REPORT | グラフィック
2023.07.26 18:00
4年ぶりのロンドン開催
5月7日から10日まで、イースト・ロンドンで第61回D&ADアワードの審査会が開かれた。D&ADアワードは、後にペンタグラムを創立したメンバーらによって1962年に立ち上げられた、世界最高峰のデザイン広告賞だ。世界中から著名なデザイナーやアートディレクターが集って行われる審査の厳しさには定評があり、毎年ロンドンの地で熱い議論が交わされる。
コロナ禍では3年間にわたってオンラインでの実施だったため、4年ぶりの開催となった今年の審査会に、AXIS編集部が訪れた。
イースト・ロンドンは、以前は移民や労働者が多く治安が良い地域ではなかったものの、五輪を機に再開発が進み、アートやファッションなどの最新カルチャーが生み出され、若いクリエイターが集まる地域になっている。今回の会場は、そんなイースト・ロンドンに位置するThe Truman Breweryだ。元々はビール工場だった建物がリノベーションされ、さまざまなイベントが行われている。
アワードを支える徹底した審査
審査会には世界各国から304名の審査員が集まった。審査部門は伝統的なグラフィックデザインやブックデザイン、写真や映像、タイポグラフィー、近年エントリーが増えているブランディングやデジタルなど40部門に及ぶ。今年のエントリー作品は過去最高のおよそ3万点、日本からは500点余だったという。オンラインで一次審査が行われ、全体の12%程に絞られた作品が「ショートリスト」としてロンドンでの本審査に進んだ。
受賞作品はD&ADのアイコンでもある鉛筆マークで表され、賞のレベルは鉛筆の色で分けられている。銅賞に当たる「ウッドペンシル」、銀賞に当たる「グラファイトペンシル」、金賞に当たる「イエローペンシル」、そして最高賞の「ブラックペンシル」の順だ。
D&ADで決まっている審査基準は3つある。
1.革新的なアイデアか?
2.優れたエクスキューションか?
3.パーパスに合っているか?
この基準に常に照らし合わせて審査は進行していくが、点数制ではないのが大きな特徴だ。審査員もつくり手も世界中から集まるため、それぞれの文化的背景や解釈が異なるなか、最終的に受賞作品を決めるところまで全員の話し合いで行われる。意見を出し合い、納得いくまでとことん話し合う。この熱量こそがD&ADの審査が厳しいと言われる所以であり、世界最高峰のアワードであり続ける理由なのだろう。
審査会は非公開だが、少しだけ様子を覗くことができた。D&ADで最も代表的なグラフィックデザイン部門では、イギリスの巨匠デザイナーであるネヴィル・ブロディが今回の審査員長を務めた。ポスターや冊子などの作品を手に取りながら、使われている紙や表現方法について審査員同士で意見が交わされていた。一方でデジタルやブランディングなど、実物の作品ではなくデータで作品を見ていく部門では、ひとつの画面を審査員が囲み議論を進めていた。
各部門でどのような議論が行われたのか、4部門の審査員長にインタビューを行った。
まずはブランディング部門審査員長のジム・サザーランドに、審査の模様から普段の仕事まで話を聞いた。
基本から展開する
サザーランドはロンドンに自身のデザインスタジオ、Studio Sutherl&をもち、自然史博物館やスコットランド国立博物館など、イギリスを代表する施設や団体、プロダクトのブランディングを手がけるデザイナーだ。
ブランディング部門は今回、応募作品が全部門のなかでも3番目に多い826エントリーだった。その膨大な作品を3日間かけて審査した、その内容を振り返ってもらった。
——長時間にわたる審査会、お疲れさまでした。
本当に大変でしたが楽しめました。審査員のバランスもメンバーも素晴らしく、お互いにそれぞれの考えをしっかり聞くことを心がけていたので、ひじょうによかったです。
——イエローペンシルが7作品出ました。印象的な作品はありましたか?
アボリジニのアイデンティティに関するプロジェクト「We Are Warriors」が印象に残っています。
アボリジニの民族を語るデザインは世の中に溢れていますが、これまでの典型的な表現は本来の姿を見せていなかったのに対して、この作品は本質を表現したデザインでした。審査員にオーストラリア人がいたので、デリケートな物差しで見ることができました。純粋にロゴタイプだけをつくるなど、対象が狭い作品が多いなかで、いろんなアプリケーションにコミュニケーションを展開していて、全体が上手く構成されていました。
——デザイナーに求められることがひじょうに広くなってきていますね。
今はオンラインや映像やSNSなど、展開する先が明らかに広がっていて、それらを無視することはできなくなっています。たとえ小さいロゴであっても最初に見た美しさがイメージにつながるので、高い技術で素晴らしくデザインされたロゴやアイデンティティなどが、これまでと変わらず絶対的に必要です。つまり基本を抑えつつ、そこから広げていくことが大切なんです。
構成要素をチューニングする
——ジムさんは、ウィンブルドンのリブランディングというひじょうに興味深いプロジェクトも手がけられています。
ウィンブルドンは歴史のある、そして高貴な、世の中に愛されている特別なブランドなので、あまり積極的に変化を求めてはいません。ですからリブランディングの定義をまとめるのが難しかったです。
結果としては、リブランディング後もそんなに印象は変わらないと言われることが多いですが、それをあえて意図的にやったプロジェクトでした。あまり大きな変化を求めることが正解ではない、というところからスタートしているので、もともとの色や形などの使い方を変えることで新しい印象をつくるように意識しました。
——伝統的なブランドに、既存の要素を使って新しい印象をもたらしたのですね。
同じく歴史ある子ども向けの靴のメーカー、Start Rite(スタートライト)のリブランディングは、昔からの双子の子どものキャラクターを外したいという企業からの依頼でした。ただ、双子というエレメントは生かすべきだと思い、ブランド名のなかにある、ふたつの「R」を使ってタイポグラフィーで双子の子どもを表現しました。
ウィンブルドンのときは、新しい要素を増やしてはいけないという考え方で要素の使い方を変えていたのに対して、スタートライトではキャラクターという要素をタイポグラフィーに乗せて違うものにしました。基本的には同じですが、ブランドによって要素のチューニングを変えているんです。もちろん既存の要素を全部捨ててゼロからつくることを求められることもあるので、プロジェクトによって異なリます。
文脈に合ったテクノロジー
——今回の審査会で見えた課題はありますか?
ここ最近は、新しい技術の進化に伴って新しいデザインがどんどん出てきているなかで、新しい技術を見せたいというだけのデザインも多くあるように感じています。例えばバリアブルフォントは可能な表現が広がっているけれど、はたして本当にそこまで必要か、という問題もあります。それよりは新しい技術を使っていなくても、シンプルなアイデンティティやロゴが、きちんと文脈に合うかたちでデザインされている方が今は重要です。新しいからという理由だけで新しい要素に飛びつくことは危険な気がします。
——テクノロジーをうまく使っている作品もありましたか?
イエローペンシルを受賞した、ミラノの交響楽団のための作品「Milano Orchestra Sinfonica」です。ロゴがアニメーションや音楽とリンクして動くのですが、文脈がきちんとしていて、新しいテクノロジーが良く正しく使われていますよね。
また、デザインとソーシャルの関係性も悩ましい問題です。最近は世の中的にソーシャルであることがすごく意識されているのですが、ソーシャルのためにデザインが使われてしまっているようなことも起きています。もちろんソーシャルなことにも応えながらいいデザインができれば理想的ですが、デザインよりも課題が優先されるような傾向が感じられるんです。必ずしもすべてのデザインがソーシャルと結びついている必要はないと個人的には思うので、どう切り分けて、どうバランスをとっていくべきかということは、今回のアワードに限らず悩んでいます。
☞「D&ADアワード2023審査会レポートvol.2」では、クリエイティブ・トランスフォーメーション部門審査員長のKESIKIの石川俊祐さんと、インパクト部門審査員長のクワメ・テイラー=ヘイフォードさんのインタビューをお届けします。
(文・写真/AXIS 鳥嶋夏歩)