ひとつの歴史が、幕をおろした。2022年12月26日にサボア・ヴィーブル(以下、サボア) が閉店した時、工芸に興味を持つ多くの人が、そう思ったに違いない。
45年ほど前、六本木のテレビ朝日通りのビル2階でスタートしたサボア・ヴィーブルは1981年、アクシスビルのオープン時に移転。器やアートが好きな一般の人だけでなく、多くのスタイリスト、ギャラリスト、学芸員などのプロも立ち寄る、誰もが認める工芸の店だった。
オーナーの外山恭子さんは、パートナーの宮坂一郎さんが亡くなられたときも、葬儀は定休日を選ばれ一日もお店を閉じないほど、店を開けることが第一義だった人だ。それは、客のためであり、作家のためでもあったろう。病気がみつかり入院された時も、「すぐに戻ってくるつもり」で2023年度中の予定も決めていたが、病状が急変。スタッフに店を閉めるように指示が届いた。最後の展示となった立花英久さんの12月の会期中は箝口令が敷かれ、会期終了後、閉店のお知らせの張り紙がひっそりと貼られた。
外山さんが新年に息を引き取られたことを、画家のかとうゆめこさんから連絡を受けた。ゆめこさんがサボアに挨拶に行くときにご一緒させていただくことにした。整理のため2月末まではスタッフが店に通うと聞いていたが、最後、ゆかりのある人たちが集まるということで、2月末に再び、ゆめこさんに連れられてお邪魔した。
その後も仕事でアクシスビルに行くたびに、あの場所はどうなるのか……と、気にしていたが、何カ月経っても何も変わらない。そうこうしているうちに、「日本の道具展」が始まった。
リビング・モティーフの店内を突っ切って3階の店に向かう、というのが外山さんの通勤ルートだったようで、道具展のたびに、外山さんはいつも「あなた、頑張っているわね」と、声をかけ下さるのだが、嬉しさよりも緊張の方が勝るのが常だった。今年はそれがないと思ったときに、元スタッフがいらしてくださった。にっこりとした笑顔で言われたのは「あの場所で店を開くんです」という言葉。「サボア再開ですか!」と興奮気味に問うたところ、名前は「courage de vivre」(クラージュ・ドゥ・ヴィーブル)。生きる勇気という意味の新しい店名だという。
日を改めて話を伺った。今回クラージュ・ドゥ・ヴィーブルを運営するのは、過去サボアに在籍していた元スタッフ4名。サボアのスタッフ募集は店の張り紙のみだったそうで、歴代のスタッフは、客として店に通ううちにスタッフになった人ばかり。一度退社して、また舞い戻ってきた人も多い。皆、サボアの魅力に取り憑かれ、骨の髄まで、サボアイズムが浸透しているメンバーだ。
クラージュ・ドゥ・ヴィーブルは「サボアのDNAを受け継いで始める」店だという。宮坂さん、外山さんをご存知の人なら、草葉の陰でふたりが「あなたたちに出来るわけないじゃない」と笑っている姿が容易に想像できるだろう。別に嫌味ではない。そんな絶対的なふたりだった。残され後処理を終えたスタッフが一番、「同じことは出来ない」とわかっていたはずだ。だが、店をテナントとして返し、通勤がなくなってからの空虚感は想像以上で、仕事を終えても思い出話に耽る日々が続いた。
初夏の頃、ふと皆でアクシスビル3階の様子を見に行くと、白い壁に古材の梁の店内はそのままだった。挨拶がてら立ち寄った事務所で、今後あの場所がどうなるか尋ねたら、数日後に工事が入りスケルトンにして募集を始める、とのこと。サボアの魅力を知る人なら、あの場所が持っていた力を思い出すだろう。そのことを誰よりも知っている4人は「この場を無くすわけにはいかない」と決断。まずはビルに内諾を得て、工事を止めてもらう。会社を設立し、作家に声をかける。その間に、どういう店にするか、議論を戦わせていった。
議論に上がったこととして、「みんな、宮坂、外山には絶対的な信頼を置いていたが、ちょっちょっと、“こうしたらいいのに”と思っていたことがあるのも事実」と、いたずらっ子のように告白してくれた。オーナーふたりのセンスは唯一無二だったが、45年のあいだに時代も変わってきた。購買層も変わってきているし、作家も同様だ。オーナーふたりの「かっこよさ」だけでは突き抜けられない部分もある。もう少し、生活寄りの提案などもこの後は検討しているようだ。
「サボアは宮坂と外山の物だったから、終わらせなければいけないと思うんです」とメンバーは言うが、とはいえ関わった誰もが「ふたりがつくったものをゼロにしてはいけない」と思ったはずだ。だが、それは思いつきだけではできない数々の壁がある。その壁を乗り越え開店に向けて動けたのは、「サボアのDNAを持った者たちの使命感」もあるが、メンバーのこの言葉に尽きるだろう。
「私たち、ここから離れられないの」。クラージュ・ドゥ・ヴィーブルの4人は、このアクシスビルのこの場所がなかったら店を始めることは考えなかったという。積み重ねた場の力が、原動力に他ならない。作家がインターネットで自由に自作を販売できるこの世で、「ギャラリーという場」の意味が考え直される時期に来ていると思う。
「courage de vivre」。生きる力という言葉とともに新しい歴史が幕を開ける。
《おまけ》
コロナ後にこんな文章も書いております。→2020年には言えなかった「現実の接客」への想い。ご笑覧いただければ幸いです。
courage de vivre(クラージュ・ドゥ・ヴィーブル) Gallery & Craft store
- 場所
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〒106-0032
東京都港区六本木5-17-1 AXISビル3F - 電話番号
- 03-6230-9409
- 営業時間
- 11:00-18:00
- 定休日
- 水曜日
- info@courage-de-vivre.com
- 公式サイト
- https://courage-de-vivre.com
- https://www.instagram.com/courage.de.vivre/
- 年始・年末
- 年内は12月28日(木)まで営業。1月5日(金)からは通常営業