プロダクトデザイナーの福定良佑は、シャープを経て、イタリアのドムスアカデミーで学び、ミラノのパトリシア・ウルキオラのスタジオに勤めた。現在は京都を拠点に国内外のプロジェクトに取り組んでいるが、イタリア在住中に自国の文化を強く意識するようになったことをきっかけに、日本の伝統技術や素材、美意識を取り入れた作品も多く手がけている。福定を本連載に推薦してくれたのは同じく関西で活動するデザイナーの江口海里。どのような思いでデザインに取り組んでいるか福定に聞いた。
イタリアのインテリアデザインの世界へ
幼少期から工作や絵を描くことが好きで、そういうことを仕事にできるとして、高校卒業後の進路を決める際にデザイナーという職業を知った。機械設計をするエンジニアの父親から、「デザインのなかでもプロダクトデザインに向いているんじゃないか」と助言を受け、1998年に金沢美術工芸大学に入学、デザイン科製品デザインを専攻した。そこでは手を動かしてものをつくることを徹底して学び、柳宗理の講義を受けたことも大きな財産になった。
大学卒業後、2002年にシャープに入社。最初に担当したのは、当時、急速に普及した携帯電話のデザインで、一時期、家電のコンセプトモデルの開発にも取り組んだ。5年目を迎えた頃、大学時代から心に抱いていた海外留学を決断。インテリアデザインを学びたいと思い、海外駐在を経験した先輩からミラノのドムスアカデミーを薦められ、2007年に退社してミラノに渡った。
ドムスアカデミーでは、家具を含むプロダクトから空間デザインまで幅広く学び、ミラノサローネも初めて体験した。当時の思いを福定はこう語る。「イタリアの自由で大らかな空気感と、アート的な要素の強いデザインに魅了されました。ドムスアカデミーでは、図面などなくても、手描きのスケッチでもものはつくれる、そういうスケッチで描いた最初のアイコンが大事と言われ、当初は驚きました。高い精度が求められる工業製品の世界に長くいたので、価値観が揺さぶられ、刺激的な毎日でした」。
パトリシア・ウルキオラのもとでデザインに従事
卒業後、すぐに活動を始めるのではなく、仕事の経験を積んでからのほうがいいと考え、学校の就職相談を通じてパトリシア・ウルキオラのミラノのスタジオに入社。以前から雑誌でその活動を見ていたことと、福定がイタリアのデザイナーのなかで好きなアキッレ・カスティリオーニにウルキオラが大学で教えを受け、プロジェクトで協働した経験があるという記事を読み興味をもっていたという。
ウルキオラのスタジオには2008年から4年間、アシスタントデザイナーとして従事。最後の年に、同僚のポルトガル人のルイ・ペレイラとユニットを組んで、ミラノのフオーリサローネに出品。反響を得て、さまざまなメーカーと知り合うことができ、独立への気持ちが高まったという。
京都を拠点に活動をスタート
2012年に帰国し、事務所を構える場所として選んだのは京都だった。イタリア在住中、他国の人から日本について聞かれることがたびたびあり、ウルキオラが日本文化を好み、そこからインスパイアされた作品をつくっていたことも心に残っていた。自国のものづくりについて改めて学びたいと思い、それには伝統技術や素材が豊富な京都がいいと考えた。
日本の技術や素材を作品に取り入れる
事務所を開設後、日本の伝統技術や素材を改めて見直し、その要素を意識的に作品にも取り入れるようになる。帰国後、最初に手がけたホームユース向けのイタリアの家具メーカー、ボナルドのコートハンガー「Kadou」も、そのひとつだ。日本の生け花のアシンメトリーな構成の美しさをもとに、近代的な素材や色を用いて西洋的なプロダクトに転換し、新しい価値を与えた。
「日本には、長い時間をかけて機能にもとづき自然にできあがった伝統的なデザインが数多く存在し、それは現代のデザインの模範になり得ると考えています」と福定は話す。「Kadou」はヒット商品になり、現在も販売されている。その成功を機に、その後もボナルドとの製品開発は継続しているいう。
福定にとって転機となった製品は、2017年に発表したコントラクト向けがメインのイタリアの照明器具メーカー、アクソ・ライトとの「Alysoid」だった。アルミのフレームと、アクセサリーなどに使われるボールチェーンを用いたシンプルな素材と構造で、チェーンが自重によって下方にたわみ、曲線のなかで最も美しいと言われる「カテナリー曲線」を描くのが特徴だ。照明の数やチェーンの長さを調整することで、多様な装飾方法が考えられる。シカゴ・アテナイオン博物館のグッドデザイン賞という名誉ある賞を受賞し、デザイナーとしての自信につながった。その後も天井照明システム「Pivot」を開発するなど、このメーカーとの仕事も続いている。
世界に発信し、未来につなぐものづくり
近作には、2023年のiFデザイン賞を受賞し、JIDAデザインミュージアムセレクションに選定された富山県高岡市のタカタレムノスによる時計「RELIEF」がある。愛知県瀬戸市のセラミック・ジャパンの製造協力のもと、日本に古くからあるガバ鋳込み製法によってつくられている。ゆるやかなすり鉢状にくぼんだ内側に、レリーフのように浮き彫りにされたアワーマークが陰影を生み出し、外側には時間をイメージした12本のラインテクスチャーが刻まれているなど、細部にわたって職人の丁寧な手仕事が息づいている。
この1月末のドイツの国際見本市アンビエンテと、2月の東京インターナショナル・ギフト・ショーで発表した最新作は、セラミック・ジャパンの「WATOJI」。京都の組ひもを用いて、日本古来の製本技術である和綴じをモチーフにしたハンギングタイプの陶磁の花器だ。「RELIEF」のガバ鋳込み製法や「WATOJI」の組ひもといった伝統産業は、後継者不足を含めたさまざまな理由で減少の一途をたどっている。そうした技術や素材をデザインに採用することで、その美しさと素晴らしさを世界に発信するとともに、未来へとつなぐ一助になればという思いも込めていると語る。
プロダクトデザイナーの役割とは
福定は、プロダクトデザイナーの役割をこう考えている。「クライアントの要望にきちんと応え、使い手や環境に良い影響を及ぼし、適正な価格や長く使えるものを考える。社会をより良く豊かにしていくために重要な役割を担っていると思います。そのなかで私が目指しているのは、オリジナリティのあるものをつくることです。自分がデザインしたものを見た人が新鮮な印象を受け、いい音楽を初めて聴いたときに心地良い気持ちになるようなものをつくりたいと考えています」。
現在、「つなぐデザイン しずおか」を通じて静岡の家具工房iwakaguと「SUMIIRI Chair」の製品化を進めているほか、瓦や西陣織などの京都の伝統工芸の会社と世界市場に向けたインテリアプロダクトの開発、また、ショールームのインテリアデザインを手がけていて、今後もそうしたプロダクトと密接に関わる建築空間にも領域を広げていきたいという。イタリアでの経験を糧に日本文化の新たな価値を探究し、独自性のあるデザインに挑む、福定のこれからにも注目していきたい。