INTERVIEW | アート / ファッション / 建築
2024.06.14 17:02
東京から電車で約2時間。伊東線のある駅を降りて、目の前いっぱいに広がる海を横目に坂道を下ったり上ったりすると、建築家・吉村順三が手がけた熱海の邸宅に辿り着く。
アートやデザイン、ファッション領域を横断するファッションブランド「Tu es mon Tresor(トゥ エ モン トレゾア)」がロサンゼルスを拠点にランドスケープデザインやアパレルなどの多様な表現活動を行うデザインスタジオ「Cactus Store(カクタス ストア)」とともに、この邸宅全体を使った「1977- Summer Garden」をオープンさせた。トゥ エ モン トレゾアのデザイナー 佐原愛美とカクタス ストアのデザイナー カルロス・モレラにサマーガーデンに至った背景やランドスケープデザインのコンセプトについて話を聞いた。
もとあるものをどう美しくしていくか
佐原は、はじめて邸宅に訪れた際に、全体の設計の素晴らしさはもちろんだが、リビングや廊下、寝室などエリアごとに敷かれた異なる色の絨毯に特に感銘を受けたのだという。「色がもたらす効果と、私たちのブランドが普段から追求している女性の身体の美しさにつながるような曲線的な家具を取り入れることで、吉村順三の建築を現代に生きる私たちなりの視点で解釈できるんじゃないかと思ったんです。プロジェクトのタイトルにも表れていますが、この邸宅が建てられた1977年から今現在まで脈々とつながっているデザインの文脈にここを訪れる人々が意識を向けられるような場所になればと考え始めました」。
佐原は、家政婦が出入りをするキッチンやパントリーエリアは、暗くて陽が当たらず表から隠されているような場所だったと続ける。「人目にふれる場所とそうでない場所のコントラストが強く、現代の暮らしのあり方とは合わないなと感じたんです。表から隠されたエリアをもっと陽の光を浴びる場所にするためにどうすればいいんだろうと考えていくなかで、今回の『1977- Summer Garden』の構想が生まれました」。
室内には、同ブランドがリサーチを重ねて集めた、吉村と同時代に活躍したデザイナーのホアキン・テンレイロやシャルロット・ペリアンやピエール・ジェンヌレらが手がけた家具が並ぶ。単なるリノベーションやインテリアスタイリングではなく、最初に感じた印象をたよりに、邸宅の歴史を注意深く、かつ主体的な視点で紐解いていくことを丁寧に繰り返したトゥ エ モン トレゾア。熱海の温暖な気候に合わせてつくられた邸宅が漂わせる南半球のムードからトロピカルモダニズムというキュレーションのコンセンプトを導き出した。
「直線的に構成された吉村さんの建物の中に、どのような家具をキュレーションするべきかリサーチを進めていくなかで、ブラジルのデザイナー ホアキン・テンレイロの作品に出会いました。彼がつくり出す軽快かつ優美な曲線の家具はまさに私たちが探し求めていたものでした。次第に私たちの関心は、ブラジルの家具から、熱帯の気候や文化に適応させた建築、家具、庭園までを網羅するスタイルであるトロピカルモダニズムに広がっていきました」と佐原。
トロピカルモダニズムとロバート・ブール・マルクス
筆者がサマーガーデンに訪れたのは、まだ涼しい4月の下旬だったが汗をかくような熱がこの庭園にはあった。熱帯を想わせる植物や熱海の気候がそう思わせるのか、この庭園のランドスケープデザインを手がけたカルロス・モレラはこのプロジェクトについて次のように振り返る。
「これまで手がけてきたプロジェクトは、新しい建物に対してランドスケープデザインを行うことがほとんどでした。その場合は周辺の植生だったり、自然環境を最初に据えてデザインを考えるんですが、今回は吉村順三という日本のモダニズム建築の巨匠が設計した場所があって、それに合わせてトゥ エ モン トレゾアがキュレーションした家具があるように、いつもと前提が異なること。同ブランドが、トロピカルモダニズムやサマーガーデンといったコンセプトへ着地させたことが面白いと感じ、このプロジェクトに参加しました。ランドスケープを手がけるときその国でどのような植物が自生しているのかを知ることをいつも大切にしています。今回のサマーガーデンの植栽についても、関東圏の植物園を巡ったり、樹齢70年のコルディリネオーストラリスであったり、ディッキアやプロメリアなどのグロワー(植物を育てていたり、コレクションしている人)に会いに行き、対話をしながら選定を進めていきました」。
トロピカルモダニズムをコンセプトにするうえで、ブラジルのランドスケープデザイナーのロバート・ブール・マルクスの存在は、欠かせないものだったとカルロスは言う。「私は彼が、私生活においても植物を大切にしているグロワーであることに共感していて、このサマーガーデンにも彼が見つけた『ホヘンベルギア』を植えています。自分が携わるプロジェクトで使用する植栽を自ら見つけたり、育てたりする姿勢は私のポリシーとも共通する部分です。また、彼の存在は、カクタス ストアのランドスケープデザインとトゥ エ モン トレゾアがキュレーションしているアートや建築、インテリアといったプロジェクトのリファレンスポイントとして欠かせないものでした」。
さらにカルロスは続ける。「マルクスの仕事を見ていると、隅々まで緻密にデザインしているものもありますが、そこにもともと自生していたのか、手を加えて植栽したのか判断がつかないようなデザインも多く手がけており、私は後者の意図しているのかわからないような彼の作品が好きで、今回この庭園をつくるうえでも、あまり意図的なデザインにならないように、それぞれの植物のバランスを意識して植栽の配置や角度を検討しました」。
カルロスは、トゥ エ モン トレゾアとのプロジェクトがこれまでのコラボレーションの中でも手ごたえがあったと続ける。「通常のプロジェクトは、もう少し早いペースでデザインの決め事をしていくんですが、今回はひとつひとつのデザインにゆっくり時間をかけて考えることができました。デザインは対話のなかで生まれると考えているんですが、相手との共通言語を見つけることに労力を割くことが多いなかでトゥ エ モン トレゾアとは、これはこうだよね!と決め切らなくてもお互いが持っている価値観や美意識を共有することができ、直感に従ってプロジェクトを進められたことも特別な体験でした」。
カクタス ストアとのコラボレーションについて佐原も同じような想いを抱いたという。「カクタス ストアは、ランドスケープデザインだけではなく、自分たちで植物を育てていたり、洋服をつくっていたりと幅広いデザインに精通していたので私たちとの共通言語が多く、全体の枠組みをすぐに理解してくれました。歴史上のデザインや文脈、植物のことについて、ともにリファレンスを繰り返すことで紡がれたストーリーはあるんですが、それを明確に伝えなくても、ここに訪れた人が何か感じ取られるような種は、この場所に撒くことができたのではないかと思っています」。
数年前からオフィスや自宅に観葉植物を取り入れる人が増えている。その要因についてカルロスは、現代において人間と自然との距離が離れてしまっているからだと考えている。カクタス ストアのスタジオでは、200㎡のグリーンハウスで植物をコレクションとして維持管理しており、ビジネスの観点から見るとそれだけの植物を売るわけでもなく育てるというのは考えられないことだが、植物のそばにいることはそれ以上に重要な価値があるという。巨匠たちへのリスペクトと現代の眼差しをとおして生まれたこの場所で今後どのような新しい文脈が派生していくのか楽しみだ。(文/AXIS 西村 陸)
1977- Summer Garden
- 公開日
-
7月13日(土)、14日(日)、15日(月)、27日(土)、28日(日)
8月10日(土)、11日(日)、12日(月)、24日(土)、25日(日)
※6月12日(水)より予約受付開始。 - アクセス
- 熱海駅より車で約 20 分
※個人邸のためメールにてご案内 - 参加申込方法
- こちらのウェブサイトから予約サイトにアクセスしてください。