Apple Vision Proの唯一無二の体験はどのようにデザインされたのか?
アップルデザインチームへの独占インタビューを公開

Apple Vision Proは、おそらくこれまで一般向けに発売されたARゴーグルの中で最も高価な製品のひとつだろう。しかし、体験した人の多くが、それだけの価値があると証言している。実際、同製品で得られる体験はこれまでのどの製品とも比べ物にならないほど品質が高い。それに、リビングや仕事部屋でアプリや拡張したMacの画面を操作をする「空間コンピューティング」の体験は5年ほど未来を先取りしたような先進体験だと強く納得させてくれる。

これまでの新カテゴリー製品同様、アップルでこの未来のコンピューティングのあり方をゼロから考えて形にしたのは同社が誇るデザイン部門、デザインスタジオだ。

今回、特別に同スタジオでヒューマンインターフェースデザインを担当するバイスプレジデントのアラン・ダイとインダストリアルデザイン担当バイスプレジデントのリチャード・ハワースに、製品の開発背景について聞く機会を得た。ちなみに最近、人の入れ替わりが激しいと言われる同スタジオだが、ハワースは1990年代中頃からのメンバーで初代iPhoneの開発にも関わった最古参のデザイナーのひとりだ。

ゼロから考えた新しいコンピューティングのための操作

「おそらくApple Vision Proを試された人は共感してくれるのではないかと思うのですが、ハードとソフトがまったく新しいかたちで融合され境界線がわからなくなった世界。これをつくり出せたことにわれわれは興奮しています」。

この体験をデザインしたアラン・ダイは興奮気味に語る。「この没入体験の設計はアップルのこれまでの取り組みのなかでも最も野心的なデザインプロジェクトだったと思います。このまったく新しい体験、デジタルコンテンツと物理空間を融合させる空間コンピューティングのユーザーインターフェースをわれわれはゼロから考える必要がありました」。

そんなアップルのデザインスタジオが、まず重視したのが直感的な操作だ。
「ユーザーにコントローラーを持たせる、という負担はかけたくないと思っていて、そうするには目と手と声だけで操作ができるまったく新しいユーザーインターフェースにする必要がありました。この挑戦をリチャードが率いるインダストリアルデザインチームと私のヒューマンインターフェースデザインチーム、そしてエンジニアリングのチームの間で信じられないくらいの量の試行錯誤を繰り返して少しずつ形にしていきました」。

世の中の多くのARゴーグルはコントローラを使った操作が前提だ。手のジェスチャーで操作をする製品もあるにはあった。しかし、実際に試してみると素手だから楽だというのは幻想で、常に手を前に出してゴーグルの視界の中で操作をするというのは実は身体への負担が大きい。

装着後にシステムを起動するとまず浮かび上がってくるのは「Hello」のサイン。アップル製品にはお馴染みの表示によってユーザーに安心感を与える。

これに対してApple Vision Proでは、手を膝の上やアームレストに置いたままの状態でもタップなどの操作ができる。
「ジェスチャーのデザインではユーザーが違和感を感じないことを重視しました。使っている人が宙で手を大袈裟に動かしていて周囲から完全に浮いてしまっている、といった状況はつくりたくありませんでした。われわれはある意味、静かなジェスチャー操作を目指しました」(ダイ)。

リチャード・ハワースは「《マイノリティー・レポート》みたいにはしたくなかった」と笑う。かの映画ではトム・クルーズが宙に両腕を突き出して大袈裟なジェスチャーで情報を動かしまわっていた。だがアップルが目指したのはそれとは逆の方向性。「ソファに座ってリラックスしながらでもできる操作。コンピュータを使うために無理に身体を動かさなくてもいい操作をわれわれは最初から強く意識していました。だから、視野全域をカバーできるように製品にはそこかしこにカメラがついています」。(ハワース)

目の前に表示されるホーム画面。視点を合わせ、親指と人差し指をタップするだけで各アプリが起動する。

VisionOSでは、アプリが立体的になり、周囲の世界を反射するガラスのペインに表示されるため、部屋が明るいときはコンテンツが明るく見え、暗いときは暗く見える。

視線を一度、ウィンドウの下に向けるとウィンドウを移動したり閉じるためのUIエレメントが表示される。その後、視線をウィンドウの角に向けると、移動用のバーが変形してリサイズ用のつまみになる。

Apple Vision Proで驚くべきは、空間コンピューティングという新しい概念の製品なのに、ほとんどの人がものの数分で操作を習得し製品を使いこなしていることだろう。これは製品の操作体系がよく練られている証拠だろう。

「Apple Vision Proに関しては、visionOSの半透明のガラスのようなウィンドウのような、カラフルで目に見えるUIに関する質問はよく受けますが、ジェスチャーそのもののデザインに関する質問はあまりありません。しかし私たちは、目に見える要素と同じくらいジェスチャーのデザインにも時間と労力を費やしています。私たちが最も注意を払ったのは、iPadのマルチタッチ操作のように、一連の動きをスムーズで流れるようなものにすることでした。動きとvisionOSのナビゲーションの間に少しでも断絶があると、ユーザーのために作り上げた魔法が一瞬にして解けてしまうからです」とダイ氏は言う。

「アランのチームがつくったジェスチャーのデザインは本当に素晴らしく、これについては賞賛の言葉を贈りたいです。ただ同時に、この魔法を可能にしているのが正確なアイトラッキングであることも付け加えておきたいですね。ユーザーがどこを見ているのか、いつタップするのかを正確に見極めるには信じられないほどのエンジニアリングが必要でした。ただ認識するだけなら簡単なんです。でも、ハードとソフトとUIが、われわれの感覚と連動するレベルに仕上げようとすると膨大な労力を要します。とても複雑で難しいことなんです。でも、この部分が自然に感じられるようになると、すべてが違ってきます」(ハワース)。

グローブのようなフィット感と未来を感じさせる見た目

実はApple Vision Proは外観こそ誰もがすぐに形を覚えられるほどシンプルだが、あの魔法のような体験を生み出すために、これまでの製品とは比較にならないほど多くのカメラやセンサーが埋め込まれている。しかし、それをできるだけ感じさせないように親しみの持てる見た目や付け心地にすることもハワースに与えられた課題だった。
「製品が快適に使えることはもちろん重要ですが、それと同時に製品に親しみも感じてもらいたかったのです。また、その一方で明らかに未来からやってきたような雰囲気もつくり出したかった」。

いや、それだけではない。長時間顔を覆うからには装着時の快適さも重要だ。
「私たちは、Apple WatchやAir Podsのようなウェアラブル製品をデザインした多くの経験を持っていますが、これまでにない顔に装着するまったく新しいタイプの製品をつくるというのは、レベルの異なる挑戦でした。Vision Proを可能な限り軽量かつコンパクトにすることが最重要だったので、カーボンファイバー、マグネシウム、5軸CNCで加工した丈夫で軽い航空宇宙グレードのアルミニウムなど、最先端の素材を使用しました。製品の前面は、全体を複合3D成形ガラスでラミネートしています。Vision Proに使用されている精密な素材と組み合わせて、私たちは柔らかく快適なテキスタイル素材を開発し、身体にフィットする必要がある部分には3Dニットを使用しました。これらを組み合わせることで、非常に高性能で、技術的で精密でありながら、快適で心地よい製品をつくり上げることができるのです」。

グラスの分解写真。唯一無二の体験を実現させるためにセンサーやカメラが無数に内蔵されていることがわかる。
Photos by Dan Winters

一見シンプルに見えるApple Vision Proの形状だが、実はこれまでのアップル製品のなかでも最もカスタマイズ性に優れている。例えば2種類のバンドの交換だけでなく、レンズからの距離を保ち外からの光を遮断するライトシーリングやクッションなど、サイズバリエーションが用意されたいくつかのパーツをマグネットでくっつけて使用することができる。
「最適なパフォーマンスを得るためには、ディスプレイを目に正しく配置することがとても重要です。われわれはこの製品をグローブのようにぴったりとフィットする製品にしたいと思っていました。しかし、人の顔の形状は千差万別です。熟考を重ねた末、モジュラーシステムしかないという結論に至りました。これはApple Watchを通して学んだことですが、同じ製品でも人によってどのように身につけるかが異なっています。こうしたニーズに応えるうえでもモジュラーデザインが最適でした」。

新しいプラットフォームの最初の製品

Apple Vision Proのデザインでもうひとつ重視していたのが利用しているユーザーに孤立感を感じさせないことだった。
「他社の類似の製品をいくつか試してみましたが、装着すると目を覆われて、どこか別の世界に連れて行かれ、自分の周囲に誰がいるのかもわからない極端な孤立感があると感じました。だから、われわれの製品はその真逆を目指しました。装着すると同時にすぐに周囲がすべて見えて、周りに誰がいるかもわかる、そんなアプローチです」(ダイ)。

アップルはユーザーが孤立しないために他にも工夫をしている。外向きのディスプレイにリアルに再現したユーザーの目を映し出すEyeSightという機能や、映画などに没入している際に人が近寄ってきて話しかけると、没入体験の中にその人の姿が現れる、といった機能もその一例なら、ビデオ通話などコミュニケーションの機能に重点を置いているのもそうした考えがあってのことだろう。

ヘッドマウントディスプレイの外部に装着者の目を映し出す「EyeSight」の様子。

「最もApple Vision ProはMacやiPhoneのようなプラットフォーム製品であって、どう使わなければならないという決まった使い方があるものではありません。Macの仮想大型ディスプレイとして使う人もいるだろうし、使い方は人によってさまざまでしょう」(ダイ)。
ここでハワースが「ただ、使い始めでどのように使ったらいいかがわからない人には空間ビデオの撮影をお勧めしたいです。実は本製品はApple社初の3Dカメラ(動画と静止画ともに)でもあるのです。この機能を使って撮影すると、思い出を目の前で再現することができます」と言うとアラン・ダイもこれに同意した。秋にリリースされる新OSではiPhoneなどで普通に撮った平面の写真もAI処理で立体化される予定で、この機能も凄いと付け加えてくれた。また新OSでは新しいジェスチャーも加わり手のひらを返すだけでボタンを押さなくてもホームビューと呼ばれるアプリ起動画面を呼び出せるようになると言う。

マインドフルネスや大自然体験、さらには月面旅行など、Apple Vison Proを使った没入型コンテンツは幅広い可能性を秘めている。

ダイは、この製品はまだ始まったばかりのプラットフォームの最初のものだと強調した、
「私たちは、長くエキサイティングな旅の始まりにいるのです。開発者の皆さんが、私たちが思いもつかないようなアイデアやアプリケーション、ユースケースを思いつくことを願っています。私たちはこの製品の開発を通して多くのことを学び、さまざまな可能性に興奮しています。そうすることが新たな魔法を生み出すのだと思っています」と言ってこの製品が、これから進化を始める誕生したばかりのプラットフォームの最初の製品であることを強調すると、ハワースも「われわれはこの製品の開発を通してひじょうに多くのことを学び、いろいろな可能性を考えてはワクワクしてきました。それはこの製品が存在しなければ起きなかったワクワクで、われわれはこれからもそれが続くように学び続けたいと思っています」と呼応した。

既存のARゴーグルとは明らかに違う、唯一無二の空間コンピューティングのデバイス、Apple Vision Proは、これからMacやiPhone、iPad、Apple Watchと同様にこのワクワク感の伝播で世界を大きく変えていくことになりそうだ。End