新しい価値を見出し、視点を転換させるデザイナー/アーティストの本多沙映が生み出す世界

「Cryptid」(2022) Photo by Masayuki Hayashi

「Cryptid」を見たときに、一瞬でその世界観に引き込まれた。本多沙映は、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科木工専攻を経て、オランダ・アムステルダムのヘリット・リートフェルト・アカデミーのジュエリー学科で学んだ。2021年に帰国し、現在、日本を拠点に活動している。これまで人工石、人工植物、人造パール、フェイクファーといった人工物を題材に、素材のなかに潜む新しい価値を見出した作品やプロジェクトを発表してきた。それらに通底する独特な世界観は、どのように形成されるのか。これまでの軌跡と、これから挑戦してみたいことを含めて考えを聞いた。

「Tears of the Manmade」(2021)。有機的な形を与えて創造した、「人間の手がつくりだした涙」という作品名の人造パールのアクセサリー。Photo by Lonneke van der Palen

人造パールは、ゆっくりと真珠液の中に沈めて引き上げる作業を何度も繰り返し、膜を積層してつくられる。

家具・インテリアからジュエリーの世界へ

父親は建築関係、母親はインテリアコーディネートの仕事に携わり、家の中には素材サンプルや模型がそこかしこに置かれ、幼少期からよくインテリアショップに連れて行ってもらったりした。そうした家庭環境や体験から自然と家具やインテリアに関心を寄せるようになり、大学は武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科に入学。木工専攻を選択して家具デザインを学び、授業のなかで家具をつくる体験もした。

2010年に卒業後、イデーに入社し、販売の仕事も担当した。同社で扱うスペインのジュエリーデザイナー、マークモンゾの作品に惹かれ、そこからコンテンポラリージュエリーの世界に興味を持つようになる。作品が生まれるまでの発想や思考への興味と、自分の手でつくってみたいという思いから、2013年にオランダのヘリット・リートフェルト・アカデミーのジュエリー学科に留学した。

「Everybody Needs a Rock」の「Shirousagi」(2016)。自身でプラスチックごみなどを収集して熱で溶かし、カットや研磨を施して制作する。Photo by Chizu Takakura

オランダの学校では、ジュエリーの概念をひも解き、リサーチして情報を収集し、思考を深める講義が中心だった。そのなかで貴金属や宝石ではなく、金銭的価値のない素材に対して、どのように価値を引き出すかという授業を体験し、そこからものの「価値」について考えるようになったという。

「プラスチックは近年、悪なものと思われる傾向にありますが、その使い方に問題があるのであって、生活で便利なものでもあります。どんな素材にも価値があり、私はその価値を見出して、人の視点を転換させる作品をつくりたいと考えています。それによって、日常にありふれているいろいろなものに目が留まって見方が変わっていったら、人とものとの関係性も変化していくんじゃないかと思うのです」と本多は語る。

『Everybody Needs a Rock』(torch press、2018)。人工石をつくることになった背景や、プラスチックごみの種類や採取した場所を記録した本。

人工物の価値について考える

3年目の最終学年時に、プラスチックごみと、岩などの自然物が熱によって溶けて固まり生成された石がハワイで発見されたニュースを見たことが着想の源になった。それらは生分解されず残り続け、地層を形成していくと考えられている。遠い将来、地中から発掘される日がくるかもしれない。その石の価値について考え、卒業制作として発表したのが、自身でつくった人工石の作品「Everybody Needs a Rock」だ。その作品がアムステルダム市立美術館にパーマネントコレクションとして所蔵されたことが契機となり、若手育成のための助成金を受けられることになった。

「Everybody Needs a Rock」をつくった経験から、自然物と人工物の境界にある素材への関心が高まり、若手育成プロジェクトで人工植物(造花)や人造パールを題材にその価値を引き出すことに取り組んだ。「まず私自身がその素材のことを知らないとできないと思い、それがどうやってつくられるのかというところに立ち戻って、工場を訪ねて製造過程を見学させてもらったり、出自や歴史など、いろいろなアングルからリサーチしました」と本多は言う。

「Anthropophyta」(2020)。水や光や土がなくても、世界中のあらゆる場所に生息する人工植物の価値について考えた。

愛らしい個性と、不思議な存在感

人工植物のプロジェクト「Anthropophyta」は、オランダの墓地では生花ではなく造花を供える習慣があり、地面に落ちていた葉を拾ったことがきっかけだった。レストランや空港、商業施設の床に落ちていた葉を収集するうちに、生活のなかに多種多様な人工植物が存在していることに気づいた。中国・広州にある人工植物を製造する工場を訪れ、いくつもの工程を経て、多くの人の手がかけられるクラフトマンシップが息づいていることを知った。

そんな人工植物の葉を一枚ずつ切り取り、丁寧に観察して「模倣植物科」「幻想植物科」などの架空の分類名を与え、採取した場所を記録し、起源や歴史を取材・編集して一冊の本にまとめた。本多が収集した葉の中には、製造時の印刷のずれやほつれ、バリが残っているものや自然界には存在しない色や形も含まれる。私たちは普段、飾られている人工植物に気づかずに通り過ぎてしまうこともあるが、ひとつひとつじっくり見てみると、それぞれに愛らしい個性を発見でき、その世界に引き込まれていくだろう。

『Anthropophyta/人工植物門』(torch press、2020)。絵本作家レオ・レオーニが架空の植物を学術論文調にまとめた『平行植物(新装版)』(工作社、2011)からインスパイアを受けて制作した。

本多は2021年に帰国し、日本を拠点に活動を始めた。2022年にはインテリアショップ「リビング・モティーフ」の展示でフェイクファーの作品「Cryptid」を発表した。人工のフェイク素材は、本物の毛皮よりも価値が低いと見なされてきたが、近年、動物愛護の観点からその価値が再注目されている。この作品でも工場を訪れてリサーチを行い、熟練のクラフトマンシップに出会った。製造工程は約70工程にも及び、製品には多くの職人技が凝縮されている。

「Cryptid」は、工場で廃棄されるはぎれを用いて、本多自らがフェルティング技術によってつなぎ合わせて制作したものだ。人工物は、一般的に工業製品のように無味乾燥で無個性なものだが、この作品は動物の毛皮の生々しさとも異なる、命を宿しているような生気が感じられる。本物に似せるための工場の技術の高さだけでなく、本多のひとつひとつはぎれを選び組み合わせる視点や、工芸品のように手作業で制作することも関係しているのだろうか。自然物でも人工物でもない、その間の新種のような不思議な存在感を放っている。

「Cryptid」(2022)。世界有数のフェイクファーの産地として知られる和歌山県高野口の工場を訪れ、リサーチを行った。Photo by Masayuki Hayashi

木という素材への興味

2022年から、本多は母校の武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科の木工専攻の非常勤講師として、家具や木工のコンセプトメイキングやリサーチを中心とした授業を担当している。そこで学生らと対話するうちに、自然の木に対して再び興味が湧き上がってきたという。

「学生時代に学んだ木という素材にもう一度、向き合ってみたいと思うようになりました。人工物のプロジェクトでやってきたように、素材のルーツからたどりリサーチをするなどして、そのものにまつわる物語を調べて編集し、最終的にはプロダクトにまとめてみたいと考えています」。これまで人工物を題材にしてきた本多が、今後、自然の木を相手にどのようなプロダクトをつくるのか楽しみである。

夢の島熱帯植物館の企画展示室では、本多が集めた人工植物の葉を展示する「Parallel Paradise」展が開催されている。

大温室や食虫植物温室には、人工植物が計10種植栽されている。本物と区別がつかないほど、リアルとフェイクの境界の曖昧さが面白い。

日本を拠点に活動を始めてから3年目を迎え、これから新しい分野にも挑戦したいと考えているという。1点ものやアートピース的な作品以外にも、プロダクトや、これまでの経験が活きるような素材やプロダクトのリサーチの仕事などだ。地中の奥深くから発掘される石のように、本多の手によってそれぞれに新しい価値が引き出されていくことだろう。現在、夢の島熱帯植物館21_21 DESIGN SIGHTで作品を見ることができる。実物を間近で見て、本多の創造する世界を堪能いただきたい。End

「Parallel Paradise」(人工植物の作品「Anthropophyta」の展示)

会期
2023年10月15日(日)まで
会場
夢の島熱帯植物館 企画展示室、大温室、食虫植物温室
詳細
https://www.yumenoshima.jp/botanicalhall/exhibition/archive/2278

企画展「Material, or 」(フェイクファーの作品「Cryptid」の展示)

会期
2023年11月5日(日)まで
会場
21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2
詳細
https://www.2121designsight.jp/program/material/ *人工石の作品「Everybody Needs a Rock」や著書も購入可能

本多沙映(ほんだ・さえ)/デザイナー、アーティスト。1987年千葉県生まれ。2010年に武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科を卒業後、2013年からアムステルダムのヘリット・リートフェルト・アカデミーのジュエリー学科で学び、2016年に卒業。その後、国内外でジュエリーやアート作品を発表するほか、コミッションワークも手がける。作品はアムステルダム市立美術館と、アムステルダム国立美術館に永久所蔵されている。2022より武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科木工専攻の非常勤講師、2023年グッドデザイン賞審査員を務める。Photo by Tohru Yuasa