山口崇多が考える、人との相互作用から生まれるグラフィックデザイン

 

「くろしお想」フリーゲート白浜(2023)

アートディレクター、グラフィックデザイナーの山口崇多(やまぐち・あがた)は、2019年にcolléを設立して活動を始めた。手描きの絵をデザインに生かし、既存の枠を超えた新しい表現を追求している。紙媒体やウェブデザイン、パッケージ、商品開発、施設のアートディレクションやブランディングなど、領域を広げながら国内外のプロジェクトに携わる。インスタグラム(@agatayamaguchi_colle)のフォロワー数は、現在6万。今年はグラフィックデザイナーの登竜門JAGDA新人賞2024に輝き、今後のさらなる活動に多方面から期待の声が寄せられている。そんな山口にデザインに対する考えを聞いた。

『BranD Magazine』64号、SendPoints Publishing(2022)。中国のデザイン誌の表紙デザイン。

大学生のときにデザインの面白さに目覚めた

山口崇多は1988年に東京で生まれ、小学2年生から福岡に移り、自然溢れる環境で育った。両親はともにフランスの学校で学び、美術作家(父親は版画、母親は油絵)として活動していた。幼少期には家族で美術館に出かける機会が多かったが、山口自身は美術に興味はなく、音楽に夢中になった。

東京の大学に進学し、友人と音楽活動を楽しむ日々を送っていたが、3年のときにデモCDのジャケットデザインを担当して、手で絵を描くことの楽しさ、ものづくりの面白さに目覚めた。きちんと学びたいと思い、両親に相談したところ、大学で勉強することを勧められた。学費を考えて東京藝術大学一本に絞り、アルバイトをしながら予備校に通い、大学3年から試験を受け始める。3回目の試験に受かり、2012年に東京藝術大学美術学部デザイン科に入学した。

「SCANDINAVIAN COFFEE」free design(2022)。午前中に友人や仲間と語らいながら飲みたくなる「Aurinko」と、夜寝る前に飲めるカフェインレスの「Kuu」のパッケージデザイン。

1年目の基礎課程でポスター制作に面白さを感じ、デザイン分野のなかでグラフィックデザインに強く興味を惹かれ、グラフックデザイナーになりたいと考えるようになった。また、もともと手で絵を描く楽しさを実感していたが、当時の藝大のデザイン科では手を使ってものをつくることを勧め、さらに鍛えられ、新聞社発行の冊子など、社会と接点を持つプロジェクトにも携わった。アートディレクターでグラフィックデザイナーである教授の松下計の実技や表現に関する課外活動も積極的に受講して指導を受け、松下には卒業後の進路相談にものってもらった。

将来、山口は自身の事務所で活動しようと考えていた。その前に個人事務所でスキルを身に付けたいと思い、卒業後、2015年にドラフト出身の柿木原政広が代表を務める10inc.に入社。美術館の仕事やブランディング全般など幅広く携わり、人とのコミュニケーション、プレゼンテーションの仕方、デザインが社会に与える影響などについて、実践を通して学んだ。

「NICKER DESIGNERS COLOR」NICKER(2022)。国内外のクリエイターから支持される、ニッカー絵具の不透明水彩絵具「デザイナースカラー」のパッケージデザイン。

30歳で独立し、デザイン活動をスタート

30歳を迎えた2019年に独立。だが、翌年、パンデミックの波が押し寄せ、焦りや不安を感じる日々を過ごしたという。やがて自身のなかで何かが弾けて、止まっていた手を動かして絵を描き、インスタグラムにアップし始めた。すると、徐々に仕事の依頼が舞い込むようになっていく。

「PAPER TUBE FLOWERS」竹尾ペーパーショウ2023。「紙管」を用いてパッケージの可能性を探った作品。

2023年、大きなプロジェクトに複数携わる

昨年の2023年は、立て続けに大きなプロジェクトに携わる機会を得て、山口にとって転機を迎えた年となった。ひとつは、竹尾ペーパーショウ2023の参加クリエイターのひとりに選出されたことだ。

「PACKAGING―機能と笑い」というテーマのもと、山口は紙管の端を内側に巻き込んだ形状に愛着を抱き、着目した。その部分を太くしたり、色をつけたりしているうちに、上部の面子と呼ばれる蓋が花芯に見えてきたという。多重構造に設計した底に紙製の棒を差し込んで茎のように仕立て、中に飴やチョコレートを入れられるパッケージを制作した。

「YŌNOBI」(2023)。各国のアーティストが創作した陶器の販売と陶芸教室を行うスタジオのリブランディング。

2023年に手がけたもうひとつのプロジェクトは、デンマーク・コペンハーゲンの陶芸スタジオ「YŌNOBI」のリブランディングだ。スタジオ名の頭文字「Y」と、練ったり捏ねたりして手の跡が残る粘土の形をイメージしてロゴデザインに表現した。インスタグラムの作品を見て仕事の依頼が来たり、パンデミック以降、オンラインの打ち合わせが普及したこともあり、海外の仕事も増えてきている。

以下、「くろしお想」フリーゲート白浜(2023)のデザイン。和歌山の自然や徒然草からインスピレーションを得たメインビジュアルをオリジナルグッズなどに展開。

メインビジュアルと同じタッチで描いたピクトグラム。絵で見るだけでわかるようにデザインを考えた。

客室の表札は、手作業で彫って製作。言葉は、徒然草の随筆を引用している。

和歌山県南紀白浜にリニューアルオープンした「くろしお想」のアートディレクション、ブランディングも、2023年に手がけたプロジェクトである。ロゴは、旅館名の「想」の漢字を分解して「木・目・心」を抽象的な形に表した。また、ロゴデザインをもとに館内サイン、のれん、アメニティ、オリジナルグッズの世界観を統一し、海外の旅行客も多く訪れることから、絵を見るだけで認識できるデザインを心がけた。

これら2023年のプロジェクトが評価されて、JAGDA新人賞2024を受賞。山口にとって大学時代から目標にしてきた賞で、感慨深い思いだという。

「めぐりめぐって、綿になる All led through cotton」(2024)。福島で綿花栽培を行う株式会社起点による綿の物語冊子のデザイン。

手描きの絵をデザインに生かす

山口のデザインの特徴は、何といっても手描きの絵だが、タッチペンではなく、絵の具やマジックペン、鉛筆などを使って紙に描き、パソコンに取り込んで制作しているそうだ。

手描きの絵をデザインに取り入れるのは、「手で描くことが楽しいから」というのが一番の理由だが、現在のスタイルに至ったもうひとつの理由をこう語る。

「自分にしか生み出せないトーンを表現できるということもあります。SNSの普及でいろいろなアーティストやデザイナーの作品を目にするようになり、『人と違うものがつくりたい』『自分らしい表現とは何だろう?』と考えるようになり、独自性を強く意識するようになりました。僕は手で描くことが好きだったので、それを伸ばそうと思って今の表現を取り入れるようになりましたが、絵と同じくらい言葉や文字も大切に考えています」。

「BLOOM」オリジナル商品(2020)。「いつまでも枯れない花があれば、自分も花も元気でいられるのでは」という思いから生まれた、花をモチーフにした木製オブジェ。

「Field」シリーズ、オリジナル商品(2020)。アーティストのオカモトメグミ(@megumiokamoto_)と協働して制作した陶製の作品。

オリジナルブランドも、独自性の追求が目的だ。クライアントの思いや考えを汲んでつくるクライアントワークに対して、オリジナルブランドは「自分が表現したいものを仕事として受注するためのポートフォリオのような役割を担う」という。木製や陶製の立体作品もつくり、ECサイト「omise」やポップアップショップで販売し、その際、山口自身が店頭に立って商品説明をするときもある。

「EIYO FOODS」(2023)。長野県・白馬村のオーガニック野菜無人直売所 EIYO FOODSのロゴマークのデザインを手がけた。

山口が目指すデザインを尋ねた。「見る人の心が動かされたり、そのきっかけを与えるものをつくりたいと思っています。つくったらすぐに発表して、人に見てもらって感想を聞きたいです。自分が思っていることと、その人が思っていることがかけ合わさって、相互作用で何かが生まれるのがデザインだと考えています」と語り、自己完結型でも一方通行でもなく、「人との接点、関わり」を山口は重視している。

「JAPANESE ILLUSTRATION」SendPoints Publishing(2023)。中国の出版社が発行する日本のイラストレーション史、日本人イラストレーターやグラフィックデザイナーを紹介する一冊。表紙デザインなどを担当。

広い視野をもって挑戦していきたい

手がける領域を、もっと広げていきたいという思いもある。「マックス・ビルやエンツォ・マーリなど、工業製品、家具、グラフィック、絵画など、デザイナーが幅広く手がけていた時代があったように、僕もいろいろ挑戦してみたいと思っています。家具のようなプロダクトや、メーカーや地場産業との協働プロジェクトにも興味があります。日本では、グラフィック、プロダクト、建築と、展覧会内容も媒体もジャンルごとに分かれてデザイナー同士の交流が少ない傾向にありますが、幅広く網羅するところがもっと増えていくことも期待しています」。

そのなかで竹尾ペーパーショウは、多彩な分野のクリエイターが参加する展覧会で、山口も期間中のトークセッションなどを通じて、他ジャンルの人々と交流して刺激を受けたという。グラフィック、イラスト、デザイン、アート、プロダクトなど、すでにいろいろな領域をまたがって活動する、山口の次なるステップに今後も注目していきたい。

7月22日からギンザ・グラフィック・ギャラリーでは、「亀倉雄策賞」「JAGDA新人賞」の受賞者の作品を一堂に展示する、またとない機会となっている。詳細は下記まで。End

ギンザ・グラフィック・ギャラリー特別展「2024 JAGDA 亀倉雄策賞・新人賞展」

会期
2024年7月22日(月)~8月24日(土)(日曜・祝日休館) 11:00〜19:00
会場
ギンザ・グラフィック・ギャラリー(東京都中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル1F/B1F)
詳細
日本グラフィックデザイン協会(JAGDA)が主催する「亀倉雄策賞」と「JAGDA新人賞」の受賞作品を、ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)で展示。ギャラリー1階では亀倉雄策賞を受賞した北川一成の作品を、地階では新人賞受賞者の岡﨑真理子、坂本俊太、山口崇多の作品を展示する。会期中、受賞者とゲストによるトークイベントも開催予定。最新情報は、gggおよびJAGDAまで。

山口崇多(やまぐち・あがた)/アートディレクター、グラフィックデザイナー。1988年東京都生まれ、福岡県育ち。東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。10 inc.を経て、2019年collé設立。グラフィックデザインを軸として、企業のブランド開発、店舗開発、商品開発など、幅広いジャンルのデザインを手がける。公益社団法人日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)正会員。JAGDA新人賞2024受賞。