氷室友里は、独創的な発想のもと、テキスタイルデザインの新しい世界を切り拓いている。織りの製法から開発したオリジナルブランド「YURI HIMURO」をはじめ、国内外の企業とのコラボレーション製品も多い。2023年には、サンゲツのカーペットタイル「COLOR TRANSITION」に加え、テックワンの新テキスタイルブランド「alltec」の晴雨兼用の傘、ジャクエツの保育園や幼稚園で使う天蓋「pocket tree」を発表。活動領域をますます広げている氷室のアトリエを訪ねて、これまでとこれからの思いや考えを聞いた。
興味の出発点は、イタリアのデザイン
氷室は幼少期から、立体物をつくる工作が好きだった。デザインの道に進んだのは、メーカーのデザイナーだった父親の影響が大きいという。父親が持っていたデザイン誌を読んだり、デザイン展に連れて行ってもらったりするなかで、デザインのなかでもプロダクト、特にアレッシィのキッチンツールのような、生活に楽しさや豊かさをもたらすイタリアのデザインに興味を抱いた。
90年代当時、日本でプロダクトデザイナーと言えば、工業製品を手がけるイメージが強かったが、氷室は身近な生活道具をつくるデザイナーになりたいと考えていた。オランダのデザイン集団ドローグにも刺激を受け、参加メンバーで陶器をつくるヘラ・ヨンゲリウスのように、プロダクトデザインに携わるにも専門性をもつことが強みとなると考え、大学受験の際にテキスタイルを選んだ。
2008年に多摩美術大学に入学し、テキスタイルデザインを専攻。卒業後すぐに事務所を構えることを目標におき、学生時代に実績を積むため、商品化の実現まで目指した作品づくりに取り組んだ。友人とユニットを組み、レタスやトマトの具材をモチーフにデザインした付箋「SANDOWICH TAG」や、畳むと海苔を巻いたおにぎりの形になる「おにぎりハンカチ」がコンペで受賞し、いずれも商品化された。
大学が研究するバナナの繊維を使ったランチョンマット「sugar spot」と、アフリカの女性たちのための賃金を稼ぐ仕事につながるものとして考えた、針と木槌と手だけでつくれる卒業制作のラグマットが評価され、アフリカへ2度行く機会を得た。その経験と、大学4年次に環境問題や途上国の人々のことを考える授業を受けるなかで進路への考えが揺らいだ。
フィンランドでジャカード織りと出会う
氷室は当時の思いを語る。「そのものがあるだけで幸せになれる、人をポジティブに楽しませるイタリアのデザインのようなものをつくりたいと考えてきましたが、アフリカではまだそういう需要はなく、それよりもまず生活のためにお金を稼ぐこと、インフラの整備などが必要とされています。このままものづくりを続けていっていいのか、自分が何をすべきか改めて考えました」。そこで卒業後に事務所を構えると考えていたが、大学院に進学して、まずは自分がやりたかったことを突き詰めて取り組むことに決めた。
さらに環境を変えて考えようと、大学院在学中にフィンランドのアアルト大学に半年間、交換留学プログラムに参加。そこでコンピュータの織り機を使って制作するジャカード織りに出会った。糸を1本ずつ操作して自分で自由に柄を設計できるというもので、子どもの頃に好きだった立体工作に通じる面白さを感じた。教授に質問しながら、実験を重ねて表裏の柄が異なるものや、見る角度によって柄の印象が変わるものなど、独自のアイデアと設計によるジャカード織りのテキスタイルをいくつか開発した。
帰国後、大学院に戻って教授に日本のジャカード織りの工場を紹介してもらい、アアルト大学で開発したテキスタイルをもとに応用・発展させて作品づくりを始めた。ハサミで切ると、中から柄が出てくる「SNIP SNAP」もこのときに生まれたアイデアで、それを修了制作とした。
そして、オリジナルブランド「YURI HIMURO」を立ち上げ育てていく。オリジナルブランドをつくったのは、自分がデザイナーになってから、クライアントの仕事を受けて取り組むだけでなく、企画から制作、販売、発送など、人の手に渡るまでを通して自身で手がけたいと考えたからだ。
ミラノサローネが現在の仕事の原点
2016年に自身の事務所を構え、翌年からミラノのサローネサテリテに3年連続で参加。初年度は「SNIP SNAP」「motion-textile」「HIDE AND SEEK」を出品し、2回目は「BLOOM collection」、3回目は「THREADS」と新作を発表し、大きな反響を得た。
氷室は、現地でも帰国後も企業やメーカーにプレゼンテーションを行い、その後も個展の案内や新作のサンプル生地を送るなどして、積極的かつ大切に人とのつながりを育んでいき、そのなかでさまざまな仕事が生まれた。「これまで手がけた仕事の多くがサテリテでの出会いから生まれたもので、ミラノサローネが私の仕事の原点になりました」と言う。
その後、資生堂や星野リゾート、カッシーナ・イクスシー、NHKエデュケーショナル、カリモク60、ラプアン・カンクリ、リバティ・ロンドン、cc-tapisなど、国内外の多様な企業やメーカーのプロジェクトに携わり、家具、ハンカチ、タオル、ブランケット、靴下、スリッパ、スマートフォンケース、化粧品パッケージ、プレート、壁紙、キッズスペース、住宅、テレビのセットなど、手がける分野もますます広がっている。
2023年は、氷室の世界観がさらに開花した感がある。高い技術をもつ日本のメーカーとの協働によって、新作をいくつか発表した。ひとつは、愛知県名古屋市に本社を置くサンゲツのカーペットタイル「COLOR TRANSITION」だ。アアルト大学留学中に氷室が開発した、視覚効果によって模様の印象が変わる織りのテキスタイルのアイデアを応用し、サンゲツと共同開発を進めたものである。織りに高低差をつけて色に工夫を凝らし、見る方向で印象が変わる「PANORAMA F」と、見る距離で印象が変わる「MOSAIC F」の2種類を制作。カーペットタイルの可能性を広げる、揺らぎのあるデザインを開発した。
もうひとつは石川県の繊維加工メーカー、テックワンの新テキスタイルブランド「alltec」の2種類の晴雨兼用の傘である。鮮やかなフラワー模様の「Umsol(アンソル)」と、「Umsol Reverse(アンソル・リバース)」は表裏両面に異なる柄のプリントが施されていて、傘をさすと陽の光を受けて柄が重なって見えて、木漏れ日が差し込む樹木を見上げているような情緒を感じる。「強い日差しの日も、雨の日も傘をさすのが楽しくなるように」という、氷室の思いが込められている。この「alltec」の傘は、2月1日から販売予定であり、同ブランドは今後もシリーズを増やしていくそうだ。
誰も見たことのない、新しいものを目指して
氷室がデザインをするうえで、核にしていることを尋ねた。「人を楽しませたり、驚かせたり、変化を起こすことです。私はテキスタイルを通して、人とものとの間にどのようなコミュニケーションが生まれるかということに興味があるからです」と話す。
昨年は子どもが産まれ、驚きや発見を楽しむ日々を送りながら、仕事面ではノルウェー製のジャカード織り機を購入し、事務所で試作がつくれる環境が整ったところだ。「誰も見たことのない、新しいものをつくりたい」と氷室は意気込む。これからも多くの人に驚きと感動をもたらす、さらなる創造の世界を拓いていってほしい。