デザインの美しさはもとより、立体的にグラフィックを捉えている思考が興味深く、以前から話を伺ってみたいと思っていたひとりだ。田中義久は、グラフィックデザイナー・美術家として活動する。グラフィックデザインの仕事は、ほぼ独学でスタートし、人との出会いをつむぎながら、独自の世界を切り開いてきた。アーティスト活動は、彫刻家の飯田竜太とアーティストデュオ「Nerhol(ネルホル)(@ner_hol)」を結成し、協働するなかから作品を生み出している。いずれも活動のベースに「紙」という素材がある。2018年からは、和紙の研究開発に取り組み、その可能性を追求している。これまでを振り返りながら、紙の魅力や構想していることなどを聞いた。
グラフィックデザインに対する強い想い
田中義久は、静岡県浜松市の自然あふれる環境で生まれ育った。山や川遊びをしたり、風景画を描いたり、紙工作を楽しんだりしていた。将来は画家になりたいと思っていたが、両親の反対にあう。それでも絵に関わる仕事がしたいと思い、探すなかでデザインの道を見つけた。芸術コースのある高校に進み、美大を受験。受かったのは武蔵野美術大学空間演出デザイン学科だったが、次第に空間や立体的な意識をもったグラフィックデザインを模索し始めたという。
2004年に大学を卒業後は、「自分がやりたいと思うことだけしよう、会いたいと思う人に会いに行こう」と決めた。そして、自分が興味をもった人に連絡をして会いに行った。そのひとりが高い技術力をもち、国内外の仕事をする印刷会社GRAPHの北川一成だった。同社のプリンティングディレクターから印刷について学ぶ機会をもらい、その経験が田中にとってグラフィックデザイナーとしての礎になった。
その頃から、紙についても学び始めた。大量の紙見本を取り寄せ、手元近くに置いて、目を閉じて触り、紙の質感や厚さを感覚的につかめるようになるまで日々、繰り返した。
limArt代表、中島佑介との出会い
古書&インテリアショップlimArtを運営する中島佑介との出会いも、田中にとって世界が大きく広がっていった出会いのひとつだ。良質なアートブックが豊富にあり、何度も通ううちに話をするようになった。その後、中島の企画による写真家サンネ・サンネスの写真集の制作に携わらせてもらうことになる。
サンネスはすでに亡くなっていて、出版された写真集は2冊しかない。だが、いずれも本人が本の制作に携わったとわかり、本の装丁や紙、レイアウトなどの世界観を紐解きながら、中島と共につくりあげていった。その写真集は大きな反響を呼び、さまざまなアーティストから声をかけられ、次第に本のデザインの仕事が増えていった。
「それまで自分の表現やデザインは何なのか、他者にできなくて自分にできることは何かと考えていたのですが、中島さんとのお仕事で180度考え方が変わりました。何もよりも、一緒に仕事をしたいと思える人、目の前にいる人に向き合うこと。それが自分の仕事に対する考え方の軸になりました」と田中は話す。
その後も中島と共にさまざまなプロジェクトに携わることになる。2011年のlimArtからブックショップPOSTのリニューアル、中島がディレクターに就任した2015年以降のTOKYO ART BOOK FAIR、2022年にオープンした建築とアートのブックショップ「新POST」や東京オペラシティ内「Gallery 5」など。また、中島と手がけた作品集のブックデザインが契機となり、文化施設の広報物やVIデザインの仕事にも発展していった。
彫刻家、飯田竜太との協働
アーティスト活動においても、大学卒業後の「会いたい人に会いに行く」というなかで、彫刻家の飯田竜太と出会った。対話するなかでアートとデザインの世界の圧倒的な違いと、曖昧に重なり合う部分を感じながら、やがて自然な流れで一緒に作品をつくってみようということになった。
2007年にアーティストデュオ「Nerhol(ネルホル)」を結成。2011年には、連続撮影した肖像写真を数百枚重ねて、彫刻を施した作品を発表。その後、街路樹、水、ネット上の画像データや記録映像を題材に制作し、国内外の美術館やギャラリーで発表している。
和紙の研究開発を始める
「和紙」の研究を始めたきっかけは、2018年の竹尾ペーパーショウでアートディレクションを担当し、制作に参加したことだった。展示のテーマは、「precision/精度」。インターネットやデジタルデバイスが急速に発展する時代のなかで、紙の「精度」について見つめ直し、田中のディレクションのもとで多彩なクリエイターが新しいファインペーパーの開発に取り組み、発表した。
田中は、日本独自の素材や製法によって生まれた和紙に着目し、その新たな価値を掘り起こそうと、風土によって育まれる各地の土を混ぜ合わせて「土紙」を制作。普段見る機会の少ない地面の下にある土の色彩の美しさや素材感を、和紙を介して引き出し可視化した。この「土紙」を契機に和紙の研究を始め、協働プロジェクトも展開していく。端材や廃材を混ぜたり、他者とコラボレーションするなかで和紙の新しい可能性を追求していった。
和紙の魅力について、田中はこう述べる。「原材料や製法の種類が豊富で多彩な特性をもち、昔は広く生活のなかで使われてきたことなど、調べるほどに奥深い魅力を感じています。量産するために機能性を極限まで低くした現代の印刷洋紙は、出版物の減少に伴って生産量が下降傾向にありますが、その一方で機能性が高く、古くからある和紙が近年、注目を浴びていて、量産できるように研究開発が進められているそうです。僕も独自に研究を続けていて、和紙の現代における新しい可能性を拓いていきたいと考えているんです」。
日本古来の美しさや豊かさを求めて
今、構想しているのは、屋外に使用できる和紙だという。「建物を堅牢にして、長くもたせようとすることで、建材も内装材も自然素材から離れていってしまう。それによって、人間の身体の動きや感覚が鈍くなっていく気がしています。昔の日本家屋で使われていた素材は、紙や木などの自然素材が多く、暮らすなかでその美しさを愛でて享受していた。それが日本文化の豊かさだったと思うのです。長くはもたないけれど、数年くらいもつような仮設の建物を想定して、その屋根を和紙でつくれないかと考えています。原材料を見直して編み方を替えたり、いろいろな素材を混ぜたり、糸からつくって生地に仕立てて実験を重ねているところです」。
今年の4月に事務所を移転した。より大きなものがつくれる環境が整い、紙の研究開発は今後、さらに広がりを見せていくことだろう。今、取り組んでいる実験的な和紙を使った作品を、今秋の千葉市美術館で開催される展覧会で展示する予定だという。
「Tenjin, Mume, Nusa」展
- 会期
- 5月11日(土)~8月4日(日)※7/15を除く月曜休館
- 会場
- 太宰府天満宮宝物殿 第2・企画展示室
- 主催
- 太宰府天満宮
- 企画協力
- Yutaka Kikutake Gallery
- 詳細
- https://keidai.art/event/1029
「Nerhol」展(仮称)
- 会期
- 9月6日(金)〜11月4日(月・祝)※9/9、24、10/7、21は休館、および第1月曜日は全館休館
- 会場・主催
- 千葉市美術館
- 詳細
- https://www.ccma-net.jp/exhibitions/special/24-9-6-11-4/