7年の時を経てアイデアを具現化。
強烈な清涼感を鼻に撃ち込む「AromaSHOT」
TBDA商品化への道のり 受賞者インタビュー

Photos by Kentaro Hattori

中小企業が持つ優れた技術や素材に、デザイナーのアイデアや視点をかけ合わせることによって、新しいデザインやビジネスを生み出す「東京ビジネスデザインアワード(以下、TBDA)」。2012年から毎年実施されているこのアワードによって、これまで数多くの中小企業とデザイナーがマッチングし、創意工夫したアイデアを協働で実現させてきました。

今回紹介するのは、2016年度(第5回)で、デザイン会社のkenmaらがテーマ賞を受賞した、眠気覚ましディフューザーです。当時は製品化に至らなかったものの、分析事業を展開するジーエルサイエンスの技術によって、7年越しで製品化に成功。「このアイデアはまさにジーエルサイエンスのためにあるとさえ思った」というマッチングの奇跡と製品化までの道のりを伺いました。

お話しいただいたのは、TBDAで数々の受賞歴のあるkenma代表でビジネスデザイナーの今井裕平さんと、本製品の開発を手がけたジーエルサイエンスの高橋幸義さんです。

まったく新しい衝撃のアロマ体験

「AromaSHOT(アロマショット)」。カラーバリエーションは、左からライトグレー、ダークグレー、オレンジレッドの3種類が展開されている。

——今回、商品化した製品について教えてください。

今井 これは「AromaSHOT(アロマショット)」というボトル型アロマディフューザーで、独自の技術を用いた超高濃度のアロマを自分だけに向けて吹き付ける“目覚ましデバイス”です。オリジナル配合したミントの香りのアロマオイル「ウルトラミント」は、ミントの香りに冷感素材を限界まで配合するによって強い爽快感を与えることに成功しました。

——香りをほんのり空間に漂わせるのではないんですね。どのように使うのでしょうか。

AromaSHOT専用に開発された、超清涼・刺激アロマ「ウルトラミント」の冷感素材の含有率はミントタブレットの50倍におよぶ。

今井 ボトル上部の穴から専用のアロマを数滴垂らしてボタンを押すと、約2分で内部のヒーターが温まり、スタンバイ完了です。再度ボタンを押すことで内部のファンが高速で回転し、上部の穴から香りが吹き出します。ぜひ、実際に試してみてください。

——猛烈な刺激が鼻の中で弾けた直後、後頭部にミントの香りがスーッと抜け出ていくような感じがしました。冷たさや痛さはなく、ただただ猛烈な爽快感があります。ちょっぴりクセになりそうです。

今井裕平(いまい・ゆうへい)/kenma代表、ビジネスデザイナー。安井建築設計事務所、IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)、電通コンサルティングを経て、2016年に株式会社kenma創業。TBDAでは、テーマ賞を5回受賞(最優秀賞1回、優秀賞1回)しており、うち3作品が製品化。現在は、経営者やデザイナー向けの「デザイン経営スクール」(東京都)において、総合監修と講師を勤めている。

今井 いい反応をいただけて嬉しいです(笑)。本製品のターゲットは、トラックドライバーや受験生など眠気と戦うためにエナジードリンクを週3本以上飲むような方々。そんな彼らの使用シーンを考えて、クルマのドリンクホルダーやリュックのサイドポケットに収まるサイズ感でありつつ、生活やオフィスシーンに馴染むペットボトルをイメージしたデザインに仕上げました。7年前の初期型と比べると少し柔らかなシルエットになりましたが、アイデアも含めてとりわけ大きな変更点があるわけではありません。

——現在のフェーズは、新しいものや体験の応援購入サービスを提供している「Makuake(マクアケ)」での資金調達ですね。

今井 はい。2024年2月1日(木)から「All or Nothing 型」で実施しています。目標金額の100万円に達してはじめて、リターン品分の商品を生産することになります。

僕はこのAromaSHOTにとても大きな可能性を感じています。一般的なディフューザーや体に纏わせる香水とはまったく異なる香りの体験に、新たな市場を見出せるのではないかと考えているんです。ただ、そうした今後の展開のために、まずはMakuakeで目標金額に到達しなければ何も始まらないので、プロジェクト実施前からティザーサイトや広告などの施策を講じることによって、プロジェクト成功への道を切り開こうと励んでいるところです。

香りの“エスプレッソ化”の秘密

——本製品は、16年度のTBDAにおいて、香りで眠気を覚ますボトル型放香器の「Wake Bottle」としてテーマ賞を受賞しつつも、製品化には至らなかったアイデアです。なぜこのタイミングになって実現したのでしょうか。

今井 ほんとうに偶然でした。2021年に僕が代表を務めるデザイン会社のkenma(ケンマ)に「新規事業を立ち上げたいから力を貸してほしい」と分析事業を行うジーエルサイエンスからご相談があったことがきっかけです。そのときの担当者が高橋さんでした。

高橋 2020年のある日、上司から新規事業の立ち上げを命じられました。新規事業創出チームを立ち上げて社内の各部署の強みや弱みを洗い出していったのですが、2年かけても成果を上げることができませんでした。そこで、外部の力を借りようと思い立ち、新規事業を得意とするkenmaにご相談したんです。

高橋幸義(たかはし・ゆきよし)/ジーエルサイエンス株式会社 総合技術本部 製品開発部 製品開発2課 課長。分析機器の総合メーカーである同社で、約15年間プログラミング業務に従事。現在は、電気基盤や筐体の設計、ソフトウェアのプログラミング、制御ソフトといった分析装置の設計開発を手がける部署において、マネジメント業務にあたっている。

——分析事業をされているとのことですが、実際にどのようなことを行なっているんですか。

高橋 弊社は、気体や液体の分析にたずさわる企業や研究機関向けに、分析装置や消耗品の製造販売を行っています。例えば、水道水の水質検査や食品の残留農薬の検査の現場において、特定の成分の量を調べたり抽出する際に、弊社の製品が力を発揮しています。

そんな弊社の製品のひとつで、AromaSHOTにも使用している素材が「モノリス構造体」(本製品におけるパーツ名は「Mono Trap」)です。目視できない数ミクロンの穴がスポンジのようにあいていて、気体や液体をとどめておくことができるのが特徴です。

試しに、先ほどAromaSHOTに垂らしたこのアロマオイルを、瓶から直接匂いを嗅いでみてくれませんか。

——ふんわり優しく香って、同じアロマオイルだと思えないほどです。先ほどのような刺激は感じません。

高橋 それこそがモノリス構造体のすごいところです。気体を内部に閉じ込めて、急速に加熱することによって高濃度な状態で取り出すことができるのが特徴で、“香りのエスプレッソ化”の秘密でもあります。

「Mono Trap」。気体や液体の分析に使用されるシリカゲル素材でできており、微細な連続孔が網目状に張り巡る特殊な構造をもつ。

今井 僕たちkenmaは、このモノリス構造体に注目して特徴を整理し、膨大なアイデア出しをするうちにあのWake Bottleを思い出しました。モノリス構造体の強みを最大限に発揮できるアイデアであるうえ、ジーエルサイエンスは香料や化粧品への知見もひじょうに深いことに気がついたんです。「これはジーエルサイエンスのためのアイデアだったんだ!」と思ったほどでした。

——Wake Bottleの案をはじめて聞いたとき、高橋さんはどう思いましたか。

高橋 素材の特徴を的確に理解してくださったうえでのアイデアで、無理なく実現できそうだなと思う一方で、モノリス構造体と新規事業を結びつけるその発想に驚きました。弊社の強みのひとつはモノリス構造体を高い精度で製造できることですが、分析業界に身を置く私たちにはあまりに当たり前すぎて、新規事業のシーズになるとは思っていなかったんです。

未知なるBtoCへの新たな道

——でき上がった製品を見て、今どんな想いですか。

高橋 今までにない新しくてインパクトのある製品だと思いますし、うちの強みを大いに生かした製品になっていることをとても嬉しく思っています。加えて弊社にとって初めてのBtoC製品でもあります。本製品をとおして、多くの方々に弊社の技術を知っていただくとともに、弊社のアイコン的存在になってくれたらと期待を膨らませています。

——今井さんにとっては7年越しの実現です。達成感もひとしおだったのではないでしょうか。

今井 実のところ「ついに完成したぞ!」という喜びよりも、ビジネスとしてはやっとスタートラインに立ったところなので、ここから「なんとしてもこの事業を成功させてみせる」という想いのほうが強いです。それに、BtoBの事業のみを手がけてきたジーエルサイエンスにとって、BtoCは未知の世界。製品化にあたって役員の方々から理解を得ることは容易くなく、どうにか納得してもらおうと心血を注いできた高橋さんの奔走ぶりを見ているうち、僕もビジネスデザイナーとしての責任と決意が日に日に大きくなっていったんです。

——上層部の説得にあたり、ビジネスデザイナーとしてはどんな点で苦労しましたか。

今井 本製品の需要の裏付けを取るために、ターゲットであるトラックドライバーや受験生などにインタビューしたり、テスト機を試してもらったりして、リサーチをしたことです。僕は、この世にないものを生み出すために裏付けを取ることはとても遠回りな行為だと思っていて、どのプロジェクトにおいてもリサーチは好まないんですが、高橋さんのご苦労を見ていて、今回のプロジェクトにおいては必要な行為だと理解して実施しました。その結果、今回は製品化における大事なプロセスのひとつとしてうまく機能したと感じています。

——今回のコラボレーションでの経験を経て、今後の予定や挑戦してみたいことなどがあれば教えてください。

高橋 分析業界は需要が一定で安定している業界です。ただ、一寸先の見通しが立たないこの時代、リスクを伴ってでも新規事業に挑戦することは無駄ではないと思いました。今回、kenmaの力を大いに借りつつも、弊社の既存の技術でBtoCの世界に足を踏み入れることができたことは、未来への大きな希望となりました。ただ僕は本件で燃え尽きたので……、もしBtoC商品の第2弾がある際には、お目付役として、部下たちが四苦八苦する姿をそばでそっと見守っていたい、というのが正直なところです(笑)。

今井 ……と、高橋さんはおっしゃっていますが、実は新規事業の立ち上げ案として、最終プレゼンまで残ったアイデアがもうひとつあるので、また高橋さんと一緒に実現できたら嬉しいです(笑)。そのためには、まずAromaSHOTをビジネスとして成功させる必要があります。僕個人の次なる夢は、海外でヒット商品をつくること。そして、このAromaSHOTにはそのポテンシャルが大いにあると思っています。だって、香りに言葉は必要ありませんから。(文/阿部愛美)