関西のデザインのボトムアップに尽力する、プロダクトデザイナー江口海里

「KOSEN」(2023)

江口海里を初めて知ったのは、四角柱にひねりを加えた有機的なフォルムのペン「Serpentinata」だった。シンプルなデザインのなかに躍動感と力強さを感じ、印象深く思っていた。江口は、京阪神に多い町工場とのプロジェクトをはじめ、多彩なプロダクトデザインの仕事に携わっている。事務所1階にデザインギャラリー「Page Gallery」を構え、自主企画イベントCOMPOSITIONなどを展開。今後、ショップ機能を持たせることも計画中だ。若手支援やネットワークづくりにも積極的に取り組み、関西のデザインのボトムアップに尽力する。その考えに至った経緯と、これからの展望を聞いた。

Serpentinata」(2020)。Page Galleryのオリジナルプロダクトとして開発し、大阪中之島美術館のミュージアムショップでは限定色を販売。DFA Design for Asia Awards2020(香港)受賞。

プロダクトデザインを学び、その世界へ

父親はシルバーアクセサリー作家で、母親は七宝焼きなどの工芸を行い、幼少期から両親がいつも家で手を動かし、ものをつくる姿を見て育った。自身も立体物をつくるのが好きで、レゴブロックに夢中になった。大阪市立工芸高等学校、大阪市立デザイン教育研究所へと進学し、いずれもプロダクトデザインを専攻。なかでも工業デザインに興味を抱いたが、学校教育ながら厳しい制約があったため、次第にその縛りが窮屈になり行き詰まりを感じるようになった。

2000年にイタリアの建築家でデザイナーのエットレ・ソットサスの作品を展示会で見たことが転機となった。80年代に展開したデザイン運動「メンフィス」で手がけた、あらゆる制約から解放された自由な発想によるアヴァンギャルドな作品で、「デザインには、こんな世界もあるのか」と視野が一気に広がった。卒業後、メーカーを経て、2002年にデザイン会社に再就職し、家電製品、スポーツ用品、カーナビゲーションGUIなど、多様なプロダクトデザインの経験を積んだ。

「Sakamichi choco」(2021)。大阪市浪速区の「松福堂」の新ブランド「OJIGI N STYLE」と共同開発。坂道のような傾斜をつけ、厚みの違いによって食感や風味が変化する。

そのデザイン会社でイタリアのミラノサローネの視察に訪れる機会が2度あり、サローネサテリテに出品する同世代の姿を見て触発される。江口はそこに出品するなら、デザイナーとして独立して勝負したいと思い、会社を退職して2008年に大阪市内に事務所を立ち上げた。副業はせず、デザインの道一本でいくと心に決めて、ノウハウもわからないまま営業を始めた。最初に一緒に仕事をしてみたいと思ったのは、京阪神に多く、素晴らしい技術を持つ町工場だった。だが、その年に起こったリーマン・ショックの余波を受けたところも多く、断られるばかり。それでもくじけずに60社にコンタクトして何とか1社の仕事を掴んだ。

やがて事務所の経営が少しずつ落ち着いてきた頃、満を持してサローネサテリテに2011年に初出品し、その後も2015年、2016年と続けて実験的な家具や照明を発表した。2017年には、エクスペリメンタルクリエイションズなど、フオーリサローネに3カ所出品。学びや経験、反響も得られ、そこで個人の作品づくりはいったん休止し、クライアントとともに世界で勝負できるプロダクトをつくりたいと思うようになった。

「KOSEN」(2023)。大阪府東大阪市の摂津金属工業所と協働したスチール製家具ブランド。インテリア ライフスタイル2023に初披露し、反響を得た。

内在する力を引き出す

その後、医療機器やアロマディフューザー、ソーダーメーカー、靴べら、グラス、ペン、豆乳のボトル、チョコレート、アクセサリーなど、多彩な仕事に取り組んでいる。今から4年前の2019年に2度目の転機が訪れた。クリエイティブネットワークセンター大阪 メビック主催のイタリア研修旅行への参加がきっかけだった。コーディネートを担った批評家・アーティストの多木陽介から、戦後、イタリアの近代デザインの礎を築いたカスティリオーニ兄弟、ブルーノ・ムナーリ、エンツォ・マーリなどの話を聞き、多木の著書『アキッレ・カスティリオーニ 自由の探求としてのデザイン』(アクシス、2007)を読み、実際にカスティリオーニのスタジオを訪れ、ムナーリのワークショップを体験したなかで、ひとつの気づきがあった。

「もの自体に内在する力を見極め、なるべく無理なく負荷をかけずに引き出し創造したものは、社会をより良くすることにつながるという、往年のデザイナーたちの考えを学びました。それに深く共感し、自分が本当に目指すべき方向性が見えたような気がしました」と江口は言う。ツアー後に開発した「Serpentinata」のペンは、江口の熱量が伝わってくる、まさにものに内在する力を引き出したデザインである。これは従来の大量生産大量消費ではなく、デジタルファブリケーションを用いて必要な分だけ生産し、替え芯を交換できるというものでサステナブルな精神も息づいている。そして、今年発表したスチール製家具ブランド「KOSEN」は、自分が目指しているデザインに、さらにもう一歩近づいた手応えを感じたという。

大阪のPage Gallery(2023年10月1日より、WELD DESIGN STOREとして新たにスタートする)。

2023年7月に大阪のPage Galleryで開催した第5回COMPOSITIONの展示は、「FLOAT」をテーマに9組のデザイナーがモビールを制作。同月、東京のTIERS GALLERYで巡回展を開催した。

事務所1階にデザインギャラリーを開設

そうしたデザイン活動の一方で、2018年に事務所を移転した際に、1階にPage Galleryというデザインギャラリーを開設し、自主企画イベントCOMPOSITIONなどを展開している。COMPOSITIONは、関西在住の若手デザイナーの創造性を研鑽するプロジェクトとして、江口がテーマを設定し、参加デザイナーが可能性を模索、検討したプロセスと成果を発表するというものだ。その目的として、若手支援と関西のデザインのボトムアップがある。

「僕が独立したときは28歳で、右も左もわからず、仕事を得るまでに本当に苦労しました。そのときにこういう場があったら良かっただろうなと思うんです。自主イベントのCOMPOSITIONには、フリー、インハウスデザイナーに限らず、自分も参加したいという声が多く寄せられ、ものをつくって発表する場が求められていることを改めて感じました。企業ではダブルワークができる環境が整いつつありますし、一方で学生や独立してデザイナーとして活動したいと考えている人の足がかりにもなればという思いもあります」と江口は語る。

伝統工芸士の戸谷祐次のために開発した、福井県の越前打刃物のブランド「癶(HATSU)」(2023)。上から、洋包丁のエッセンスを加えた汀(みぎわ)、伝統的な形状の八角と丸の3種のハンドルの包丁をデザイン。

東京に比べて、大阪にはデザインギャラリーやデザインショップが少なく、デザインイベントは生まれては消えてという繰り返しでなぜか長続きせず、近県との連携イベントもあまりない。また、デザイナー同士のつながりはあるが、それぞれが点で活動している。そうした状況を変えていきたいと、江口は考えている。

そこでPage Galleryは、今年の10月1日にWELD DESIGN STOREに名前を変え、今後もギャラリーとしてはもちろん、イベントがないときにはクライアントワークで制作したもの、つながりをもったデザイナーの作品を販売するショップとして機能させ、デザイナーやつくり手の考えをフリーペーパーのような紙媒体を制作して発信するなど、彼らの拠り所になるような場にすることを計画中だ。

「YOKI SAUNA」(2023)。兵庫県丹波市の廃校を活用したウッドヴィラ「心楽 -SHIGURA-」に併設するプライベートサウナのデザインを手がけた。間伐材を活用し、循環をコンセプトにしている。

デザインとは、状況をより良くしていくこと

近年、各地に拠点を構える人が増えているが、やはりそれぞれが点の活動でしかなく、そんな彼らからもその状況を何とかしたいという声をよく聞く。そうした点を線で結び、さらにその輪を広げていくためにはどうすればいいか。「デザインというのは、状況をより良くすることだと僕は考えています。大きな変革でなくても、今の状況を1ミリでも良くすることができたら、それは小さな成功だと思っています」と江口は語り、現在、まずは大阪で同じ志を持って活動する人々と話し合い思案しているところだ。

今秋は、DESIGNART TOKYOとオランダのダッチ・デザイン・ウィークで多彩なデザイナーとともに出品を予定している。江口の考えに共鳴するものを感じた方は、ぜひ足を運んで話をしていただきたい。End

DESIGNART TOKYO「+ STORIES color design exhibition for future plastics」

会期
2023年10月20日(金)〜29日(日)11:00-19:00(※10/20オープニングパーティ 18:00〜)
会場
エスコルテ青山
詳細
未来に向けて、よりソーシャルフレンドリーでロングライフなプラスチックのあり方を、オーケー化成と4人のプロダクトデザイナー(秋山かおり、福定良佑、吉田真也、江口海里)が共創した取り組みを展示。本展のディレクターを江口海里が務める。

WELD DESIGN STORE

オープン
10月1日(日) 12:00〜19:00(オープニングパーティ 17:00~)
詳細
KAIRI EGUCHI STUDIO Inc.が運営するセレクトショップ。潜在的な価値(Value)と新しい価値(Value)をデザインでつなげることをコンセプトに、KAIRI EGUCHI STUDIO Inc.がデザインを担当したプロダクトをはじめ、ゆかりのあるデザイナーの商品も販売。詳細はInstagramにて。

江口海里(えぐち・かいり)/プロダクトデザイナー、ディレクター。1980年大阪生まれ。2001年大阪市立デザイン教育研究所デザイン学科プロダクトデザインコース卒業。コンピュータサプライメーカー、デザイン会社を経て、2008年にKAIRI EGUCHI DESIGNを設立。工業デザインを中心に、商品企画、ロゴ、パッケージ、ウェブ、の他、スタートアップや町工場の自社商品開発支援などを行う。ポッドキャスト「デザインシテン」でパーソナリティを担当。JIDA正会員(2021-2022関西ブロック長)。