディレクターとして関わることになった。
同社でのデザインディレクションの内容は、幅広い。毎月、本社に足を運び、開発部や製造部と打ち合わせを行うほか、既存製品のデザインのブラッシュアップ、同社ブランドのステートメントの構築、マーケット戦略の提案、展示会やショールームの設計、自らが同社に相応しいと考える展示会やメディアを勧め、紹介することもある。この浜本工芸での経験を機に、その後、さまざまなメーカーからデザインディレクションの話が舞い込むようになる。
2020年からは、大阪のオーツーでもデザイナー兼外部デザインディレクターとして携わる。業務用家具を中心に手がけるメーカーであり、濱西が丹青社において不特定多数が使用する家具の選定や空間構成を考えてきた経験がディレクションに活きているという。
近年人気が高まっている、多様な空間に合わせやすいスツールを、同社の家具ブランドQUON(クオン)のランナップに加えることになり、濱西がデザインを考えた。自然な丸みを帯びた、床に近いほど細くなる形状の家具は、生地を被せるときにシワがよりやすく、手縫い仕上げが必要になることから、製造の手間が増え、価格にそれらが反映されることが課題だった。そこで洋服の裾や袖口のリブ編みを応用して、伸縮性のある素材を用い四隅にスリットを入れた。それにより製造方法や価格の問題を解決し、意匠的なアクセントにもつながった。
2023年秋には、福岡県大川市のカワノから家具デザインの依頼を受けた。インテリア金物や産業機器部品の企画・開発・設計・製作・販売を行うメーカーで、自社製品のPRのために家具を製作して、翌年のミラノデザインウィークへの出展を考えていた。
その企画からデザイン、ブランドの立ち上げ、ステートメントの構築や製造工場を探すところまで、短い期間のなかで話し合いながら進めた。海外への出展に際し、日本らしさや大川家具らしさを前面に出すことをコンセプトに、椅子の振り留めやシェルフの扉などに同社が培ってきた金属加工のノウハウを活かし、意匠の要とした。新ブランドNIPONIQUEとして今年のミラノデザインウィークで発表し、現在、製品化を検討しているところだという。
美的な合理性の探求を目指して
2022年から、濱西は多摩美術大学で知り合った黒田達朗とSTUDIO COHAKUを立ち上げ、共同運営している。「機能と形状における美的な合理性の探求」をコンセプトに掲げてプロダクトとインテリアの分野で活動しながら、新たな素材や技術の知見を蓄え、プロジェクトに還元することを目的にした自社ブランド「limited」の企画・販売も行っている。
デザインに対する考えを、濱西はこう話す。「ひとつのプロジェクトに対して、形だけ、色だけ、素材だけと一部だけではなく、機能や構造や製造方法など複数の課題すべてを解決に導くことを追求し、それらをパズルのピースのように組み合わせて適材適所にピタリと収めることで、理にかなった美しさを引き出すことを目指しています」。
日本の技術や品質を世界へ発信していきたい
最新作は、この8月末から販売がスタートする、浜本工芸の木製の椅子「No.7000ダイニングチェア」だ。近年、日本市場でも定着してきたセミアームチェアで、製作に約2年を費やしたという。「浜本工芸らしさや同社の強みを議論しながら、美しいバランスを考えて試作を何度も繰り返して、社員も自分自身も満足できるものが完成したと自負しています」と濱西は自信をのぞかせる。
今後も世界の舞台に挑戦していきたいという思いがある。「日本のメーカーとの仕事を通じて、ものづくりの高い技術力やクオリティの素晴らしさなど、ほかにはない強みがあることを実感しています。そんな彼らと一緒に海外の市場にチャレンジするためにも、僕自身がデザイン力を高めて、世界と闘えるデザインスタジオになれるように日々精進したいと思っています」。
現在、4種類の家具に取り組んでいるところだが、今後、こうした家具デザインを含めたインテリア空間のプロジェクトを手がけることも目標にしているという。