REPORT | ソーシャル / テクノロジー / プロダクト / 展覧会
2024.05.22 10:04
4月16日から21日まで開催された世界最大規模の国際家具見本市、ミラノサローネ。来場者は361,417人で前年から17,1%増、そのうちイタリア以外からは54%という今年も国際色豊かな見本市となった。今回は35カ国からの出展があったが、その中には35歳以下の若手デザイナーたちのプラットフォーム、サローネ・サテリテに初めて自分の作品を発表する参加者の姿もあった。
今年で25周年を迎えたサローネ・サテリテは現在もキュレーターを務めるマルヴァ・グリフィン・ウィルシャーにより1998年にスタートした。企業と関連した商品的な展示ではなく、デザイナーそれぞれのクリエーションが評価されており、過去にはnendoの佐藤オオキ、田村奈緒、吉添裕人など現在活躍する日本人デザイナーも出展経験がある。逆に企業はこの場で若い才能を発掘する可能性があり、出会いと対話の場としてデザイナー育成にも貢献してきた。サテリテではアワードを設け、1位から3位、そして特別賞が授与される。2023年には井草を再利用したプロダクトを発表した日本のデザインラボ「HONOKA」の「TATAMI ReFAB PROJECT」が最優秀賞を受賞した。
2024年の審査員はMoMAの建築・デザイン部門のシニアキュレーターのパオラ・アントネッリ、ミラノ・サローネ代表のマリオ・ポッロ、建築家のミケーレ・デ・ルッキ、そしてメーカー各分野からの代表を含めた11名で構成された。
素材と技術にこだわった2024年アワードの選出。
今年の最優秀賞は、カールスルーエでプロダクトデザインを専攻したジェン・ビアン率いる中国のスタジオOLOLOOによる照明「Deformation Under Pressure(圧力による変形)」。空圧により膨らんだPVC(ポリ塩化ビニール)とそれを引っ張るアルミニウム構造という実験的な組み合わせが審査員から高い評価を受けた。
「この照明器具のために、私はかたち、光、素材、動きを探求しました。この賞は大きな意味があり、私のデザイナーとしての仕事を認めてくれたものです。」とジェンはコメントしている。
個性ある日本人デザイナーによる様々な出展
受賞は逃したものの、今年も日本人デザイナーによる才能あふれる作品が選ばれ、会場で出展されていた。伝統工芸や職人の手法、素材を学び、イノベーションに繋げ、さらには詩的なストーリーを加えるなど、洗練された作品が目を引いた。展示中に製品化やコラボレーションなど次のステップへつながる展開があったと語るデザイナーもいて、サテリテは海外のネットワーク作りに大いに役立っていると感じた。
京都を拠点に活動する石上諒一と大津寄信二のデュオ「PUBLIC SERVICE」は、伝統工芸とプロダクト・デザインというそれぞれの得意分野を融合させた茶道ならぬ、コーヒー道デザインを実現。京都の職人10名を巻き込みながら、石、竹、焼き物、ガラス、そして和菓子に至るまで丁寧な仕上げがなされている。、ウイットに富んだセレモニーのプレゼンテーションにも好感が持てた。
ぼかし効果のテキスタイルが目に飛び込んできた「Hana Textile Design Studio」のブース。光井花は多摩美術大学でテキスタイルデザインを学び、「イッセイミヤケ」で勤務していた頃に福岡の久留米絣と出会い、職人と共にぼかし効果の織りを作り上げている。余った布を使って立体感のある裂織や絣の括り糸を使ったテキスタイルは、インテリアとファッション両分野での可能性がある。
すでに国内外での評価も高い岩元航大は、Narrating Objects(物語のあるオブジェクト)を4点発表した。なかでも「ポッサム・チェア」はオーストラリア、北タスマニア地方で19世紀後半から20世紀に愛用されているジミー・ポッサムという作り手による椅子へのオマージュ。より洗練されたコンセプチャル・アートのような仕上がりと謎めいたストーリーに魅了させられる。
ステンレススチールという素材にこだわり、職人との二人三脚であり得なそうなフォルムを形にした薄上紘太郎による照明「Momento」。チューブをカットしてつなげているが、ミニマルなフォルムは彫刻のような存在感を空間に与えている。
前回出展の教訓から運送や素材調達の工夫をしたという碇川裕人による「Dove Table」。鳩はインドネシアの木彫り職人とのコラボレーションで、テーブルを支える2キロの鳩とそれより軽い500gの鳩を混ぜた。鳩の群れの中で楽しんだ子供の頃の思い出がこの作品の背景にある。
ホームでアウェイでデザイン言語の共有
国籍と活動拠点が必ずしも一致しない昨今のデザイナーたち。サローネの開催地であるイタリアで自分たちのアイデンティティをさらに確認する。
アメリカ、ワシントンを拠点とするエコ・ジャンとヴィオラ・インチョウ・ホワンはカリフォルニアのアートセンターカレッジ・デザインで共にインダストリアル・デザインを学び、2022年に「Kadns」を設立。サンセットとサンライズを彷彿とさせる温かみのある照明「Horizon」シリーズは万人に共通するエモーショナルな感情を呼び起こす存在感がある。
3回目の出展という「FCOGZZI」のブース。イタリア人デザイナーであるフランチェスコ・ガレアッジはブレシアを拠点に活動。サローネで様々な国のデザイナーのクリエーションに触れながら、自身のイタリア人としてのアイデンティティをポジティブに受け入れている。モディリアーニとデ・キリコにインスパイアされた3Dプリンターを使用したランプからジーンズを使ったアップサイクリングソファーまで、自由で独立した制作を追求している。
メキシコのデザイン界におけるソーシャルな取り組み
とかくデザインプロダクトは「贅沢品」としてカテゴライズされることが多い。しかしデザインにより社会を少しでも変えようという取り組みは、多くの国や地域で推進されている。ラムセス・ヴィアツカムが代表を務めるメキシコのデザイン・スタジオ「RAMSES VIAZCAM」の取り組みもそのひとつ。メキシコには各地域に土着の文化が存在しているが、教育の現場では言語はスペイン語に、学校用の椅子もスタンダードなものに統一されている。そんななか南メキシコで行われている「Guerrero 50-50 Project」では地域の文化を学び直す試みが実施されている。ラムセスのプロジェクトは地元の木材を使いながら、自分達のアイデンティティである家紋のようなテキスタイル・パターンを椅子に編み込む作業を住民と行っている。
デザイン・ネットワークはさらに広がる
サテリテではイタリアのデザイン事情を身近に感じて欲しいとスタート時点から多くのデザインスクールや大学を招いている。今年初めてアラブ圏から出展をしたサウジアラビアのプリンス・スルターン大学は女性の教育にもデザイン教育にも力を入れている。女性デザイナー、シクハ・アルジャドウはデザイン事務所を運営しながら教鞭をとり、サウジアラビアの多様化を推奨する政策「サウジビジョン2023」にも建築とデザインの両面で貢献している。デザインという言語を通して国籍や国境を越え、コミュニティが広がる場がサローネ・サテリテにはある。
マリア・ポッロが語るサテリテの重要性
各国のジャーナリストを招いたプレス・トークでサローネ代表のマリア・ポッロは語る。
「この見本市は火曜日から金曜日には業界人が、週末には一般入場者が来ますが、金曜日には特別に学生を招いています。私たちは学生と産業の架け橋となる役割を果たしていると思いますし、学生たちはこの業界がどのように機能しているかを肌で体験することになります。有能な人材が一堂に会しますから。この瞬間を体験できるのは本当に貴重なことです。そして学生はリサーチ、開発、コミュニケーション、マーケティング、そして人間関係の構築といったクリエイティヴィティ以外の現実を直視することになります。それは大学のトレーニングとは違います。その真っ只中にサテリテがあるのですよ」。
イタリアの家具メーカー「Porro S.p.A」で経験を積んできた1983年生まれのマリア・ポッロが2021年に代表になって以来、サローネはSNSやITの導入など時代の変化にいち早く対応し、多方面から多くの人材を巻き込んでいる印象を受ける。その中でも25年続いてきたサテリテの存在は依然としてこの見本市の重要なチャンネルのひとつになっていることは間違いないようだ。(文/浦江由美子)