台湾・ロマンチック台三線をゆく
——食とデザイン編

台北から高雄に向かう台湾新幹線は、26分で桃園、40分後に新竹に到着する。桃園には国際空港があり、新竹は、理系の大学やIT企業が集中する台湾のシリコンバレーだ。
そこに台三線が通る。伝統と新しさが共存するこの地域で、8月27日まで開催されているロマンチック台三線芸術祭。アートだけでなく、客家の食文化と村をデザインでどう活かすかという試みを紹介する。

第二回ロマンチック台三線芸術祭のポスター。客家文化を代表する産物をモティーフにしている。柿、廟、石虎、ウンカが噛むことによって甘い味になる東方美人茶、桂竹が、ファラビボ(彩りが多く美しい)に表現されている。©️ロマンチック台三線芸術祭

客家のアイデンティティーを探すという芸術祭

ダイバシティやSDGsという言葉を聞かない日はない。正直に言うと、これが本当に多様性や持続可能な開発につながるのだろうかと首をかしげるものもかなりある。しかし、多様性といわれる時代に現れた、ひとつ、ひじょうに興味深い事象がある。

それは今まであまり注目されなかった、または征服されたり政治やその他の理由により地図上で姿を変えた国々の、マイノリティーの文化が再発見されていることだ。

そのほとんどは、実は再発見されるものではなく、現代の生活において、さまざまな形に姿を変えながらも脈々と流れているものである。そんな地下鉱脈を掘り当てる作業が最近多くなってきたように思う。

客家という言葉もここ数年多く耳にするようになり、人々の関心を集めている。客家とは広辞苑によれば「中国の広東省を中心に南東部の諸省において、かつて華北から南下移住してきた漢族の子孫として、他の漢族や少数民族とは区別されてきた集団。独特の習俗を保ち、言語も独自の方言をなす」人々だ。客家、つまりよそから流れてきた人々であり、また「東洋のユダヤ人」とも称されており、まわりとの軋轢もあったのだろう。

そんなところから客家としての出自を隠す傾向があったのかもしれない。とりわけ台湾においては国民党政権の意向もあり、客家語を話すこと自体が抑えられていた。そうした客家の人々のアイデンティティーを再発見したいというのがこの芸術祭の目的のひとつである。

台湾最大手の旅行会社、ライオントラベルが運営する無料シャトルバスで客家の村をめぐる。ところどころに芸術祭のポスターを見る。オリジナルの交通安全のお守りも持っていざ出発。

食文化とデザイン

筆者が今まで見聞きした客家のイメージは、勤勉を旨とし女性が働き者である、子孫繁栄を願い教育熱心、手先が器用といったところだろうか。それともうひとつ、倹約家ということがあげられる。料理においてもさまざまな食材を無駄なく使う。客家料理というのは世界各国にあり、その場所場所でかなりの違いがあるが、共通する特徴としてあげられるのが、乾物、薫製、漬物を多用することだ。

これは客家が住んでいる場所の地理的条件、天候の関係から、農作物の収穫時期が限られていたためで、採れた食材を有効に使うよう保存食が発達した。客家委員会、主任委員の楊長鎮氏によれば、こうした保存食のことを彼らは「スローファーストフード」と呼ぶという。じっくり熟成させて、しかし時間をかけずにさっと食べられる料理という意味だろう。

今回の芸術祭では、これらの料理を現代的にアップデートし、若い人にも手に取って味わってもらおうという試みがされた。これが芸術祭の「飲食実験計画」である。

伝統的な客家料理

レストランの食卓。クロスや椅子の張地は客家の工芸品としてポピュラーな牡丹や桐をモティーフとした花布。日本の花柄の影響があるという。料理はそれに比して地味な色合い。発酵食品やセンソウゼリーなど黒っぽい色合いのものが多い。一見すると単色で正直あまりおいしそうに見えないが、実は味は単調ではなく、一皿ごとに深い味わいが広がる。

芸術祭で、「彩りが多く美しく」なった食品

©️ロマンチック台三線芸術祭

地元飲食店が提供する芸術祭限定メニューのほか、客家の特徴的な食材を使い清新なパッケージデザインの食品を開発し、台湾ファミリーマートで販売している。保存食である客家の料理を、レトルト食品や缶詰など、現代の保存食で蘇らせているところが興味深い。


これもファミリーマートで販売している芸術祭オリジナルデザインの「クラシック・タイワン・ビール」。かわいいパッケージの外側とは違い、中身は苦味の残る大人の味のビール。アルコール分4.5%の軽さで、喉が乾いたときに冷やして一気に飲みたい。

ファミリーマートのイートインコーナーと、何種類もの芸術祭オリジナル食品を並べてある棚。

「漬物ジャー柿瓶Cii Jar」

客家の伝統的な漬物をいれる容器をStudio Shikaiが開発した。柿をかたどりていねいにつくられたガラスの美しさもさりながら、見た目よりも容量があり、安定感もあって、使いやすい。

客庄(客家村)へのデザイン導入

さて、食だけではなく客庄とよばれる客家の住む村にデザインを導入し、客家の歴史や文化的記憶を掘り起こすということもこの芸術祭では行っている。

「曉江亭(シャオジャンティン)Laundry Co-op」

©️ロマンチック台三線芸術祭

ここにはバス停の横に、伯公廟(バッコンビョウ・客家の寺廟。土、木、水、石など万物に魂があるとする信仰)と、洗衫坑(シーシャンコン)がある。洗衫坑とは灌漑用水路をつかった客家の伝統的な屋外共同洗濯場のこと。

暑い日が続く客家の村では、女性たちは早朝に洗濯を済ます習慣があった。そこはまた、冷たい水で洗濯をしながら井戸端会議をする社交の場でもあり、日々のお祈りの場でもあった。デザインチーム「無氏製作」と「同心円製作」は、水辺の環境を整え、昔の生活習慣を復活させている。

©️ロマンチック台三線芸術祭

本型パッケージの中身は石鹸。

「客家廟の読み解き方」

伝統的な信仰の場である客家廟のエクステリア、インテリアデザインに手を加えることによって、普段通い慣れて来る人だけでなくさまざまな参拝客を呼び込もうとする試みも行われた。

「無制設計」と「吾然文化」は、竹東(ジュードン)の信仰の中心である恵昌宮(フゥイチャンゴン)の、採光の方法や供物台のディスプレイを変えた。薄暗かったお堂のなかに光が入り込み、信仰の場であるという神聖さはそのままに、誰もが訪れたくなる場所が誕生した。また廟の外の古い別棟にファサードをつけ、軒下に5人がけのベンチを設置。狭いが、ちょっとたたずむことのできるスペースになった。

©️ロマンチック台三線芸術祭

客家廟には祖霊に食べ物のお供物を欠かさないという「㧡飯(奉食)文化」がある。これはその当番表。

ところで、この旅行で印象的だったことのひとつに、新竹のバーがある。深夜まで人の流れの絶えない、この古くて新しい街の、世界各国の料理店が密集する場所に、20代・30代が多く集まるオーソドックスなバーがあった。そのバーでずっと日本の80年代シティポップが流れていたのだ。


芸術祭で配られていた印刷物。写真、数字、繁体字、アルファベットのバランス感覚に優れたグラフィックデザイン。

そこにデ・ジャブ感はなく、2023年の新竹の夜と、日本の80年代シティポップが、まったく新しい夜のシーンをつくりあげていた。たぶん、そこで流れている音楽がボサノヴァでもシアトルジャズでも、またもしかしたら今年の台湾のロックでもあんまりしっくりこなかっただろう。23年の新竹の夜には他にものは考えられない程、80年代シティポップがぴったりとはまっていた。

その後しばらく、竹内まりやの「プラスティック・ラブ」という歌が頭から離れなかった。曲の最後にあるAnother morning comes. というフレーズが象徴するように、人間の営みというのは、過去の産物がシンクロナイズしながらも、新しい時代へ向かっていくものなのかもしれない。(文/AXIS 辻村亮子)End

犬は木陰で丸くなる、新竹の夏

2023 第二回ロマンチック台三線芸術祭(浪漫台三線芸術季)Romantic Route 3

場所
台北、桃園、新竹、苗栗、台中
展示エリア
● 台北エリア:松山文創園区 台湾デザインミュージアム
● 第1展示エリア:龍潭、関西、竹東、横山、北埔、峨眉
● 第2展示エリア:三湾、南庄、獅潭、公館
● 第3展示エリア:大湖、卓蘭、東勢
会期
2023年6月24日〜8月27日
展示時間
作品によって異なりますので公式サイトをご確認ください
公式サイト
https://www.romantic3.tw/jp/
主催
客家委員会、桃園市政府、新竹県政府、苗栗県政府、台中市政府
交通案内
桃園、新竹、苗栗、台中から無料シャトルバス運行