REPORT | アート / プロダクト / 展覧会
2023.11.16 14:27
10月20日(金)から29日(日)までの10日間、「DESIGNART TOKYO 2023」が開催された。デザイン、アート、インテリア、ファッションなどジャンルを越えた83の会場で108の展示が行われ、2017年にスタートし今回で7度目の開催となる。
初日にはオフィシャル会場のひとつエスコルテ青山で、気持ち良い秋晴れのなかセレモニーが開催された。発起人のひとりであるアストリッド・クライン(クライン ダイサム アーキテクツ)は、すべての展示の方向性に影響を与えるテーマを決めるのが毎年の大きな課題だと話したうえで、今年のテーマを「Sparks 〜思考の解放〜」と発表した。Sparksは日本語で、きらめき、ひらめき、ときめきなどを表す。東京に散りばめられた「Sparks」を楽しんでほしいと語った。
エスコルテ青山の空間デザインを担当したのは進藤 篤。依頼を受けたときに、コロナが5類へと移行され、必要が無くなった大量のアクリル版が焼却処理されることを知り、また元々アクリルという素材の可能性に注目していたことから、インスタレーションのメインマテリアルに選定。
レーザーカットで形を変えたアクリルは、ガラスを超えた透過性により光が乱反射し、窓から差す自然光によって断面に光りの線が現れ美しく煌めいていた。また何十枚も積重されたアクリル板が会場内の展示什器として用いられ、8トン以上の焼却予定だったアクリルが姿を変え活かされていた。これまで人と人とを隔てていたものが、解放された新たなコミュニケーションの空間をつくり出した。
7つのエリアに分けられ点在する展示会場を巡り、そのなかから5箇所にフォーカスを当てレポートする。
Claesson Koivisto Rune | Time & Style Atmosphere
根津美術館の庭園の木々を眺められる「Time & Style Atmosphere」の2F では、スウェーデンのデザインユニットClaesson Koivisto Rune(以下、CKR)のプロダクトが自然光の入る空間を贅沢に使い展示されていた。
約30年に渡り幾度となく来日し、日本の文化や言語に親しみを持つ彼らが、日本橋にある築90年の銀行をリノベーションした「HOTEL K5」のために制作した照明プロダクト「Drop paper lamp」とラウンジチェア「Takete Lounge chair」。「Drop paper lamp」は和紙という素材と丸みのあるフォルムで、素朴さと温かみを感じさせながら、さりげない存在感で部屋を照らしている。「Takete Lounge chair」は折り紙からインスピレーションを受けつくられたもの。DESIGNARTでは、HOTEL K5に置かれている黒色でなく、新色3種がそれぞれ1脚ずつ展開された。CKRを通して表現される日本の文化は、シンプルでありながら遊び心も感じさせる。
上記ふたつのプロダクトの他、CKRは「HOTEL K5」の総合的な監修を行なっている。大正時代の建築らしい重厚感がありながらも、リノベーションされた内観は木が多く用いられている。さらに色彩鮮やかな家具がアクセントとなり、日本と北欧の心地よい融合を感じた。
HONOKA |日比谷OKUROJI
「日比谷OKUROJI」では、今年ミラノで開催された、第12回「サローネサテリテ・アワード」でグランプリを受賞したデザインラボHONOKAが国内初となる個展を行った。畳の原料である井草と、3Dプリンタの技術を掛け合わせたプロダクトとその制作過程を紹介している。
HONOKAの6人は、学生時代からの友人、SNSでの繋がり、出向先での同僚など、さまざまな流れで出会ったメンバーで構成されている。アワードは今年4月に開催されたが、HONOKAの結成は昨年12月。結成から約4カ月の間に、素材の選定からプロダクトの制作まで成し遂げた。それぞれがアイデアやノウハウを持ち寄ることで完成させたプロダクトが世界で評価されている。
ベースの樹脂にミキシングした井草を混ぜた素材を、大型3Dプリントテクノロジーを用いることで造形している。樹脂の選定や、井草の細かさや配合量を徹底してこだわり、色味と透明度を納得できるレベルに持っていくまでに30を超える試作が行われた。また樹脂はバクテリアのいる環境下であれば分解されるものを選定し、環境にも配慮している。
DESIGNART終了後は香港の「deTour 2023」での展示が続き、その後もスリランカやアメリカでの展示にも声がかかっている。ただ井草や3Dプリンターに固執しているわけではなく、素材と技術を掛け合わせて、これからも面白いプロダクトを制作していきたいと話すHONOKA。今後の彼らの活動からも目が離せない。
SEIKO|Seiko Seed
140年の歴史を歩んできたSEIKOが時計の新たな可能性を探る場として昨年オープンした「Seiko Seed」。昨年のDESIGNARTで柿落としが行われ、2回目の開催となる本年は機械式腕時計を題材にした展示を行った。
露出度の高い時計の外側のデザインに対して、その内部の仕組み(機構)を見る機会は日常にはそうない。今回はSEIKOで長年使われてきた4Rという機構を用いて、外部クリエイターのnomena、siro、TANGENT、そしてSEIKOのデザイン部の4チームがそれぞれ作品を制作。
プロジェクトは今年1月に始動し、全チームで時計のムーブメントを解体、組み立てを行うことからスタートした。電気の力を借りずに動く小さな機構から、「生命感」を感じたという共通項をフックに、その正体を4つの視点から表現している。
nomenaは、基本となる4Rや高級時計に使用されるトゥールビオン、掛け時計用の機構などを用い、ドミノのように順々に機構が動く仕組みを表現した。上部中央の秒針が12時を指すと、小さなアクリル版が右に揺れ機構が動き始める。古いものから順に並べることで機構の歴史を再現している。
siroは時間を水滴で可視化した。水滴で表現する、1粒を1秒に見立てる、などチームでディスカッションを重ねながらプランの外堀を埋めて行き、それを叶えるために試行錯誤を繰り返した。完成した仕組みは、少し窪ませたところに水を出すことで水滴が現れ、中央に備え付けられた機構の動力で風の吹き出し口が回転し、水滴が1秒に1滴ずつ落ちていく。そして、その水を循環させている。可視化された時間、水滴の美しさにしばらく見入ってしまう。
「機構に服を着せることが自分たちの仕事」と語るSEIKOのデザイン部は、機構が持つポテンシャルを引き出すことに焦点を当てた。普段、機構に載せる針の重さは0.01gほどだが、どれほどの重さまでなら耐えられるか検証しおおよそ1.5gまで可能であることがわかった。限られた期間だからこそ叶う機構に載せるモチーフとして選ばれたのは、暮らしを彩る落ち葉などの身近で自然なもの。プログラミングされた照明によって、小さな機構の動きとともにかたちを変える影も愛くるしい。
崔在銀|銀座メゾンエルメス
銀座メゾンエルメスの8階のフォーラムでは、年に3、4回の入れ替えを儲け、毎回魅力的な展示が行われている。DESIGNART期間中には、「エコロジー:循環をめぐるダイアローグ」のダイアローグ1として作家・崔在銀による「新たな生」が開催されていた。崔在銀は1953年に韓国・ソウルに生まれ、76年に来日した際に生け花と出会い 、草月流三代目家元・勅使河原宏へ師事した。80年以降は、アート作品の制作を続けている。
ガラスブロックから光が差し込む空間に展示されていたのは、白いサンゴを用いた新作《White Death(白い死)》。環境危機の切迫した現状を静かに映し出している。沖縄県の許可を得て借りた死珊瑚は、会期終了後は元の海へ返還される。
珊瑚に混じるガラスは壊れた海を示唆する。
フォーラム内の照明はアーティストに委ねられ、本展示は自然光に近い照明を採用しているため外の光の影響を受けやすく、時間帯による空間の変化も楽しめる。
世界7カ国で越前和紙を土の中に埋め、時を経て掘り起こした「World Underground Project(ワールド・アンダーグラウンド・プロジェクト)」。本展では、そのなかから福井と韓国に5年間埋められていた和紙が展示されている。土地の環境や土のバクテリアにより紙の表情や色味に差が出ているのが興味深い。
展示を通して、自然生態系の事実を直視する機会が生み出され、自然との理想的な共存関係を再構築するプロセスを考えさせてくれる。
ヤマハ|アクシスギャラリーギャラリー
アクシスギャラリーでは、「Where We Are – ヤマハデザイン研究所60周年企画展 -」と題し、ヤマハのデザイン部門の活動をプロトタイプを通じて紹介する展覧会が開かれた。会場に並んだのは、直近20年のプロトタイプの数々とミラノデザインウィーク2023で披露した最新プロトタイプの11点。プロトタイプをこれだけ長期間にわたり保管しているデザイン部門は稀で、その姿勢からも自主研究をいかに重視しているかが伝わる。展示作品の他、5倍以上の数のプロトタイプを所蔵しているそうだ。
デザイン研究所所長の川田 学は、「プロトタイプを発表する意味は、デザインはもっと世の中に貢献していけるということを皆さんに伝えたいから。人を、音楽の力を、私たちは信じています」と語っていた。その言葉を証明するように、会場に足を踏み入れると、朗らかで陽気な空気に溢れていたのが印象に残る。音楽が暮らしに与える豊かさを感じられる空間だった。
タイトルに掲げられたように、自らのアイデンティティーを探りながらつくられたプロトタイプは、20年前につくられたものであってもそのコンセプトが現代にも通じている。寝室、ダイニング、リビング、それぞれの空間に合わせてデザインされたピアノも、現代の暮らしに溶け込む姿を容易に想像できるものだ。
展示作のなかには、来場者から製品化を待ち望まれるものもあった。会場では、研究所メンバーが来場者に丁寧に説明する光景をよく目にしたが、訪れたひとりひとりにとって記憶に残るものになっただろう。
DESIGNARTは、公共工事や公共建築の費用の1%をその建築に関わるアートのために充てる考えを示す「1% for Art」の日本での実現に取り組んでいる。欧州で導入がスタートし韓国や台湾でも法制化された「1% for Art」が、この祭典の継続によって日本でも具現化されることを願う。来年は、またどのように新たなデザイン・アートとのタッチポイントを提案してくれるのか楽しみだ。
(文/加瀬百恵 写真/新田裕樹)