中小企業が持つ優れた技術や素材に、デザイナーのアイデアや視点をかけ合わせることによって、新しいデザインやビジネスを生み出す「東京ビジネスデザインアワード(TBDA)」。2012年から毎年実施されているこのアワードによって、これまで数多くの中小企業とデザイナーがマッチングし、創意工夫したアイデアを協働で実現させてきました。
今回紹介するのは、2021年度(第10回)の最優秀賞を受賞した、印刷の可能性を追求する実験ブランド「印刷加工実験室」と、その第1弾の商品である折り紙「SAWARIGAMI(さわりがみ)」のプロジェクトです。ミュージアムショップや全国展開の生活雑貨専門店などで取り扱いがあり、折り紙や工作が好きな人々を中心に話題を呼んでいるこのSAWARIGAMIについて、応募から製品化までの道のりを伺いました。お話しいただいたのは、参加企業である新晃社の森下晃一さんと、提案者でありデザイナーの歌代 悟さんです。
指先に感じる繊細な手触り
ーープロジェクトについて教えてください。
森下 「SAWARIGAMI(さわりがみ)」は、1枚で異なる触り心地が楽しめる折り紙です。光の当たり方によって見える模様が変わり、触ると少しざらざらしているのですが、これは高額な型を必要とするエンボス加工ではなく、透明なニスを印刷することで表現しています。これは本品のために新しく開発した技術で、「さわりがみ加工」と名付けました。
受賞したのは、デザインによって特殊印刷の可能性を探るために立ち上げた「印刷加工実験室」のブランディングと、その第1弾の商品であるSAWARIGAMIで構成した一連のプロジェクトです。
ーーTBDAは、企業が持つ技術を活用するためのビジネスデザインコンペですが、新晃社は、特殊印刷技術の「擬似エンボス加工」と「広色域の印刷表現」でアイデアを募集していました。これらはどんな技術でしょうか。
森下 擬似エンボス加工とは金型が不要なエンボス加工のことで、反発し合う2種類のニスを重ねて印刷することによって、ザラザラした面とツルツルした面の異なる質感を生み出します。この既存の擬似エンボス加工を発展させたものが、新しく開発した「さわりがみ加工」です。凸部を強調したり、ニスを重ねない部分をつくることで紙の質感を生かすことができます。
一方の広色域の印刷表現は、特殊なインキによってRGBデータの再現性を高くした技術ですが、歌代さんのアイデアが擬似エンボス加工に特化したものだったので、使用せずに進めました。
ーー印刷で表現できる凹凸表現を追求した結果、なぜ折り紙としてアウトプットしようと思ったのでしょうか。
歌代 繊細な立体表現が可能なこの加工技術を最大限に生かすために“触ることを目的とした紙”としてアイデアを広げていったからです。TBDAの参加企業から各々の技術でアイデアを募集する「テーマ発表」があった21年9月当時、会議はすっかりオンライン化し、資料のPDF化が進んでいました。印刷する意味を模索した結果、“触る”という行為に価値を見出したんです。
ーー印刷されるコンテンツが主役の資料などとは異なり、折り紙は紙そのものが主役です。SAWARIGAMIを実際に折ってみるととてもしなやかなことに驚きました。凹凸の印刷が干渉せず、折り紙としての機能がきちんと果たされています。
歌代 これまでの擬似エンボス加工のやり方そのままだと、紙を曲げたときにニスを塗布した部分が割れてしまいます。ですから、印刷の美しさを損なわず、折り紙としてもストレスなく使えるように、ニスの重ね方や紙の種類の組み合わせを何十種類も検討してもらいました。そうしてやっとたどり着いたのがこの組み合わせです。
これからが始まり
ーー新晃社は、どんなきっかけでTBDAに応募されたのでしょうか。
森下 印刷関係の人から偶然教えていただいてTBDAの存在を知り、ほんの軽い気持ちで応募してみました。前々から、私たちの強みである擬似エンボス加工を周知したいともがいていたこともあって「やってみようかな」という気になって。でも、そのときすでに締め切りがあと数日に迫っていたので、とにかく急いで書類を揃えて申し込み手続きを済ませたことを覚えています。
ーーその後、企業審査を経て、テーマに選出されました。提案されたデザイン案の中で、歌代さんのアイデアに目が止まったのはどうしてでしょうか。
森下 一目見て「すごくシンプルだな」と思い、心に引っかかったんです。正直に言うと、戸惑いもありました。印刷会社としては、自分たちが得意とするさまざまな技術を全部盛り込みたいと欲張ってしまうのですが、歌代さんの提案はひとつの技術にフォーカスした直球のアプローチで、私たちのこれまでのやり方とは真逆だったんです。心の引っかかりを大事にして検討した末に、「これは新しいかもしれない」と思って選びました。
歌代 自分自身が印刷技術に広い見識がなかったことがプラスとして働いたのかもしれないと思っています。特殊加工が盛り込まれた技術自慢のような印刷物は確かにすごいかもしれませんが、具体的に何がどうすごいのかは一般消費者には判別がつきにくい。ですから、ひとつの技術でストレートに展開したアイデアが森下さんに響いたのだと思います。
ーーそして最終選考に残った12社が翌年2月に最終プレゼンを行い、最優秀賞受賞が決定しました。歌代さんは、ご自分の受賞コメントを覚えていますか?
歌代 驚きのほうが大きくてはっきりとは覚えていないんですが、「ここからが始まりだと思っています」と言ったような記憶があります。SAWARIGAMIはBtoC商品ですが、印刷加工実験室はBtoC商品をきっかけに、新晃社さんの既存領域であるBtoB商材を拡張することを目指したブランドです。最終プレゼンでは「この両輪で収益化のエコシステムを回していきたい」ということを述べたので、受賞をバネにしてここからスタートさせるんだという意気込みに満ちていたのだと思いますし、その思いは今も変わりません。
商品をデザインして終わりではなく、加工技術そのものをブランドにすることで収益化を図っていこうというビジネスへの視点が、審査委員に深く届いたのかもしれません。
大きな夢を抱いて新たな未来へ
ーー最終製品に至るまでの膨大な量のサンプルを拝見すると、相当なご苦労があったのではないかと想像します。
歌代 確かに技術面で乗り越えるべき細かい課題はいくつもありましたが、最初から最後まで円滑に進めることができたんです。というのも、早い段階でサンプル制作に着手できたことや、何より現場のみなさんが「こんなやり方はどうか」と自主的に実験に参加してくださったことがとても大きかったと思います。
森下 私も苦労した感覚はあまりないですね。むしろ、実験によって印刷機の可能性の大きさを見出せたことは大きな成果でしたし、現場の彼らもいろいろ挑戦してみたかったんだな、と社長として思い至りました。印刷会社としてこれまでお客様のご要望に一生懸命応えてきたつもりでしたけれど、自ら新しいモノをつくることがこんなに面白いんだということを、歌代さんが気付かせてくれたんです。
ーー発売前には、新しいものや体験の応援購入サービスを提供している「Makuake」で目標金額の3倍以上の金額を集めて話題になり、現在はミュージアムショップなどで多くの方が手に取られているSAWARIGAMIですが、今後の展開についてご予定はありますか。
森下 具体的には、現行品よりも大きい折り紙「SAWARIGAMI Large」(2023年10月現在)をつくりはじめています。展示会の来場者やバイヤーなどから生の声を聞いていくと、大きな折り紙で難易度の高い作品をつくりたいとか、紙袋や包装紙、手芸品などの素材として使いたいといった要望が多かったのです。
歌代 そうした製品ラインナップの充実に加えて、SAWARIGAMIやさわりがみ加工をBtoB商材としても育てていくために、お酒のパッケージや封筒など、さまざまなサンプルをつくって展示会などで企業などに提案をしています。
ーー最後に、今回の協業を振り返ってみていかがでしたか。
歌代 これまでにも自分のアイデアが商品化された経験はありますが、商品戦略や価格戦略、流通戦略、販促戦略のすべてに関わったのは今回がはじめてでした。最初から最後までひとつのモノに関わることができたこの意義深い経験を生かして、今後も沢山のアイデアを世の中に展開していけたら嬉しいです。
森下 印刷加工実験室というブランドの中で、さまざまな商品を展開したいという思いはもちろんのこと、海外に販路を広げてみたいという夢を持っています。今まではそんな大それたことを考えたことなんてなかったんです。少し前までは自分たちの商品がミュージアムショップに置かれることなんて想像もしていませんでした。だから、また夢中になってやってみれば実現できるかもと、今は思えるんです。(文/阿部愛美)