2023年10月27日(金)から29日(日)までの3日間、世界デザイン機構(WDO)が主催する世界デザイン会議(WDA)が開催される。本カンファレンスはその名のとおり、世界中からデザインに関する専門家が集まり、論文発表や基調講演、パネルディスカッションを行うことで後世のデザインのあり方について考えるイベントだ。今回は、WDAの実行委員長を務める⽥中⼀雄にその詳細を尋ねるとともに、同カンファレンスへの協賛として参画したリクルートのデザインマネジメントユニットの部長を務める磯貝直紀に、近代デザインの潮流を聞いた。
WDAとリクルートをつなぐ、亀倉雄策
ーー10月27日から開催されるWDAについて教えてください。
⽥中⼀雄(以下、田中) WDAは、端的にいえばデザインにまつわる総合的な国際カンファレンスです。歴史としては、国際インダストリアルデザイン団体協議会(ICSID)が1973年に京都で開催した「ICSID’73 KYOTO」が1回目、その後1989年に名古屋で2回目が実施されました。今回、東京で実施されるWDAはICSIDの後身である世界デザイン機構(以下、WDO)が主催していて、日本での開催は34年ぶり。デザイン関係者に限らず、人類学やエコロジー、サイエンスの専門家を招いて、デザインの可能性についてそれぞれの領域を横断し、テーマプログラムについて議論します。
ーーリクルートは、なぜWDAに協賛として参画したのですか?
磯貝直紀(以下、磯貝) グラフィックデザイナーの亀倉雄策さんを通じたご縁を感じたのが、今回協賛をしたひとつの理由です。
田中さんからお話のあった「ICSID’73 KYOTO」のポスターは、亀倉さんが手がけました。亀倉さんは1985年からリクルートの社外取締役として参画してくださっていて、当時、リクルートの事業の主軸であった紙媒体のディレクションやサービスのVIなどでお力添えいただいていました。経営にごく近いところにいらしたので、事業の判断に携わっていた場面もあったそうです。さらに「クリエイションギャラリーG8(当時はG7ギャラリー)」やデザイン誌「クリエイション」の発刊などをとおして社内外にデザインの啓発活動を行い、今のリクルートに続く文化の土壌を培っていただいたと感じています。
今でこそデザイン経営という言葉を耳にする機会が増えましたが、リクルートは早い段階で企業文化としてデザインを広義に捉えて、デザイン経営を実践していた企業だったと考えています。現在もアートセンター「BUG」を運営しながら、個人のクリエイターを継続して応援している組織でもあり、そういった活動をより多くの人に知ってもらうために、デザインの可能性に興味のある方々が数多く参加されるWDAに協賛を決めました。
田中 亀倉さんが社外取締役を務めていたというのは画期的ですよね。私は造形的な意匠を主体にしたデザインを「d(スモールディ)」、企画や技術開発などの仕組みや設計にまで踏み込んだデザインを「D(ビッグディ)」と呼んでいるのですが、1980年代は、デザインといえば、まだ世間的には意匠の意味が強く、スモールディが主流の時代でした。でも、リクルートは当時から亀倉さんにビッグディのデザインを一任していたというのは面白い。
磯貝 さらに抽象化していえば、リクルートはサービスを使ってくれる人のことを考えながら事業ドメインを拡大してきましたが、根幹には「社会の『不』を解消したい」という想いがあったのです。課題を見つけ、要件を整理して必要な相手と引き合わせたり、その手助けができる。そうした一連の流れがビッグディ的なデザインなのではないかと。これはリクルートの大きなアイデンティティなので、私としてももっとデザインの可能性を企業として考えていきたいと思っています。
越境するデザインとは?
ーー今回のWDAのテーマについて教えてください。
田中 今回のテーマは「DESIGN BEYOND(越境)」です。現代は人間が史上初めて地球に地質学的影響を与えてしまった「人新世(アントロポセン)」の時代であり、またテクセラレーションの時代でもあります。地球温暖化による気候変動が危機的な状況となっている一方、テクノロジーが私たちの生活をアクセラレート(加速)させて目まぐるしい速さで暮らしを変えています。テクノロジーが我々の生活を便利にする一方で、人知を超えようとするAIとどう向き合っていくかが問われているのです。そして、社会課題や政策にまでデザインが越境し、また多様な専門分野からもデザイン側に越境を起すことによって、明日を拓くデザインを考えていくことがこのテーマの背景にあります。
磯貝 いいテーマですね。私たちのインハウスデザイン組織は「動かすデザイン」というフィロソフィーを共有しています。それは、いかに端麗なビジュアルをつくるか、といったデザインだけではなく、目的に対して物事を動かして価値を生むことを第一にしようという共通の考え方です。
私はデザイナーがプロダクトやグラフィックなど、それぞれの領域に分かれていることに以前から違和感がありました。解決すべき問題や課題があれば、手段はいかようにも選べるほうが自然だと思っています。デザイナーとして関与する人それぞれが事業のフェーズや課題ひとつひとつに対して、ときにフロントでものづくりを行いながら、ときに経営判断的な要件にまで問題を提起しながら、広義のデザインで目的を解決できる組織であれたらいいなと。
実は今回の協賛を決めたもうひとつの理由として、このような“越境”を態度としても示したいという想いがありました。従来のデザイン会議は、インダストリアルデザインに関わりの深い団体によって実施されることもあり、協賛は歴史ある大手メーカーがそのほとんどを占めていた。ですが、私たちデジタルサービスを手がける企業もデザインやものづくりに悩み、取り組んでいることは同じなので、そうした状況に一石を投じるというか、それぞれの橋渡し役になれたら、いい“越境”になるのかなと。翻っていえば、WDAは私たちが普段お会いしないような方々と出会える機会としても貴重なイベントですし、 あらためて学び、考え直す機会として楽しみにしています。
田中 従来のルネッサンス以来の人間中心主義的な考え方ではなく、社会や地球環境に対して、デザイナーがひとつの運動体として多面的に関与していくということ。いわゆるフィジカルなものづくりだけではなく、必要に応じて社会に関与するかたちを変えていく。そうしたことを、経営に組み込んでいく姿勢は、私たちが「Activating Human Society(人と社会の活性化)」と呼んでいることと同じかもしれませんね。
デザイン的アプローチをより身近に
ーーデザインの及ぶ範囲が広がれば、デザイナーに求められる資質も自ずと変化するように感じます。おふたりから見て、現代のデザイナーにはどのような変化を求められていると感じますか。
磯貝 ひっくり返すようですが「目的のために必要なことをする」というDNAさえあれば、大きな変化は必要ないのではないでしょうか。ただ必要なことが、時代や事業のドメインやフェーズによってプロセスが変わるだけなのかなと。自分はグラフィックだから、プロダクトだからと専門性に縛られるのではなくて、目的のためであれば何でもやろうよという姿勢はリクルートのデザイン組織に伝えていることではあります。
田中 デザイン思考は、ユーザー目線に立ち創造的なアプローチで物事を考えようという方法論ですが、デザイナーに限らず、エンジニアやリサーチャーなどほかの職種においても必要とされていることです。私が代表を務めているGKデザイングループも、生活者の解決すべき多様な問題に向き合おうとした結果、事業がさまざまな領域に多角化していきました。例えば、ひとりの人が旅行へ行くにしても、アプリで乗り換え順を検索して、駅で看板を見ながら乗る路線を選んで、空港に着いたら端末でチェックインして飛行機に乗るというように、触れるメディアはそのときどきで分かれていても、一連の流れがある。人はさまざまな事柄と絡み合いながら暮らしているので、デザイナーだから、エンジニアだから、とセクションに分けて考えるのではなく、総合的に考える必要がありますよね。
磯貝 リクルートも就職や結婚、クルマや住宅選びといった生活者のライフイベントに携わる事業を幅広く展開しているので、その先にある人々の暮らしを想像しながら開発に取り組んでいます。求人検索サービスとしてどうか、住居検索サービスとしてどうかといった観点だけではなく、それらをライフサイクルで見たときにシームレスに使用できるかといった総合的な視点は欠かせません。
田中 そういった包括的なサービス視点にいち早く気づいて問題提起できるのは、デザイナーならではかもしれませんね。デザイナーの能力は、多様なものごとを客観化し、構造的に整理し、さらにそれを視覚化する能力をもっています。それは、いわゆる造形能力とは別のもので、仕組みのデザインともいえます。今回のWDAでは、そのリーチをさらに政策にまで伸ばして考える場にできればと思っています。デザイナーは、政策の条文そのものはつくれなくても、人々が求め政策が向かうべき方向性を示すことが出来ます。これは、科学技術の方向性の提起においても同じです。つまり「仮説提示力」こそが、デザインの大きな能力であると思います。
磯貝 私たちが今取り組んでいることも、まさにそうです。私自身、リクルートのサービスは行政サービスやインフラのようなものだと思って携わっているので、デザイン、ひいてはサービスをとおして社会にどれほど貢献できるかがとても大事ですし、それこそ意義のあることだと考えています。(文/梶谷勇介)