理想の糸を求める京都のフィールドリサーチ、最終回はwe+の安藤北斗が担当します。改めてご紹介するのは、第一回でご登場いただいた与謝野町の安田織物さん。養蚕を手がける傍ら、自社独自の「からみ織り」の技術で、高品質なシースルーの生地を生産しています。
からみ織に、糸が構成する宇宙を見る
からみ織りは、隣同士の経糸(たていと)を交差させ、そこに緯糸(よこいと)を通すことで、生地に隙間をつくる技術。もっとも大きな特徴は透けることにあります。織り方によって生地の密度を変えることができ、一枚の生地のなかで、表面と裏面の透け具合を調整することが可能だそうです。通気性が抜群で、その特徴から主に夏場に着られる着物に使用されます。お坊さんの法衣として使われることも多く、シルクの特性である肌にくっつきにくい点で重宝されています。糸と糸が複雑にからみ合っているため、ハリがあり、耐久性も高く、サラッとした肌ざわりでシャリ感も抜群です。
一般的な平織りの構造は、「経糸を上げるか、下げるか」を設定し、上下させた経糸の隙間に緯糸を通すので、経糸緯糸は基本的に水平垂直に織られますが、からみ織りは経糸同士が平行にならず、隣同士の糸がねじれ、からみ合った隙間に緯糸が通ります。
安田織物の三代目、安田章二さんにからみ織りの構造を丁寧に説明してもらったのですが、織り方の概念が難解すぎるうえ、実際に織っている織機のスピードが速すぎて、どうしたらこんな織物ができるのか、まったく理解が追いつかなかったというのが正直なところです。からみ織りはその複雑な組織構造のため、比較的ゆっくり織られると予習していたのですが、そんなことはお構いなしにガッチャンガッチャンと大きな音をたてながら高速で織機が動き続けていました。
戸惑いながらも、織り上がった生地を持参したルーペで観察すると、びっくり仰天! 確かに経糸同士がねじれるようにからんでいて、その中に緯糸が複雑に入り組んでいます。無数の糸の交差によって生まれる模様がグラフィカルで、糸の密度によって白色のグラデーションも生まれている。一本の糸の流れを目で追いかけてみると、奥に行ったり手前にきたり、立体感が感じられます。「すげぇすげぇ」と唸りながら、時間を忘れてずっと眺めてしまいました。
ふと安田さんの顔を見上げると、ニヤッとして「実際に拡大して観察しても、織り方は想像できないよね」とのこと。全くその通りです。このパターンを織機にプログラムするだけでも、工程が複雑すぎることは想像に難くないですし、実際に3,000から4,000本もの経糸が織機に巻き上げられ、その指示通りに織り上がることもすごい。安田さん曰く、織機自体は他の機屋さんと同じものを使っているが、その仕上がりの製作図ともいえる紋紙も自社で作成していて、100%社内で完結する生産体制をとっているからこそ、難易度の高いからみ織りを実現できるとのことです。
養蚕に始まり、あまりに複雑なからみ織りの生産まで。糸の可能性を無限に引き出す安田さんの探究心は、同じつくり手として頭が下がる思いです。
緯糸の違いだけで異なる風合いとテクスチャーが生まれる
同じく連載の初回に登場していただいた田勇機業代表の田茂井勇人さん。糸づくりはもちろん、ジャカード機による丹後ちりめんの生地も生産しています。京丹後市の繊維産業のなかでも最大規模の会社です。
ひじょうに充実した設備を有する工場をぐるぐる巡ると、ところどころに興味深い看板があります。
「撚糸作業注意事項」と書かれたこちら。「糸を大切に叮嚀(ていねい)に糸屑を作らぬ事」から始まる十二箇条です。残念ながら専門用語と旧字体の壁にはばまれ、書いてあることの半分も理解できませんでしたが、糸づくりに対する並々ならぬ情熱を感じ取ることができます。
「撚数表」。糸を撚る回数を図説した表です。撚りの左右方向や回転数が異なる糸の組み合わせによって、織り上がる生地の肌触りは全く異なるそう。何十年も前から掛けられていたであろうこの類の看板は、いかに糸づくりが古くから変わらない根源的な産業であるかを示す資料として、とても印象的でした。他にも「品質三原則」や「魂のふれあう力、高く掲げん安全の旗を」で締めくくられた六項目にわたる「安全章」などが、工場内のさまざまな場所に掲げられています。
こちらは整経と呼ばれる、糸枠に巻き取られたそれぞれの糸を、経糸として織機に仕掛けるためにまとめる工程の一部です。床板に糸が巻かれたボビンを直接置くと、整経機を止めたときに糸が垂れ下がり、床板とボビンの隙間に糸が入り込んで切れてしまうことがあるそうです。その対策として砂の上にボビンを埋めているとのこと。砂の上に置かれたボビンから一本一本の糸を丁寧に引き出して、大きなロールにまとめられます。百本を超える糸が一気に巻き上がるさまは、ひとつのインスタレーション作品ともいえるくらい、圧巻で息を飲む光景です。一見相反する糸と砂のプリミティブな組み合わせもクールで、この作業場に入った瞬間に思わず一同が「お〜」と叫んでしまうような空間でした。
田勇機業では、テキスタイルデザイナーの須藤玲子さんのテキスタイルの生産も多く手がけており、「KYOTO ITO ITO Exploring Tango Threads―理想の糸を求めて」展で発表する新作もちょうど試作しているところでした。
田勇機業さんの敷地内の庭からインスピレーションを受けたというテキスタイルは、赤の「玉砂利」と緑の「松葉」の二種。どちらも経糸の組織は同じなので、サンプル段階では一台の織機でまとめて制作しています。表面に見られる縫い取り部と呼ばれる、白い糸がゆったりとループ状になっている箇所をハサミでカットすることで完成します。
二種の生地は同じシリーズですが、緯糸の材料が異なります。拡大した写真をご覧いただければおわかりの通り、緯糸は縫い取り部の白い糸と、赤もしくは緑の糸で構成されていて、玉砂利(赤)の緯糸は「駒糸」と呼ばれる、通常は経糸に使用される二本の絹糸を合わせて緯糸にしています。ハサミで縫い取り部を切って精練すると、クルクルと撚りが戻り、玉砂利のような表情が生み出されます。一方の松葉(緑)では、間伐材を使用して和紙をすいてつくった「木糸和紙」が緯糸として使用され、手触りはよりざっくり。ハサミで切ると糸がツクツク立ってきて、手を当てると松葉を触っているような質感です。強撚糸と和紙という緯糸の違いだけで全く異なる風合いとテクスチャーになるとても奥深い手法です。クルクルになったり、ツクツクになったり。生き物と接しているかのような感覚になりました。
さて、全4回にわたってお届けした、デザインスタジオwe+の理想の糸を探す旅は今回で終了となります。お付き合いいただき、ありがとうございました。10月5日(木)から始まる「KYOTO ITO ITO Exploring Tango Threads−理想の糸を求めて」展では、フィールドリサーチで伺った丹後エリアの職人さんの全面バックアップのもと、養蚕・製糸・製織といった絹織物ができるまでの各工程を「糸」にフォーカスしながらご紹介します。we+が、各地の現場で見て、触れて、感じたことを追体験していただける内容になっていますので、ぜひお越しください。
「KYOTO ITO ITO Exploring Tango Threads−理想の糸を求めて」
- 会期
- 2023年10月05日(木)〜2023年10月30日(月)10:00〜19:00
- 会場
- NEUTRAL/堀川新文化ビルヂング(京都府京都市上京区皀莢町287)*入場無料
- 詳細
- https://horikawa-shinbunkabldg.jp/rental-space/