レズリー・ロッコが描く、アフリカ建築教育への次なる展望

レズリー・ロッコ/1964年生まれ、スコットランド系ガーナ人。建築家、学者、小説家。2021年、アフリカン・フューチャーズ・インスティチュートを創設。ロンドンおよび米国各地で教鞭を執るほか、ヨハネスブルグ大学建築大学院長、ニューヨーク市立大学バーナード&アン スピッツァー建築学部長を歴任。24年、RIBAロイヤル・ゴールド・メダル受賞。

昨年の第18回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展では、脱植民地化と脱炭素化の課題に挑むアフリカの“実践者”に焦点が当てられた。総合キュレーターを務めた建築家のレズリー・ロッコは、建築論と建築教育における脱植民化の議論をリードする存在として知られ、2021年にはその実践の場をガーナに立ち上げた。さらに今年6月には新たな教育プログラムが始動する予定だ。アフリカ建築教育に対する課題意識と次なる展望について話を聞いた。

建築物だけが建築家のアウトプットではない

レズリー・ロッコの建築キャリアの中心は教育にある。これまで、ロンドン、米国各地、シドニー、ヨハネスブルグといった世界各地の大学で指導してきた。いわゆる建築の現場で働いたこともあるが、その経験は数えるほど。「2000年初期のイギリスにおいては、建築の現場で活躍できない人が教育現場に押しやられるというような考えもありましたが、それは全く間違っています」と彼女は言う。ロッコは、教育者や研究者、デザイナー、アーティストを含め、さまざまなかたちで建造環境に携わる人々をプラクティショナー、つまり「実践者」と呼ぶ。自身がキュレーションしたヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展でも、参加者は建築家ではなく実践者として紹介された。

アフリカ系の実践者に焦点が当てられた初の試みとして大きな評価を得たビエンナーレだが、いわゆる建築物がないとの批判もあった。それは彼女の課題意識と結びついている。「建築家が物語に提供できる“証拠”や“証明”は建築物(建物、建造物、記念碑)だけではありません。建築が唯一の正当なアウトプットとして建築物にこだわってきたことは、多くの点において私たちが直面している資源危機の原因なのです」。

資本主義市場に順応した建築教育への危機感

さらにロッコは、現在の建築教育が「空白状態にある」と話す。これは建築のキャリアとは別にロマンス小説家としての顔も持つ彼女ならではの詩的な表現かもしれないが、経験に基づいた確固たる課題意識なのだ。「30年以上、建築教育を見てきましたが、プロフェッショナリズムへの風潮が高まり、より規制され、ますます資本主義市場に順応したものへと変化しています」。世界はより複雑化し、ディアスポラ、移民、ジェンダー、人種、気候問題といった課題は絡み合っている。そうした21世紀のさまざまな要素に向き合うことができる未来の世界市民を育成しなければならないはずだが、教育現場は19世紀型の教育トレーニングや専門性に執着しすぎているとの認識を示す。

ガーナの首都アクラに立ち上げられたAFIのオフィス。©Festus Jackson-Davis (AFI)

この課題意識から、ロッコは2021年4月、ガーナの首都アクラに非営利団体のアフリカン・フューチャーズ・インスティチュート(AFI)を立ち上げた。ガーナで育ち、南アフリカのヨハネスブルグ大学で建築大学院を立ち上げた経験を持つ彼女は、アフリカの多様性や複雑性が、建築教育に欠けている要素を補完する役割を果たすという信念を持つ。「私が挑戦したかったのは、アフリカの地で、アフリカ大陸を活用した新たな教育論を開発すること。そして、グローバルノース(グローバルな資本主義経済の恩恵を受けて発展した、いわゆる先進国)が直面する教育の空白状態から脱出したいと思ったのです」。

イマジネーションと対話の場としての教育

アクラで行われた、AFIのフィールド調査。©Festus Jackson-Davis (AFI)

AFIは、教育プログラム、リサーチ、出版の3軸で活動する。当初は修士課程の設立が計画されていたが、政府の認可までにひじょうに多くの時間とリソースがかかるため、より柔軟性の高い新たな教育プログラムとしてノマディック・アフリカン・スタジオ(以下、NAS)が開始する。NASは25〜30名の参加者と6名の講師(チューター)で構成される30日間のインキュベーション・プログラムで、年に3回アフリカ各地で展開される。アフリカ各地から個別の課題やテーマを吸収するという手法は、まさに彼女が言う「アフリカ大陸活用」の実践だ。

第一弾はモロッコのフェズで開催予定。「マグレブ地域(モロッコを含むアフリカ北西部)は、北アフリカでもなく、アラブ地域でもなく、ブラック・アフリカでもない」とロッコ。複数国にまたがるマグレブ地域における共通のアイデンティティがその独自性であり、彼女はそこに関心を寄せている。血縁だけに留まらない所属意識などといった親密なつながりがテーマになるとのことだ。

AFIのフィールド調査で撮影された、アクラ最大の市場「マコラ・マーケット」。©Festus Jackson-Davis (AFI)

NASは「アイディア創出の場」と「イマジネーションの場」であり、ロッコが昨年のヴェネチア・ビエンナーレで立ち上げた「ビエンナーレ建築カレッジ」をひな形とする。ビエンナーレ建築カレッジでは、15名のチューターと世界各地から選出された50名の若手の建築学生及び実践者が7つのユニットに分けられ、ビエンナーレのテーマに沿った議論と課題解決の提案が30日間にかけて行われた。学生を少人数のユニットに分け、複数のチューターを割り当てて対話と議論を促すというユニットシステムの教育手法は、同じく自身が立ち上げたヨハネスブルグ大学の建築大学院(GSA)でも、アフリカ大陸における初の試みとして導入している。複数のチューターの存在は、一方向ではなく対話と議論を促すうえで欠かせない存在だ。

他者とのつながりから育まれる、アフリカ人のハイブリッドな思考

アフリカは社会的つながりがひじょうに強い場所だとロッコは言う。欧米では物事を実践するうえで、体系化や効率、利益といったものが中心に考えられる。アフリカにおいても当然それらは大切だが、それ以上に重要視されるのが人と人との社会的関係だ。

アクラ最大の市場「マコラ・マーケット」。©Festus Jackson-Davis (AFI)

「私たち(アフリカ人)には先天的なハイブリッド性があります。それは他と自分とを比較することから生まれるもので、政界・経済界のエリートたちは常に、グローバルノースとの関係から自分たちを考えることを促されてきました。進歩や発展は、常に他の何かとの比較関係で語られる。これは言うなれば、自分自身について考えるだけでなく、他のものとの関係で自分自身について考えるという能力で、実にアフリカ独自の要素だと思います」。

ロッコが言うハイブリッド性は、ズールー語のウブントゥ(他者を通じての自分)という言葉に象徴される、アフリカらしさのひとつなのかもしれない。ユニットシステムを活用した対話を促す学びの場こそ、アフリカ人のハイブリッド性や他者との関係性を中心に据えた効果的な教育手法であり、NASの教育法デザインの根幹を成すものだ。

©Festus Jackson-Davis (AFI)

今年4月に60歳になるロッコは、キャリアの終盤を迎えるにあたって、アフリカの未来を担う次世代をより強く意識しているそうだ。AFIが手がける出版媒体である建築雑誌『フォリオ(Foilo)』の次号のテーマは「19.8」。アフリカ大陸の平均年齢を表す数字だ。未来への希望は、アフリカ人が自信を持つことだとロッコは語る。「歴史的な背景が部分的に影響していますが、私たちアフリカ人には自分のオーセンティックな声を発するという自信がほとんどありません。過去、アフリカは常に世界の“陰”として存在してきました」。

ユニットシステムの教育手法は、対話を通じて信頼できる他者とのなかにオーセンティックな自分を見出すことで自信をもたらす。「本来の自分でいられるということは非常に重要。AFIは、自信とオーセンティックさを養うための仕組みだと考えています」。何がアフリカのオーセンティックな声なのか。それはグローバルノースに定義されるものではなく、アフリカの若者たちが築くものだ。