「妄想」から生まれる次なるデザインのアイデア
NEURON TOKYO in 浅草・木馬亭 レポート

デザインとその周辺の人々によるネットワーキングと創発の場として2023年に始まったデザインイベント「NEURON」。個々の想いやアイデアがニューロン(神経細胞)のようにつながり、新たなプロジェクトにつながっていくことを目指している。

「NEURON TOKYO」第2回の舞台は、2024年4月23日、浅草・木馬亭。「妄想デザイン 実はこんなこと考えています」というテーマのもと、さまざまなアイデアがピッチ形式で寄席の舞台で披露された。

暦本純一さん

基調講演を行った暦本純一さんは、人間と機械をつなぐインターフェースを次々に生み出してきたコンピュータサイエンティスト。これまでの開発経験のなかで「こんなことができたら?」という、まさに妄想的なアイデアの着想を大事にしてきたという。

スマートフォンの「マルチタッチ」(複数の指による画面操作)のように、「できてしまえば当たり前」とも思える、それ以前の操作には戻れないといった感覚を、機械をとおして人間に付与していくことがインターフェースの発明であり、そこでは自身の感性に即した妄想が起点となっている。

また、頭の中のアイデアをアイデアのままにせず、形にして伝えることの重要性も同時に説く。旧来の発明や思考プロセスにはアイデアの言語化が重要な役割を果たしていたが、生成AIのようなツールによって、アイデアを映像やグラフィックに変換することがより高度に行えるようになった。ビジュアル・シンカーやデザイナーといった人間が抱く妄想が、より早く、より具体的に伝播していく時代への期待感を言葉にした。

つづく「妄想デザイン」のピッチ大会には、9社のデザイナーたちがアイデアを披露した。

TOTO 第一デザインマーケティンググループの松尾彩加さん(左)と田口 萌さん。

TOTOからは第一デザインマーケティンググループの松尾彩加さんと田口 萌さんが登壇。コロナ禍を経て健康意識が向上した人々に向けた新商品提案として、入浴しながらトレーニングを行えるスパルタバスルーム「スパバス」を提案。生成AIが描いたコンセプトスケッチや入浴行為と連動したトレーニングシーンなど「未来の運動習慣」のイメージを、ジェスチャーを交えながらプレゼンテーションした。

NTTコミュニケーションズ イノベーションセンター デザイン部門 KOELの徐 聖喬さん。

NTTコミュニケーションズ イノベーションセンター デザイン部門KOELからは徐 聖喬さんが登壇。同部門が重要視するセミパブリック領域(社会課題を解決する公共性とビジネス性の両立)に根ざした活動のなかでも、同社が提供する心疾患患者の運動習慣獲得を目的としたサービス「みえるリハビリ」を起点に妄想。カラオケの操作パネル・採点表を模した運動結果画面や、自身の体型とリンクしたアバターを表示するUI画面などを披露した。実際に提供しているサービスとはアウトプットのかたちは違えど、ユーザーの心を動かすための発想やアプローチは、実務にもつながっているという。

コニカミノルタ デザインセンター デザイン戦略部 デザイン開発グループの喜多美友さん(左)と清水有紀奈さん。

コニカミノルタからはデザインセンター デザイン戦略部 デザイン開発グループの喜多美友さんと清水有紀奈さんが登壇。「宇宙人に対する必要な備え・行動」という講習形式で、新たな災害に備えるプロダクトと行動規範をまとめた。脳波で操作する帽子型デバイスや、地下に進めば進むほど安全な階層型の避難施設、そこでのフロアマップや食糧生産の仕組みなど、妄想の連鎖が繰り広げられた。

コクヨ スペースソリューション本部の鵜川雅幸さん。

コクヨからはスペースソリューション本部の鵜川雅幸さんが登壇。妄想という概念を問い直すことからアプローチをはじめ、自身の解釈や妄想が決して正解ではないということ、他者が抱くものとは違うことを前提として、そのような解釈の余白や対話が生まれる場づくりへのモチベーションを言葉にした。石川啄木の詩をめぐる解釈の違いなど、自身の体験や古典を起点に妄想という概念そのものを説いた。

日立製作所 研究開発グループ デザインセンタ UXデザイン部の森 真柊さん。

日立製作所からは研究開発グループ デザインセンタ UXデザイン部の森 真柊さんが登壇。原始的な文明を振り返るなかで、人類が数字という物差しを用いた「抽象化」によって発展してきた歴史に言及。アルタミラの洞窟壁画をデザインの起源とする言説もあるが、そのような偶像化や抽象化はデザイナーが得意とする技能のひとつ。森さんはその逆となるようなアプローチ、抽象化されたものから具体・ディティールを復活させるようなデザインアプローチを妄想し、ツールやインスタレーションのアイデアを披露した。

NEC コーポレートデザイン部の坂井 晃さん。

NECからはコーポレートデザイン部の坂井 晃さんが登壇。インタラクションデザイン領域で培った長年の経験を振り返りながら、約45年前に手塚治虫が妄想し描いた「コンピュータ・コミュニケーション社会」を俯瞰し、かつて自社で開発したロボット「PaPeRo」が小惑星探査機に応用され深宇宙を旅したように、東京大学と自社デザイナーの共同研究テーマであるAIと人間の共生が、心を持った機械、そして未来のアトムの到来につながると期待を寄せる。

パナソニック デザイン本部 明石啓史さん(左)と。安久尚登さん

パナソニックからはデザイン本部 トランスフォーメーションデザインセンターの安久尚登さんと明石啓史さんが登壇。動物が変態するように、デザインという行為もまた変わりつづけていく必要性を大喜利形式で提案した。新しいモノをつくるのではなく、既存のモノをうまく使う。つくって売ったら終わりなのではなく、続いていく関係性をつくるなど「変態するデザイン」を妄想中だ。

富士フイルム ソリューションデザイングループ 舌 慎介さん(左)と勝又幸徳さん。

富士フイルムからはソリューションデザイングループの舌 慎介さんと勝又幸徳さんが登壇。研究者や技術者の思考を「クラッシュ」することが自身らのミッションであるといい、2019年より毎年25案ずつ、計100もの妄想アイデアを蓄積してきたという。それは生活者や技術の調査をつうじて「尖ったユーザー」のニーズを拾い上げていくアイデアである。社内の停滞プロジェクトを強制終了させるサービスをはじめ、その片鱗を紹介した。

シチズン時計 デザイン部の山根生也さん(左)と奥村颯太さん。

シチズン時計からは商品企画センター デザイン部の奥村颯太さんと山根生也さんが登壇。マイクスタンドを挟み漫才形式で披露したのは、時計修理店と銭湯の融合というアイデア。「分解・洗浄・注油・組み立て」という時計の修理プロセスを、脱衣や洗体など人々の銭湯体験に重ねたうえで、時計と一緒に自分自身もメンテナンスする場所「シチズンの湯」をデザインした。市民の憩いの場創出と昨今の時計離れを改善しようとする、地に足のついた妄想だ。

ピッチ大会後の総評の場で、「学術の世界においても、研究者たちのモチベーションのトップは好奇心」と暦本さん。役に立つことを目指して始まるプロジェクトもあるが、自らの好奇心や妄想が起点となって生まれたアイデアが「まわりまわって役に立つ」シーンをさまざまに見てきたという。壇上で披露されたさまざまな「妄想する心」から受けた刺激、期待を言葉にした。

今回のNEURONにおいてもピッチ大会後にネットワーキングの場が設けられ、組織をまたいたデザイン交流が繰り広げられた。

次回NEURONの開催地は名古屋。新たなテーマのもとに集まるデザイナーたちのアイデアと想いで盛り上がることだろう。(文/長谷川智祥)

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