この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「Design Mind」に掲載されたコンテンツを、電通BXクリエーティブセンター、岡田 憲明氏の監修でお届けします。
いま、私たちは何をするにもアプリを使います。調べものや文書作成、クリエイティブな作業、コミュニケーション、人脈づくりなど、仕事でもプライベートでもさまざまな用途で利用しています。しかし、この便利さの裏には、“断片化した現実”が隠れています。今回は、従来のアプリ中心のデジタル体験が、生成AIの登場によってどう変化していくのか、その可能性と未来について考えます。
単一用途のアプリが集まるデジタル世界からの脱却
単一用途のアプリを使用する現在の私たちのデジタル生活は、孤島の集まりのなかで暮らしているようなものです。それぞれのアプリが独立していて、絶えずどれかひとつのアプリの操作に集中していなければなりません。サービスプロバイダーのエコシステムが壁となるせいで、ユーザーエクスペリエンス(UX)は途切れ途切れとなっています。時代とともに変化しているにも関わらず、私たちの多様なニーズは後回しにされているのです。
そのため、アプリやウェブサイトの活用は効率的に仕事を終わらせるために最適な方法とは限りません。特にたびたびタスクを切り替える必要がある、精神的な負担の大きい複雑な仕事にはまったく適していません。
飛行機を予約するために、料金を比較する場合を考えてみましょう。あちこちのサイトやアプリを閲覧し、料金やルートを比較したうえで、これだと思う便のサイトに戻って予約する必要があります。最新の料金を比較できるサイトも存在しますが、まだまだ扱いにくく、スムーズなプロセスでは予約を完了できません。また、こうしたサイトは検索方法が複雑でナビゲーションしづらく、表示に透明性がないため信頼性に欠けるという難点もあります。
しかし、変革が進んでいるのは事実で、このようなアプリ中心のユーザー体験から、私たちが日常的に使っている自然言語中心の体験へと大きな転換が起きつつあります。最近では生成AIという強力な武器によって、その流れがさらに加速しています。個々のプラットフォーム間の境界線を越え、ぶつ切れ状態でイライラさせられるアプリやサイトとのやりとりが、全体としてまとまりのある体験に変わろうとしているのです。
リアルタイム・インタラクションの出現
現代の消費者、特に1990年代以降に生まれたZ世代やアルファ世代には、先を予想できるリアルタイムな体験が望まれ、AIが目に見えないアシスタントとなり、さまざまなタスクやサービスを切れ目なくまとめ、知識や解決策を瞬時に示してくれる未来が期待されています。
この変革の模範的な例が、革新的なパーソナルAIアシスタント「Rabbit r1」です。Rabbit r1が採用している大規模アクションモデル(LAM)は、いわば「アプリのユニバーサルコントローラー」で、ユーザーの好みを学習するだけでなく、好みに沿ったアクションを実行します。ユーザーのニーズを予測し、各種のアプリからタスクを集めてシームレスにまとめてくれるのです。
週末の小旅行を計画するとしましょう。ユーザーの好みを学習したr1は、飛行機やホテルの手配からレストラン、レジャーの予約まですべてを管理し、切れ目のない体験を構築してくれるので、ひとつひとつのアプリを別々に操作する必要はありません。また、請求書の支払いを効率化するように学習させれば、電話番号を探したり、レスポンスの悪いオンラインフォームで問い合わせたりする必要もなくなります。
従来のアプリが立場を失いつつあることを示すAI活用事例はほかにもあります。2024年の「モバイル・ワールド・コングレス」(世界最大のモバイル関連展示会)で、ドイツの通信会社Deutsche Telekomがアプリなしの携帯電話を発表し、同社のティモテウス・ヘットゲス最高経営責任者(CEO)は、「今から5年から10年後には、誰もアプリを使わなくなるでしょう」と宣言しました。
自然言語中心のインタラクションを見据えたデザインへのシフト
いま出現しつつあるこのような環境には、特有の課題と機会があります。自然言語中心に変わると、デジタルデバイスとやりとりする主な方法が、人間同士のやりとりとほぼ同じになります。ひとつのアクションのために、複数のアプリを苦労して操作する必要はなくなります。チャットや音声認識で、何をしたいかをデバイスに伝えさえすればいいのです。
このパラダイムシフトによって、私たちが製品やサービスのデザインに接するアプローチは根本的に変わり、自然言語使用のインタラクションが標準になります。企業の競争力がユーザーインターフェース(ユーザーがウェブ上のサービスやサイト、アプリなどを利用する際に触れる接点)でなく、サービス提供モデルによって決まる傾向がしだいに強くなるでしょう。
自然言語中心のエクスペリエンスをデザインするための5つの原則
この新しい時代のデザインの指針となる原則と、それぞれのユースケースをご紹介します。
1.パラダイムとしてのプライバシー
AIによるアクションが裏側で進むことを考えると、ユーザーとの信頼を築くことが極めて重要になります。倫理的で透明性のあるAIにふさわしいデザインをし、ユーザーが自分のデータのプライバシーをコントロールできるようにする必要があります。AI革命の初期段階にある現時点で信頼を築くためには、大規模言語モデル(LLM)やLAMからのデータや出力をユーザーが検証・修正できるようにすることが重要です。
2.スムーズな相互運用性
アプリ間の障壁をなくし、データやサービスをシームレスにやりとりできるようにする必要があります。例えば、予定表とフィットネストラッカーと音楽配信サービスを統合して、ユーザーのリアルタイムのニーズと好みに合わせてスケジュールとエクササイズ、プレイリストを調整してくれるAIアシスタントなどが想像できます。
3.順応性のあるエクスペリエンス
今後のエクスペリエンスでは、コンテキストアウェアネス(状況認識)によってユーザーのニーズに動的に対応できることが期待されます。LAMを利用すれば、誰でも自分の望むエクスペリエンスを学習させることが可能です。忙しい一日を終えて帰ってきたときには、自動的に暗めの照明が点き、穏やかな音楽が流れるようにして、自宅を癒やしの空間に変えることも可能になるでしょう。
4.効率性と共感性のバランスをとる
作業の効率性だけを求めるのではなく、ユーザーの気持ちに寄り添うような設計も不可欠です。ユーザーのそのときの気分や精神状態に合わせて、思いやりのある質問を投げかけたり、じっくり話を聞いてくれたり、対話を通じて内省を促してくれるなど、親身なパートナーとして寄り添ってくれるメンタルヘルスサービスが考えられます。
5.探究、センス、表現
AIによる行動の提案やコンテンツの生成、体験の最適化が当たり前になる未来では、個人やブランドの表現の独自性を守ることが非常に重要になります。AIは効率化と統合は得意ですが、私たちはAIが生み出すような画一性とは距離を置かなければなりません。人々や企業には独自のセンスを探求し養い、生き生きとした表現する自由があってほしいと考えています。このような目的のあるデザイン戦略は、AIが支援する環境における個人やブランドの表現の豊かさを支えるカギとなり、多様性を守ることにつながります。
アプリ不要へのパラダイムシフト
私たちは新しい製品やテクノロジーの先頭を走るだけでなく、パラダイムシフトの最前線にも立っています。新興のベンチャー企業も伝統的な企業も、そのことに気づき始めています。未来のユーザーは、思考や感情と同じくらい自然に流れていく体験を求めるでしょう。
自然言語中心への変革はもう始まっています。そのような時代にふさわしいデザインを実践する準備はできていますか? これからのデジタル環境をもっと直感的に使いやすく効率的なだけではなく、ユーザーの思いに寄り添い、私たちの人間としてのニーズに応えるものにつくり変える旅へともに踏み出しましょう。