東レが誇る人工皮革「ウルトラスエード」
「禅」の世界の“◯”を巡る2024-25秋冬コレクション

1970年の誕生時に「アダムとイヴのイチジクの葉以来、世に出たもっとも画期的な素材」と評されて以降、さまざまな業界のクリエイターに愛されてきた東レを代表する人工皮革「Ultrasuede®(ウルトラスエード)」。そのファッション向け最新コレクション「Ultrasuede® Collection Autumn Winter 24-25」が2023年7月に披露された。テーマは「円相(えんそう)」。始まりや終わりのないこの言葉に込められたのは、自と他の調和や日本独特の美意識、持続可能な未来に向けた東レの決意だという。

最新コレクションで向き合ったのは、禅の心と伝統への畏敬の念

レーザー加工とパーフォレーションを用いて、水面の波頭と水の泡を表現した「24AW-65」。Photos by Haruki Kodama

素材メーカー・東レによる最先端の繊維技術が結集したスエード調人工皮革「Ultrasuede®(以下、ウルトラスエード)」と銀面調人工皮革「Ultrasuede® nu(ウルトラスエード ヌー。以下、ヌー)」において、2024-25年秋冬のファッション向けコレクションが発表された。

テーマは「円相(ENSOU)―”Ending Beginning”」。禅の世界における悟りや真理、宇宙などを映し出した一筆描きの“◯(円)”を意味するこの言葉には、空、風、火、地を含む世界全体が体現されている。そんな言葉をテーマに据えたのは、混迷を極めるこの時代だからこそ己との対話によって他を慈しみ、万物とのつながりをおもんぱかる重要性を感じたからだという。

手捺染(てなせん)を施した「24AW-62」。職人の手で何層も重ねて刷られたエッジの立った細かい柄表現が魅力だ。

そんな今季コレクションでは、40色以上の展開をみせた前年のコレクションと比較して大きく色数を制限。漆器の深い色を思わせる漆黒や朱、青磁のような浅い青緑、苔むす庭園のくすんだ緑など、約10色からなる繊細で深みのある色が選び抜かれた。

「24AW-74」は一筆描きの柄をコード刺繍で立体的に表現。リサイクルのテープを使用しているため、位置によってランダムにグレーやブラックの色が現れる。撮影素材: 上から「24AW-74」「24AW-77」「24AW-76」。

日本古来の自然観によってもたらされる独特の美意識はこうしたカラーバリエーションのみならず、テキスタイルのグラフィックにも色濃く投影されている。うねる波の「青海波(せいがいは)」や広がる「扇」、三角形で構成された「鱗」、円を重ねた「七宝」など、伝統的な文様を彷彿とさせるパターンが、落ち着いた色合いのテキスタイルに美しく調和している。

また、特殊な刺繍技術やキルティング、箔やパーフォレーション(パンチング)などを駆使して「印伝(いんでん)」や「根来塗(ねごろぬり)」「縮布(ちぢみぬの)」など伝統的な工芸品の手法を現代風に再現したものもあり、表現豊かだ。そのどれもが同じ素材からつくられているとは思えない多様な質感を展開している。

天然皮革を凌駕した素材特性を持つ、人工皮革のウルトラスエード

撮影素材: 「24AW-76」(上)と「24AW-02」

1970年に誕生したウルトラスエードは、その名のとおり天然皮革(=本革)のスエード生地を模倣したもの。スエードとは、牛や山羊などの動物から採取した皮の裏側(毛が生えていない方)を短く毛羽立たせたもので、滑らかで美しい反面、汚れがつきやすいなどの欠点がある。人工皮革のウルトラスエードは、見た目や風合いは天然と遜色なく、それでいて天然よりも軽くて通気性が高くメンテナンス性にも優れているため、ファッションやファッション小物のほか、自動車や航空機の内装、インテリア、モバイル機器のケースやアクセサリー製品など幅広い領域で採用され、世界中のあらゆるハイエンドブランドから支持され続けてきた。

そして2015年、天然皮革の銀面(ぎんめん/毛が生えていた方)の再現にも成功。このヌーによって東レが目指したのは、銀面の仕上げ方法のなかでも革の質感をそのまま活かした「アニリン仕上げ」のクオリティだ。透明感のあるこの仕上げ方法には傷が少ない高品質の皮が必要不可欠だが、極細繊維から成る人工皮革を基材とするヌーは、上質な天然皮革だけが持つ美しい質感を見事に複製してみせた。

ウルトラスエードやヌーは天然皮革が持つ質感や風合いに到達しただけでなく、技術革新によってもたらされたその高い機能性はもはや天然の素材特性をしのぐ。今季のコレクションでひときわ異彩を放つ特殊加工のシリーズでは素材の真価が最大限に発揮され、驚くほど緻密で複雑な意匠を実現した。

変革を続ける素材の新たな挑戦:植物由来原料100%への転換

きらめきを帯びた「24AW-45」は鉱物が自然にひび割れた様子と光沢を箔で表現している。撮影素材: 「24AW-45」(前面)と「24AW-65」。

石油産業に次ぐ“環境汚染産業”ともいわれる繊維・アパレル産業において、地球環境の問題解決に向けた取り組みは喫緊の課題だ。15年に採択された「パリ協定」以降、気候変動への実践的なアプローチが世界中で加速し、19年の「ファッション協定」ではヨーロッパを中心とした150もの繊維・アパレル企業が、地球温暖化を食い止めるための具体的な目標に向けて約束を取り交わしている。

コロナ禍を経て消費者の購買意識も大きく変化しており、畜産によって発生する温室効果ガスの排出量を懸念して天然皮革の人気は減少傾向にある。その影響もあってウルトラスエードをはじめとする人工皮革や、合成皮革(いわゆる合皮)からなる非動物性の「ビーガンレザー」に高い関心が寄せられているのだが、その実どちらもポリエステルをはじめとする石油由来の原料を用いているものがほとんど。つまり現状としてはほかの繊維産業と同様、環境に高い負荷を与え続けている。

撮影素材: 「24AW-15」(奥)と「24AW-45」。

そうした事実を踏まえて東レが注力するのは、従来の石油由来原料から植物由来原料への切り替えだ。これによって植物性のビーガンレザーの量産を目指す。15年から、ウルトラスエードやヌーのベースとなる「基幹ポリマー」のバイオベース(植物由来)化を進めており、サトウキビの搾りかすや非食用のトウゴマの油を原材料とした植物由来30パーセントのテキスタイルのほか、100パーセントリサイクルPETを使用したテキスタイルをすでにいくつもラインナップ。22年には、ANAの特別塗装機「ANA Green Jet」のヘッドレストカバー用に100パーセント植物由来のポリエステルを使用したヌーの生産を実現するなど、量産に向けて着実に歩みを進めてきた。

和文様的な扇が連なるイメージを柄にした「24AW-72」は、刺繍カ所と余白部分の調和によって個性的で豊かな奥行きをもつ。撮影素材: 「24AW-72」(奥)と「24AW-6」。

これまで廃棄していた植物の絞りかすなどを活用することによって環境負荷を低減し、“責任ある製品づくり”に全力を尽くす東レ。今季のテーマである始まりも終わりもない“◯”の形に込められたのは、これまでのような大量生産・大量消費の経済システムから脱却した循環型社会の実現と、持続可能なものづくりへの固い決意でもあるのだ。(文/阿部愛美)