アートディレクター、グラフィックデザイナーの山口崇多(やまぐち・あがた)は、2019年にcolléを設立して活動を始めた。手描きの絵をデザインに生かし、既存の枠を超えた新しい表現を追求している。紙媒体やウェブデザイン、パッケージ、商品開発、施設のアートディレクションやブランディングなど、領域を広げながら国内外のプロジェクトに携わる。インスタグラム(@agatayamaguchi_colle)のフォロワー数は、現在6万。今年はグラフィックデザイナーの登竜門JAGDA新人賞2024に輝き、今後のさらなる活動に多方面から期待の声が寄せられている。そんな山口にデザインに対する考えを聞いた。
大学生のときにデザインの面白さに目覚めた
山口崇多は1988年に東京で生まれ、小学2年生から福岡に移り、自然溢れる環境で育った。両親はともにフランスの学校で学び、美術作家(父親は版画、母親は油絵)として活動していた。幼少期には家族で美術館に出かける機会が多かったが、山口自身は美術に興味はなく、音楽に夢中になった。
東京の大学に進学し、友人と音楽活動を楽しむ日々を送っていたが、3年のときにデモCDのジャケットデザインを担当して、手で絵を描くことの楽しさ、ものづくりの面白さに目覚めた。きちんと学びたいと思い、両親に相談したところ、大学で勉強することを勧められた。学費を考えて東京藝術大学一本に絞り、アルバイトをしながら予備校に通い、大学3年から試験を受け始める。3回目の試験に受かり、2012年に東京藝術大学美術学部デザイン科に入学した。
1年目の基礎課程でポスター制作に面白さを感じ、デザイン分野のなかでグラフィックデザインに強く興味を惹かれ、グラフックデザイナーになりたいと考えるようになった。また、もともと手で絵を描く楽しさを実感していたが、当時の藝大のデザイン科では手を使ってものをつくることを勧め、さらに鍛えられ、新聞社発行の冊子など、社会と接点を持つプロジェクトにも携わった。アートディレクターでグラフィックデザイナーである教授の松下計の実技や表現に関する課外活動も積極的に受講して指導を受け、松下には卒業後の進路相談にものってもらった。
将来、山口は自身の事務所で活動しようと考えていた。その前に個人事務所でスキルを身に付けたいと思い、卒業後、2015年にドラフト出身の柿木原政広が代表を務める10inc.に入社。美術館の仕事やブランディング全般など幅広く携わり、人とのコミュニケーション、プレゼンテーションの仕方、デザインが社会に与える影響などについて、実践を通して学んだ。
30歳で独立し、デザイン活動をスタート
30歳を迎えた2019年に独立。だが、翌年、パンデミックの波が押し寄せ、焦りや不安を感じる日々を過ごしたという。やがて自身のなかで何かが弾けて、止まっていた手を動かして絵を描き、インスタグラムにアップし始めた。すると、徐々に仕事の依頼が舞い込むようになっていく。
2023年、大きなプロジェクトに複数携わる
昨年の2023年は、立て続けに大きなプロジェクトに携わる機会を得て、山口にとって転機を迎えた年となった。ひとつは、竹尾ペーパーショウ2023の参加クリエイターのひとりに選出されたことだ。
「PACKAGING―機能と笑い」というテーマのもと、山口は紙管の端を内側に巻き込んだ形状に愛着を抱き、着目した。その部分を太くしたり、色をつけたりしているうちに、上部の面子と呼ばれる蓋が花芯に見えてきたという。多重構造に設計した底に紙製の棒を差し込んで茎のように仕立て、中に飴やチョコレートを入れられるパッケージを制作した。
2023年に手がけたもうひとつのプロジェクトは、デンマーク・コペンハーゲンの陶芸スタジオ「YŌNOBI」のリブランディングだ。スタジオ名の頭文字「Y」と、練ったり捏ねたりして手の跡が残る粘土の形をイメージしてロゴデザインに表現した。インスタグラムの作品を見て仕事の依頼が来たり、パンデミック以降、オンラインの打ち合わせが普及したこともあり、海外の仕事も増えてきている。
和歌山県南紀白浜にリニューアルオープンした「くろしお想」のアートディレクション、ブランディングも、2023年に手がけたプロジェクトである。ロゴは、旅館名の「想」の漢字を分解して「木・目・心」を抽象的な形に表した。また、ロゴデザインをもとに館内サイン、のれん、アメニティ、オリジナルグッズの世界観を統一し、海外の旅行客も多く訪れることから、絵を見るだけで認識できるデザインを心がけた。
これら2023年のプロジェクトが評価されて、JAGDA新人賞2024を受賞。山口にとって大学時代から目標にしてきた賞で、感慨深い思いだという。
手描きの絵をデザインに生かす
山口のデザインの特徴は、何といっても手描きの絵だが、タッチペンではなく、絵の具やマジックペン、鉛筆などを使って紙に描き、パソコンに取り込んで制作しているそうだ。
手描きの絵をデザインに取り入れるのは、「手で描くことが楽しいから」というのが一番の理由だが、現在のスタイルに至ったもうひとつの理由をこう語る。
「自分にしか生み出せないトーンを表現できるということもあります。SNSの普及でいろいろなアーティストやデザイナーの作品を目にするようになり、『人と違うものがつくりたい』『自分らしい表現とは何だろう?』と考えるようになり、独自性を強く意識するようになりました。僕は手で描くことが好きだったので、それを伸ばそうと思って今の表現を取り入れるようになりましたが、絵と同じくらい言葉や文字も大切に考えています」。
オリジナルブランドも、独自性の追求が目的だ。クライアントの思いや考えを汲んでつくるクライアントワークに対して、オリジナルブランドは「自分が表現したいものを仕事として受注するためのポートフォリオのような役割を担う」という。木製や陶製の立体作品もつくり、ECサイト「omise」やポップアップショップで販売し、その際、山口自身が店頭に立って商品説明をするときもある。
山口が目指すデザインを尋ねた。「見る人の心が動かされたり、そのきっかけを与えるものをつくりたいと思っています。つくったらすぐに発表して、人に見てもらって感想を聞きたいです。自分が思っていることと、その人が思っていることがかけ合わさって、相互作用で何かが生まれるのがデザインだと考えています」と語り、自己完結型でも一方通行でもなく、「人との接点、関わり」を山口は重視している。
広い視野をもって挑戦していきたい
手がける領域を、もっと広げていきたいという思いもある。「マックス・ビルやエンツォ・マーリなど、工業製品、家具、グラフィック、絵画など、デザイナーが幅広く手がけていた時代があったように、僕もいろいろ挑戦してみたいと思っています。家具のようなプロダクトや、メーカーや地場産業との協働プロジェクトにも興味があります。日本では、グラフィック、プロダクト、建築と、展覧会内容も媒体もジャンルごとに分かれてデザイナー同士の交流が少ない傾向にありますが、幅広く網羅するところがもっと増えていくことも期待しています」。
そのなかで竹尾ペーパーショウは、多彩な分野のクリエイターが参加する展覧会で、山口も期間中のトークセッションなどを通じて、他ジャンルの人々と交流して刺激を受けたという。グラフィック、イラスト、デザイン、アート、プロダクトなど、すでにいろいろな領域をまたがって活動する、山口の次なるステップに今後も注目していきたい。
7月22日からギンザ・グラフィック・ギャラリーでは、「亀倉雄策賞」「JAGDA新人賞」の受賞者の作品を一堂に展示する、またとない機会となっている。詳細は下記まで。