近年、インハウスのデザイン組織をもつ企業が急増している。2022年に実施された国勢調査によると企業内で働くデザイナーが全体の半数を占めており、その流れは今なお加速しているように感じられる。リクルートのインハウスデザイン組織について紹介してきた本連載の最終回では、リクルートのデザインマネジメントユニットを牽引する磯貝直紀と鹿毛雄一郎のふたりとともに、インハウスデザイン組織のより詳しい実態に迫る。
インハウスデザイン組織はどのように生まれる?
ーー近頃、インハウスデザイン組織を抱えている企業が増えているように感じます。こうした動きについて、どう感じられますか?
磯貝直紀(以下、磯貝) 私の推測ですが、企業のファンクションとしてクリエイティブ領域の専門家が常駐していて、事業ドメインへの理解を持ったうえで早々と改善を行えるほうが組織として理想的という考えがあるのではないでしょうか。
リクルートのような事業会社が何かサービスや施策を進めていく場合、経営の決定に従って迅速にプロジェクトを進める必要があります。その場合、都度外部のパートナー企業に前提や変更の経緯を説明するようなプロセスを踏むとスピードが削がれてしまう。さらに事業を推進していくためには事業ドメインへの理解や知識も不可欠です。つまり事業への理解を持っているインハウスデザイン組織を抱えているかいないかで総合的な精度に差が生まれると言えるかもしれません。
鹿毛 雄一郎(以下、鹿毛) 付け加えると、企業間の競合優位性にも関与していると思います。自社内にインハウスデザイン組織があれば、他社よりも早く、高い精度でクリエイティブを提供できるうえ、そのノウハウは企業の資産として蓄積されていく。今の世の中はどのサービスもデザインに力を入れていることが多いので、そこで劣ってしまうとネガティブな影を落としてしまう。だからこそ、企業としてより高い純度でデザインをコントロールできる体制を築く必要が出てきているのではないでしょうか。
ーーでは、リクルートのインハウスデザイン組織はどのように生まれたのでしょうか?
磯貝 紙媒体のサービスを多く手がけていた時期にインハウスデザイン組織がありましたが、2012年の分社化の際に組織体制の変更によって解体されてしまいました。そのときも、各サービスごとにデザイナーが在籍していましたが、現在のように事業を横断してデザインに関与するような組織ではなかったと聞いています。
鹿毛 分社化の時期は、紙からデジタルへとメディアがシフトしはじめたころでした。インハウスデザイン組織を組成する企業が増えていたことも相まって、各サービス内で同時多発的に「デザインを使って『不』を解消していく」組織が必要だという想いが高まっていきました。トップダウンではなく、それぞれの現場で「デザインを専門とする組織ができたら、アウトプットするデザインの質を高めるだけではなく、ユーザーの体験を向上させることで提供価値を高められるはず」と考えたのです。
磯貝 その後、2019年にインハウスデザイン組織を提案して、各サービスから人を集めてできたのが現在のデザイン組織の前身です。立ち上げ当時は10名未満だったのですが、採用や社内への声がけを行って、現在は80名ほどの規模にまで拡大しました。
ーー新しくなったインハウスデザイン組織について教えてください。
磯貝 「デザインマネジメント」というユニットで、マトリクス型組織*において、サービスを横断しながらデザインを活用して事業を推進する部署です。プロモーションに関するデザイン部署はまた別にあって、私たちは主にデジタルプロダクトが中心。主務をデザインマネジメントユニットに置きながら、事業組織を兼務することで、事業にコミットしつつも、機能組織としてつながっています。
鹿毛 組織の特長としては、職種を「デザインディレクター」だけに絞っていることです。リクルートは事業ごとにドメインも事業フェーズも違うので、その中で必要なことをフレキシブルに選択できるよう、職種はあえてひとつにしました。
ディレクターといっても、ディレクションだけを行って実作業にあたる部分はパートナー企業へ外注するという意味ではなく、自ら手を動かしてデザインすることも含めて、そのときどきによって必要な役割は自分で選べるようになっています。
磯貝 主に新規事業にまつわるデザインをしながら、必要とあらば自ら手を動かしてつくることもあるし、既存事業の施策に対して、デザイン的な視点で要件を整理するような幅広い職域です。上司からの指示で着手する仕事が決まるトップダウン型ではなく、手を挙げたり提案することで自分の仕事をつくっていくことが多いので、職域も自分で切り拓いていくといったほうが正確かもしれません。社内にデザイン組織があって、その部署との受発注でデザインを行う企業も少なくありませんが、そうではなく、デザイナーそれぞれが事業にコミットして、柔軟な方法で成果を出していくという性格が強いですね。
「デザインディレクター」という仕事
ーー職種をひとつに絞った背景についてもうすこし伺わせてください。
磯貝 初回記事の言葉を借りれば、“越境”を前提にしているからです。各サービスの部門ごとに複数の職種を設定してそれぞれの目標を決めて、その達成度で評価するよりも、事業ドメインや事業状況などの「不確実性」に対してどうコミットしたかという軸で判断したほうがデザイナーをフェアに評価できると考えています。職種がひとつであれば、プロセスを自分で組み立てる自由がある。デザイナー自身の自由度を高めるためにも必要なことだと思います。
ーー具体的にはどのような人が活躍しているのでしょうか?
鹿毛 リクルートに入ると「お前はどうしたいの?」と聞かれる、なんて話を耳にしたことがある方も多いと思います(笑)。そんな恐ろしいムードではないのですが、部分的には本当です。自分で課題を設定できるかどうかがとても大事なんです。プロセスを決める自由さはあっても、解決すべき目的を設定できないことには動けない。なので、事業をよく知ってその動向を注視しながら、自ら課題を見つけて動いている人は活躍している印象があります。見つけた課題の要件に応じて動くことはもちろん、自分の専門領域を超えていることであれば仲間を巻き込んで進めたりと、その千変万化なプロセスを面白がれる人は多いかもしれません。
磯貝 鹿毛がいうように、事業に伴走してガンガン推進していける人はもちろんなのですが、リクルートは社風として、現場からボトムアップでアイデアを実現できる可能性が大いにあります。なので、デザイナーとして業務に携わるなかで「こういう事業があればいいのに」と思うことがあれば、実際に事業のオーナーとして自ら推進していくという未来も描くことができます。
ーーインハウスだから経験できることも多いのでしょうか?
磯貝 クライアントワークだと、最終的な決定は基本的にクライアントが行いますが、事業会社は自分が決めたことがそのままサービスに、ひいては社会に反映されます。私はもともとクライアントワークを行う企業でデザインに従事していたので、この変化に最初は緊張しましたが、ダイレクトに事業と社会に関与できる経験はインハウスでないと得られないなと常々思います。
鹿毛 それは大きいですよね。さらに、クライアントワークは基本的に納品をゴールに設定することが多いですが、サービスに携わっていると都度その後の反応を実際に見ることができる。自分のデザインがどれほど売上につながったか、ユーザーにどれくらい見られたかといった量的なデータはもちろん、エンドユーザーとのインタビューなどをとおして、生の声、つまり質的な一次情報に触れられます。
前回の記事でもお話したとおり、もし自分がサービスを改善したいと思えば、例えばそのサービスを使っているレストランにお願いして一緒に働かせてもらうという方法までとれるので、課題への理解度や解決策のバリエーションは大いに高まります。
磯貝 このような経験はどの事業会社でもできるわけではないため、リクルートで一連の作法を経験していると、もしフリーランスとして独立したときにも有効なポータブルスキルになると思います。
不確実な未来の中で
ーーデザインマネジメントユニットは、今後どのようなビジョンを描いていますか?
磯貝 繰り返しにはなりますが、事業会社でデザイナーを務める場合は介在範囲を広げてこそ提供価値が最大化すると思っているので、まずはそのために組織をより拡大したい。リクルートのサービス規模を考慮するとデザインディレクターも増員したいですし、同時に、関与する範囲もデザイン面だけではなく、ビジネス的な要件整理や組織課題の解決などにもデザインの力は有効だと思うのでもっと拡張していきたいです。
ーー最後にそのビジョンを実現するために、どのようなメンバーを求めているか教えてください。
鹿毛 リクルートのものづくりは基本的にチームで行うので、欠かせないのはコラボレーションスキルです。そのときどきで求められるアプローチが違うので、社内にいる最適な人とチームを組んで事業を推進できるような方はとても活躍しやすいと思います。
また、世の中に対してビジョンを持っていることも大事。「こうしたら素敵だな」「もっとこうだったらいいのに」と日頃から考えていて、その想いを貪欲に突き詰められる人が増えると世の中に対してリクルートが提供できる価値はもっと大きくなるでしょう。
磯貝 私たちの組織のミッションである“動かすデザイン”を体現しているような人ですね。デザインの領域からはみだして「ここもっとこうすれば良くなるんじゃないですか」と提案して前に進めていける人。言い換えれば、仕事をつくっていける人を求めています。目的のためであれば手段は問わず、必要に応じて領域を拡張していける人はきっと楽しく働ける場所だと思いますし、そういうスタンスをしっかり受け入れる文化もあるので、前のめりに事業と関わっていきたい人やデザイナーという仕事の可能性を広げていきたい人にはうってつけな場所ではないでしょうか。
コロナ禍を経てオンラインでの働き方が急速に進んだり、ChatGPTのようなAIの登場で加速度的にテクノロジーが進化したりと世の中の不確実性は今後もさらに高まっていくと思います。だからこそ、バラバラと散らばっている要素を統合して、目の前に再現する力、つまり広義のデザインの可能性が活きる時代になっていくと予感しています。
デザイナーは意匠だけに留まらずに、デザインプリンシパル(事業における最重要なデザイナー)としてデザイン戦略を考える事業責任者も兼ねたポジションも世間的に増えていくでしょうし、リクルートもそうしたポジションをつくるような体制も見据えています。時代に先んじて活躍できる環境は整いつつあると思うので、同じような志向を持っている方とはぜひお会いしてみたいです。
鹿毛 デザインに携わる人なら、日常の中で「なんだか使い勝手がよくないな」と気づく瞬間がよくあるのではないでしょうか。そうした些細な違和感に気づき、解決までの道筋をつくり、改善して社会を良くしていくことこそデザイナーの本懐です。「社会を良くする」と聞くと大げさに感じられるかもしれませんが、社会を構成する最小単位はひとりの人間。裏返せば、ひとりの行動が社会に影響を及ぼしているともいえます。もちろん容易いことではありませんが、このスケールの大きさにワクワクしてくださる人とは一緒に楽しく働けると思います。(文/梶谷勇介)