札幌文化芸術交流センター(SCARTS)が
札幌国際芸術祭2024で仕掛けた芸術祭版ビジターセンターとは?

SCARTS会場。アートディレクションは、北海道・札幌市在住の川尻竜一が担当。空間は同じく同市在住の児玉結衣子(mangekyo)が手がけた。 Photos by Kei Furuse (GAZE fotographica)

北海道・札幌市で芸術の祭典「札幌国際芸術祭2024(SIAF2024)」が、2024年1月20日(土)から2月25日(日)に開催された。坂本龍一を最初のゲストディレクターに迎えて2014年からはじまった同芸術祭の開催は、コロナ禍の影響もあり6年半ぶりとなる。本記事では、札幌の地に根差し、地域の市民らとともに芸術の振興に寄与する「札幌文化芸術交流センター(SCARTS)」が展開したビジターセンターの取り組みにスポットを当て紹介する。

札幌市の文化芸術の交流と創造の拠点 SCARTS

観光名所の時計台や電波塔が立ち並び、歴史と近代が交錯する札幌市中央区北1条西1丁目街区、通称「創世スクエア」に位置する「札幌市民交流プラザ(以下、プラザ)」は、市の文化芸術活動の中心として知られている。プラザの1階から2階に広がるSCARTSは、165㎡の広々とした「SCARTSコート」、「スタジオ1・2」、そして賑やかなプラザの1階エントランスに面した「モールA・B」と2階の「モールC」を管轄。ここでは、展示から交流、創作活動まで、多様な文化芸術に関する活動が日々繰り広げられている。

また、SCARTSを擁するプラザ内では、札幌文化劇場「hitaru」や「札幌市図書・情報館」といった文化施設が共存し、延床面積は37,332㎡に及ぶ。これら複数の文化施設の共生が、札幌市の文化芸術の探究と体験の基盤を築いている。

札幌市民交流プラザ内の札幌市図書・情報館。特設コーナーには、SIAF2024の各会場に関連するデザインやアーティストの作品集が選書され並んでいた。

雪の都市のアートをめぐる旅の出発地点 ビジターセンター

総合受付の前には、スタッフが手書きで更新するその日のおすすめイベントの掲示板や、腰を下ろしてひと休みすることのできる木製のベンチが設置されていた。

札幌国際芸術祭2024の開催期間中、SCARTSは“ビジターセンター”という新たなコンセプトを採用し、芸術祭の出発点となる空間を展開した。この取り組みの背景にあるストーリーをSCARTS 統括ディレクターの木ノ下智恵子に聞いた。

総合受付の裏側には、SIAF2024を楽しむための仕掛けが。最新情報が見られるデジタルマップと展示会場をまわりながら集めるNFTスタンプラリーの案内、音声コンテンツ「SIAF Radio」などの情報が提供されていた。

「北海道は、ご存知のとおり自然豊かな土地です。自然公園が多く、そこにはビジターセンターといわれる施設が設置され、国内でも最多であることを知りました。実際に札幌市周辺のビジターセンターをいくつか訪問してみると、環境省が定義している『案内』『解説』『体験の促進』『休憩・避難』『調査・研究』『管理運営』という6つの機能が、とても興味深い役割を果たしていることに気づいたのです。

会場の床に広がるオレンジとイエロー、レッド、グリーンの鮮やかな床動線(グラフィック)が、エリアを視覚的に識別する役割を果たしていた。

例えば、森林や湖にある施設では、楽しいハイキングルートや天候、野生動物の情報がスタッフの手書きで更新されていたり、生息する動物たちの足跡がそれぞれの展示エリアへつながる床動線のサインになっていたりと、訪れるひとびとに次なる体験を想像させる役割を担っていました。そこで、自然公園のビジターセンターの6つの機能をSCARTSの空間に割り当てることで、芸術祭の出発点としての役割を担うことができるのでは、と考えたのです」(木ノ下)。

SIAF2024の各会場のおすすめ情報が市民や来訪者によって更新される「まちの掲示板」。色とりどりの丸い付箋に共有したい情報が書き込まれている。設置当初は、こんなに大勢のひとに利用されるとは思っていなかったという。

今回、新たに設けられたエリアのゾーニングは有益に機能しており、各エリアの役割や場所の特性が際立ち、訪問者にとって理解しやすい空間の創出に成功していた。また、総合受付には、SCARTSのスタッフが毎日手書きで更新する「おすすめイベント掲示板」が設置されており、印刷文字にはない温かさがあり、どのインフォメーションの先にも“ひと”が存在していることを想像させてくれた。

雪の都市と自然をめぐる
SIAFラボ×パノラマティクスによる研究室

プラザ2階にあるモールCに設置されたSIAFラボとパノラマティクスによる研究室。

2階にあるモールCは、「都市と自然をめぐるラボラトリー」と題した、SIAFラボパノラマティクスのコラボレーションによる研究室となった。SIAFラボは、札幌市が実施する冬季の除雪や排雪といった都市インフラへの理解を深めるべく、SCARTSと連携して毎年冬に展覧会を開催しており、今年で6年目を迎える。除雪彫刻や除雪車両の位置情報を可視化するといった長年にわたるSIAFラボの取り組みとパノラマティクスによる広範なリサーチを加えることで、より包括的な視点から雪の都市を捉える展示が実現した。この展示の構成や意図についてSIAFラボとパノラマティクスに話を聞いた。

積雪という自然現象と除雪という都市機能のあいだにうまれた雪の形状を3Dスキャンした「除雪彫刻」。手前が市内、奥は市外の積雪をスキャンしたものだ。札幌市民は、ひと目見ると、風向きや気温といった周囲の天候や環境の違いもわかるという。

札幌市雪対策室からのデータ支給を受け、除雪車両に搭載されたGPSによる位置データをプロットすることで浮かび上がるマップ。札幌市がこの取り組みを始めた当時は3台の車両のみにGPS受信機が搭載されていたが、現在では700台に搭載されている。このことにより、これまで作業員が業務後に手書きでまとめていた運行ルートの記録の電子化が容易になった。

「パノラマティクスが国内外の雪と都市に関するリサーチを展示し、SIAFラボは札幌を中心とした今までのフィールドワークやR&Dの作品を展示するという役割分担でした。今回の展示のテーマは、ハードルが高く見えがちなので、展示も選書もできる限り誰でも飛び込みたくなるような空間やデザインになるように心がけました。札幌と世界の特徴を比較することで、札幌ならではの技術や環境を理解する契機にできればと考えたのです。札幌や雪に関するリサーチから導き出した“テクノダイバーシティ”というキーワードとSIAFラボの札幌の冬や雪の今を切り取る作品はとても親和性が高かったと思っています」(パノラマティクス)。


パノラマティクスが今回の展示に合わせて選書した本(上)と雪のまちに関するリサーチをまとめたパネル。

テクノダイバーシティとは、気候や地理的な条件など、自然を含めた環境の差異から生まれるテクノロジーの多様性を認め、視点の違いを理解し合うことだという。SIAFラボは、“テクノダイバーシティ”というキーワードを通じて、札幌と東京の異なる視点から都市を考察し、その多様性を価値あるものとして捉え直すことの重要性を次のように語る。

札幌を中心とした世界地図が床全面に展開されていた。それぞれの線を辿るとSIAFラボの調査・研究やパノラマティクスが行ったリサーチへとつながり、世界から見た視点で札幌を捉えることができるようになっている。

「パノラマティクスが東京を拠点としている一方で、私たちは札幌をベースに活動しています。都市について考える際、視点の違いは明らかでしたが、“テクノダイバーシティ”というキーワードで、その違いを多様性として受け入れ共有できるということが、大きな発見でした。このアプローチはプロジェクトにとって重要だったと感じています。現代の都市を考える際には、視点の多様性が必要だと思うからです」(SIAFラボ)。

SIAFラボの作品の多くは、札幌という都市と自然それらのあり方や相互の関係だけでなく、そこに生まれる営みについて触れている。

「いま人間中心の都市構築を見直し、自然の側面を受け入れることの重要性が議論されるべきだと感じています。自然と隣接する札幌において都市について考えるとき、自然環境という視点は欠くことのできないものです。人間のためにデザインされた都市において、雪は、予測不可能でコントロール不可能な存在です。札幌では、雪が多いと迂回を余儀なくされたり、気温が下がって凍っていれば滑らないように歩くことを考慮しなければならないなど、都市の中で自然がもたらす状況に応じた判断や思考が求められます。しかし、それこそが、札幌という都市で過ごす時間を、人間の世界にとどまらない特別な経験にしていると思っています。地方から見た都市、逆に都市から見た地方という視点、異なるふたつの視点から、都市と自然がどのように交わり、相互に理解し合い、新たな関係を構築していくかを考える装置として、今回の展示が機能すると嬉しいです」(SIAFラボ)。

今回取材に応じてくれたSIAFラボのメンバー。右からリーダーの小町谷 圭(こまちや・けい)、地域との広いネットワークをもつ石田勝也(いしだ・かつや)、アクセル役の平川紀道(ひらかわ・のりみち)。立ち会うことはできなかったが、ハードウェアを得意とする船戸大輔(ふなと・だいすけ)も含め、メンバー全員の共通の趣味は釣り。Photo by Kotaro Ouchi

この研究室では、テクノロジーを活用した展示物と情報によって、冬の自然に、人間の営みが呼応することで生まれる「札幌」という都市のあり方が示されていた。SIAFラボのローカルな視点とパノラマティクスの俯瞰の視点というふたつの視点が交錯する調査・研究によって構成された展示は、札幌市民が目にする日常の光景が特別なものであると同時に、多様性に満ちた世界の一部であることを再認識する契機ともなっただろう。

意見を書いてもらうVOICEコーナーには、最終的に約 580 枚のコメントが集まった。寄せられたコメントは、「スキー場の金額を安くしてほしい」「地下歩行空間の延伸」など具体的な要望や「札幌が好き」といったさまざまな感想で、札幌市民のまちに対しての想いの強さが伺える。

国内初公開の「INTO SIGHT」
ソニーと平川紀道による展示

「INTO SIGHT」。2022年に開催された「ロンドンデザインフェスティバル2022」の出展以降、国内では初のお披露目となった。映し出されている作品は、ソニーによる「Coded Ambience」。 Photo by Yusuke Momma

SCARTSコートでは、ソニーグループ(以下、ソニー)のクリエイティブセンターによる新たなメディアプラットフォームの実験的な展示「INTO SIGHT」の中で、同センターとアーティストの平川紀道による作品が披露された。

平川紀道「雪花譜 / six-petal automata」Photo by Yusuke Momma

ソニーが来場者の動きに呼応するように光、色、音が変化し、一度限りの景色が絶えず生み出されるインタラクティブな作品を展開したのに対して、平川が手がけた「雪花譜 / six-petal automata」は、登山道を登るときの雪を踏む音と雪の結晶、徐々に山頂へと向かう映像演出がとても印象的な作品であった。この作品がどのようにして生まれたのかインスピレーションの源やコンセプトを平川に聞いた。

実際の雪の結晶ではなく、雪の結晶の成長をセルオートマトンを用いて数理的にモデル化したもの。実際の雪の結晶の成長過程をシミュレーションしたものではない。

Photo by Yusuke Momma

「まず、『LAST SNOW』という芸術祭のテーマに対しては雪の結晶をモチーフにすることで応え、『ビジターセンター』という会場のコンセプトに対しては、札幌市内の登山道をモチーフにすることで応えようと考えました。そして、雪に関するリサーチを進めるなかで、現代のテクノロジーの基礎であり、私の作品に通底するテーマのひとつでもある「計算」と、「雪の結晶」という自然の中に現れるパターンが、セル・オートマトンというモデルをとおして接続可能なことを知りました。そこから、それらが、理論ではなく、身体を通じた別の経路で接続される可能性を考えた結果、自分の手で撮影した写真の画素をパラメータとして与えるというアプローチにたどり着きました」(平川)。

Photo by Kotaro Ouchi

また平川は、「自分の身体を使って山に登り、雪景色を目にする/耳にすることと『雪の結晶』のようにも見えるパターンを生成するプログラムを書いてみることは、どちらもこの世界の『raw(生)』な部分に触れているような感覚がある」と言い、その根底には、現代のテクノロジーや科学をもってしても解明どころか発見もできない、そこにあるのに透きとおって見えていない未知の事物や概念、関係、そういったものへの畏敬があるように感じると続ける。自然と身体、都市と自然、科学とテクノロジーの要素が「INTO SIGHT」ならではの体験をとおして結びつき、見事に表現されていた。

今回打ち出されたビジターセンターというアプローチは、SIAF2024の体験を豊かにし、札幌の文化的魅力を国内外に発信する重要な役割を果たしていた。この一連の取り組みが、ほかの芸術祭でも応用されれば、訪れるひとびとにとって忘れがたい体験をもたらしてくれるだろう。SIAF2024は閉幕をしたが、SCARTSは常に開かれている。札幌のアートについて興味がある、あるいは発表をしたいことがあれば、SCARTSを訪れてスタッフに声をかけてみてほしい。きっと想いに応えてくれるはずだ。(文/AXIS 西村 陸)End