イタリア「エドラ」に見る美しさと親密さのキーワード

Photo by Ken Anzai

高い機能性を備えた機構と高品位な素材の組み合わせ、クラシカルさとモダンさが融合したタイムレスなデザイン。イタリア・トスカーナで1点ずつ生産される「エドラ」の家具コレクションは、現代のライフスタイルに即したフレッシュなラグジュアリーブランドとして90年代から頭角を表してきた。ザハ・ハディドやカンパーナ兄弟など外部デザイナーを起用したコラボレーションで知られる同社において、ロングラン製品のデザインを提供してきた立役者がフランチェスコ・ビンファレである。

2024年のミラノデザインウィークでエドラが出展した3つの会場のフォトレポートと発表した新作について、ビンファレへのインタビューを交えてお届けする。

数年では揺るがない「普遍性」を展示する

2024年のミラノサローネでは展示会場のレイアウトが再構成され、同じブランドが立ち並ぶ空間でも訪問時のイメージが異なって見えた。そんななか、毎年変わらない展示コンセプトで強い個性を印象づけていたのがエドラのブースだった。


2024年の「ミラノサローネ国際家具見本市会場」(ロー・フィエラ)のエドラブース。天井高まで届くミラーと、「自然」「クラシック」「モダン」なイメージを投影するLEDウォールを交互に配置するレイアウトが例年の特徴。展示コンセプトを変えずに什器を使い続けることでサステナビリティにも配慮している。(写真下:エドラ提供)

照度を落としたライティングのなか、360°さまざまな角度から見渡せる配置で家具が浮かび上がる。水平方向の広がりに加えて、床から天井までを貫く縦長のミラーとLEDディスプレイ。意図的な「幻惑」を演出することで、来場者は時間と空間の感覚が麻痺したような状態でさまようことになる。

エドラによれば、映像とリアルな家具が同時に映り込むミラーによって、対象の「非物質化」が起こせるのだという。その結果、目の前の家具が持つ「形」の意味と、そこに込められた「メッセージ」へ直観的にたどり着くルートが生まれる。

2024年に発表された新作シリーズから、ヤコポ・フォッジーニによる全面ミラーのダイニング・テーブル「Phantom(ファントム)」、ミラノ大聖堂のファサードにインスピレーションを得たポリカーボネート製のダイニング・チェア「Milano(ミラノ)」の組み合わせ。(写真:エドラ提供)

ひじょうによく練られた展示コンセプトは、インパクトを与えることだけを狙うわけではない。その証拠に、ここ数年で同様の展示スタイルを続けていることがある。あえて同じ体験をもたらす空間に新作コレクション、あるいは新作と従来作品の組み合わせをセッティングすることで、「変化」と「普遍性」を並列させようとしているかのようだ。

自然界の鉱石から発想を得たファブリックのコレクション「Minerals (ミネラルズ)」を発表。光るハイライトを含んだ繊維から織り上げることで、オニキス、セルシット、白水晶、黄鉄鉱、褐鉄鉱、へデンベルギット、方鉛鉱、方解石、赤鉄鉱、イルバイト、ソーダライト、ライト・ゴールド、ピュア・ゴールド、シルバーを表現。暖色系のニュートラルカラーから、ホワイト、ベージュ、グレーやブラックまでをカラー展開。

エドラのヴァレリオ・マッツェイ代表(右)と、3代目にあたるInternational Developmentディレクターのニコロ・マッツェイ氏。

ソファの役割を新たに定義した名作

エドラはサローネ会場のブースだけでなく、ミラノ市街が華やぐ「フォーリ・サローネ」期間には、招待したゲストに向けてプライベートショールームを開放。その場でフランチェスコ・ビンファレにじっくり話を聞くことができた。

ミラノ・ドゥリーニ通りにあるエドラのプライベートショールーム「Edra Palazzo Durini」の中庭では、アウトドア・インドアの双方で使えるファブリックの新しいコレクション「Every Place(エブリー・プレイス)」をまとったソファがお目見えした。(写真:ともにエドラ提供)

今年85歳を迎えるフランチェスコ・ビンファレは、大学で建築を学び、カッシーナが立ち上げた開発部門を長く率いた。ソファに組み込むためのメカニカルな機構や新素材の開発といった領域に強みを持つ一方、マーケティングや広報、メディア向けの業務も手がけた。マリオ・ベリーニ、ガエターノ・ペッシェ、ヴィコ・マジストレッティ、喜多俊之らとコラボレーションしたプロダクト開発に携わり、同社のキャリア後半では自身のデザイン名義でプロダクトも発表。ダ・ヴィンチやミケランジェロが活躍したお国柄らしく、マルチな才能を統一させて仕事をこなしている人物だ。

今年で80代半ばだが、年齢を感じさせないバイタリティ。エンジニアとしての精確さ、アーティストとしての感性がひとりの人物のうちに共存した、極めてイタリアのデザイナーらしい語り口が魅力。

ビンファレが今の仕事をおぼろげに志したのは、小学生のころだった。

「人間の身体にずっと興味を持ってきました。授業中は学校の教科書に身体の絵を描いていました。参考にしたのはスポーツ雑誌。サッカー選手やテニス選手を載せているでしょう。それを見ながら足や筋肉、顔をひたすら描いていました」。

そんなに人間への観察眼と好奇心が、ソファのデザインにつながったのだという。

「身体は、ソファの『ネガ』なのです。私たちが座っている姿からソファの『型』が取れるわけです。だから私はソファを見ません。人を見るのです。その人が、どんな体勢を取るか。その後にソファが浮かんでくる。人を見るときには、まるで猫のような好奇心を持って見ていますよ」。

芸術家になりたかったが、ギャラリーのために芸術をやりたくなかった。それで、アカデミアの建築科を出て、力のある企業でアートをやろうと考えたのだという。そこでビンファレは最初の運命の出会いをする。

「偶然、チェーザレ・カッシーナ社長に出会ったのです。私にとって特別な経営者であり、私は彼のもとで働くことにしました。カッシーナではデザイナーと話をして、試作をつくり、毎回のイベントごとにコレクションの張地を変え、プロダクトをローンチするためのインスタレーションや広報もやりました。彼が亡くなった後も10年働きました」。

カッシーナを離れた後、マッシモ・モロッツィ(エドラの初代アートディレクター)にまたもたまたま道で出会って「ソファのデザインをしてみないか?」と誘われる。

「私はよくメディチ家のチャペルを観察しに、ミケランジェロを学びにフィレンツェに通いました。ミケランジェロの彫刻とその背景の建築空間をどう設計していたかを確かめに行っていたのです。建築家はひとりではできない仕事です。施主が必要であり、なかなか出会うことも難しい。だから、建築物になるソファをつくることにしました。それが大きな表現手段になる」。

ミラノデザインウィークからおよそ3週間、ADIデザインミュージアムで催されたビンファレの個展「L’attimo Prima(その一瞬の前に)」でも、彼の代名詞となるソファが来場者を出迎えた。

ADI(伊工業デザイン協会)デザインミュージアムで催されたビンファレの個展「L’attimo Prima(その一瞬の前に)」(2024年4月15日〜5月5日)のエントランスでは、ソファコレクションの「Flap(フラップ)」が来場者を出迎える。高、中、低の3段階にバックレストを折り曲げて使えるメカニカルな機構、特許取得のウレタン素材(Gellyfoam)による座り心地の良さもさることながら、「寄り添うことの必要性」「子どもの目を通した世界の再発見」「自分自身へのケア」というメッセージが込められたプロダクトである。(写真:エドラ提供)

「Flapは角度を変えれば背もたれやサイドテーブル代わりになるし、大勢で寝転んで談笑するときはイカダみたいに平らになる。ヨーロッパの邸宅でライフスタイルを観察していたら、6〜8人用のソファがある家で、夜になるとひとりで過ごす場合が多い。すごく寂しそうなのです。でも、昼間に大勢の人が来るとみんな床に座ったりするわけですね。このソファは大勢の人が来ても、ぐるりとひと回りに背もたれをつくれるから、とても重宝されます」。

これまでになかった使い勝手を提案したことで、ソファというカテゴリーも大きく変えた。

「このソファがきっかけで、ムーブメントを備えたソファが展開していきました。On The Rocksでは背もたれを分離したのです。そうすることで好きなように動かせる。Standardは、はクッション部分を動かしたのですね。かつてのソファはかしこまって座って会話する場でした。テレビが発明されて、テレビを観るためのソファが生まれた。今はそのテレビさえもありません。家庭内に2、3人のティーンエイジャーがいても、ソファーの上でそれぞれがスマホやゲームなどしたいことをしています」。

個展会場には、プロダクトの実物とともに、構想段階でビンファレが描いたイメージスケッチも数多く展示。写真は「Standard(スタンダード)」のもの。(写真:エドラ提供)

Flapは、ある夢から生まれたという。それは「白い天使の羽」が舞い降りる夢。そこから『1つのソファだけでインテリアが成り立つ』というアイデアが生まれた。

「ソファを取り囲む空間をどう変えるのかが重要だということに気づきました。課題は空間なのです。空間を彫刻すること。もっと大事なのは、心の拠り所となるオブジェをつくることなのです」。

ただ、そこにあることの価値

個展のタイトル「一瞬の直前(L’attimo Prima)」にはどんな意図が込められているのかを聞いた。

「これは『何かが起きる直前の時間』のことを意味します。その時間は“今”のことでもあるし、その“今”は、何年も続く瞬間でもある。パンデミックが起きたとき、突然その時間が止まったのです」。

個展の最初のエリアでは、1980年代にビンファレが「自身のアイデンティティーを探すために描いた」という、夢から生まれた100枚の絵を構成して展示。組織の重責を担うポジションで働きながら、アーティストとしての人生も模索してきたのがわかる。

「あの絵たちは、カッシーナで働いていた最後の頃のもので、“言葉の前”と名付けました。思考の前に生まれるから。あの絵は勝手に生まれてきたのです。私が命を与えた比喩の表現だったのです。映画の絵コンテをつくるみたいに。もしくは小説を書くみたいにね。ただし、言葉のない小説だけれど」。

「私のストーリーにはいつも天使が登場します。天使は人の姿をしているけれど、聖なるものでもあり、比喩的なシンボルでもあります」(ビンファレ)。(写真:エドラ提供)

彼にとって、夢は現実のメタファーだ。あるときは美しい天使が落ちる夢をみた。

「何か新しいことをするとき、みんなその中に美を探し求めますよね。新しいことを行うことができるけれども、そのことがマイナスになることもあります。美しいものはできるでしょう。美しいソファ、美しいアームチェア。でもね、みんな疲れてしまう。それでつくったソファがPack(パック)でした。すごく気に入っています。なぜなら、説明する必要がないから。あるだけで良い。一瞬でわかるでしょう?」。

新しい価値を更新し続けるだけでなく、人に感動してもらえる何かをつくりたかったのだとそのときの気持ちを振り返る。

「どんな感動かって? とても愛情あふれる、なんとなくクマだとわかる愛らしいイメージを与えたかったのです。西洋では、小さい子どもはよくクマのぬいぐるみを持っているんです。寝るときに一緒にいる、大きな友達のように」。

ユーモアを備えたような佇まいながら、ビンファレが込めた思いは大きなものだった。

「2010年代後半、私が感じていたのは『世界が壊れ始めている』という漠然とした感覚でした。環境破壊に戦争、それをどう物語っていいものか。そんなドラマチックなソファをつくるのは難しすぎます。そこで、インターネットで何かが壊れるものの画像を検索したら北極グマが出てきたのです。頭を下に寝転んでいてすごく楽しそうだった。そのかたちは背もたれにするのにピッタリだと思ったのです。そして、太陽を浴びる喜びをよく表現しているとも思いました」。

発表から20周年を迎えたソファ「On The Rocks(オン・ザ・ロックス)」と同じ素材(Gellyfoam ™️)が使われている「Pack(パック)」は、クマをかたどったバックレストを備えたソファ。温もりある意匠やリラックスできる機能性だけではなく、ここにもビンファレの夢のイメージが投影されている。個展で展示された試作のクレイモデルからもそれが伝わってくるようだ。

満面の笑顔で、そう語るビンファレ。最後にいたずらっぽく、こう付け加えた。

「現代建築はえてして、冷たいです。もし、誰かが私に建築物を頼んできたら、喜んでやりますね!」。(文/神吉弘邦)