台湾・ロマンチック台三線をゆく
——アートキュレーション編

今年の夏は暑い、と毎年言っているが、気温だけでなく行動の規制が解かれ、人の流れのエネルギーも増え、より熱い季節が到来している。そんな2023年の夏、ロマンチック台三線芸術祭が開催されている。
この芸術祭は19年に第1回を催し、今回が2回目。8月27日まで2カ月以上にわたり、台湾の省道(日本での国道)、台三線(たいさんせん)に沿った150kmの長さに、91のアート作品と、食やデザインのプロジェクトが展開する。

芸術祭開催とともにオープンした、客家文学花園芸術祭サービスセンター苗栗センターに置かれた高さ6m程の「望郷」は、今回の芸術祭のシンボルともいえる作品のひとつ。

キービジュアル。第2回のテーマは、花啦嗶啵(ファラビボ・Falabidbog)。客家語で、彩りが多く美しいという意味だが、その感覚とロードトリップが表現されている。©️ロマンチック台三線芸術祭

ロマンチック台三線芸術祭は、台湾政府の下部組織である、客家委員会が主催している。客家とは、広辞苑によれば「中国の広東省を中心に南東部の諸省において、かつて華北から南下移住してきた漢族の子孫として、他の漢族や少数民族とは区別されてきた集団。独特の習俗を保ち、言語も独自の方言をなす」ということになる。

インタビューに応えてくれた客家委員会、主任委員の楊長鎮氏によると、台湾ではつい最近まで自分が客家だということを表明する人はあまりいなかったという。そもそも台三線という、樟脳や石炭、お茶を運んだくねくね道自体が、今まで忘れられがちな場所だった。

漢民族のなかで、もっとも遅く台湾に移住してきた客家の人々は、沿岸や山地にはすでに先に住んでいる人がいたため、その中間である浅山に居を構えることになった。このエリアを南北に貫く道が台三線だ。言い換えれば台三線は、台湾の客家というエスニックを象徴する場所である。

2023年第二回ロマンチゥク台三線芸術祭の開催地域。展示場所は3つのエリアに分かれている。どこに何があるのかをあらかじめ調べておかないと目的のものに辿りつくのは難しい。

自身も苗栗県出身の客家である楊氏は、この大型イベント開催の目的は、国として地元の経済を盛り上げたいということはもちろんだが、それ以上に、客家人の文化的象徴をつくり上げたいと意気込みを語る。

台北、松山華山文創園区で行われた6月22日の開幕式に出席した蔡英文総統。蔡英文も、元総統の李登輝も客家の出身である。

それでは、まず台三線芸術祭のアート作品から見てまわろう。展示テーマは「浅山を行く人々」。7カ国55組のアーティストが参加した。特徴的な土地なので、かなりの時間をかけ現地の特性を知ったうえで創作されたものがほとんどだ。

芸術祭の舞台は、日常の生活が営まれている客家の村。

「一生懸命」というユニットによるインスタレーション。


©️ロマンチック台三線芸術祭, 藤木植人, 山冶計画  撮影:徐詠倫

台湾中油は、台湾の石油元売最大手の国営企業で、ここ「出礦坑」は清の時代に原油を採掘していた油井である。原油運び出しのためのレールをのぼりつめた頂近くに医務室に使っていた小屋があり、これはその中での展示。

樟脳は、クスノキの葉や根、枝を蒸留してできる精油で、台湾、特にこの地域の重要な産業のひとつであり、大きな利益をもたらした。樟脳と聞くと防虫剤のイメージが強いが、薬としての効能は多岐にわたり、アロマとしても珍重されている。作品は、その樟脳の原料であるクスノキをマテリアルにしており、定時に樟脳の香が噴霧される。汗をかいて登ってくると、部屋の中の冷気とともに、清涼な香に一息つける場所にもなっている。

「眠れる少年」 陳湘馥

作品の前に立つ作者の陳湘馥

ひまわりの咲く、緑の野原にある赤い祠と白い幻獣。祠は、地元の人がお祈りに訪れる土地神を祀った伯公廟で、真っ白い鱗に覆われた流線形の動物はセイザンコウ。緑のなかに白い幻獣がいるこの野原の風景は、まるで夢のなかにいるようだ。が、しかし。この美しい野原、実は蚊や蟻がいて、刺されるとかなり強烈なので要注意。ゆっくりと眠ってはいられない。夢はすぐ覚めるものなのだ。

「望郷」 廖建忠

イリオモテヤマネコと同じ緯度に生息する同じ石虎(タイワンヤマネコ)は、イリオモテヤマネコと同じベンガルヤマネコの亜種で個体数500匹程度といわれており、この地域にのみ生息する。100匹しかいないイリオモテヤマネコと同様、絶滅危惧種である。英語名がLeopard catと表記することからわかるように、ヒョウ柄のネコである。

廖建忠の石虎は成猫ではなく子猫のプロポーションをしており、自分の生まれ育った浅山の景色を振り返りみつめている。故郷の風景のなかに消え入りそうな猫の姿は、目、鼻、口が表現されていないのに、その姿にはそこかとない悲しみが漂っていて、見る人にいとおしさを感じさせる。

「台湾泥足」 久保寛子

望郷と同じ敷地にある。作風や、モティーフはぜんぜん違うのだが、石虎と足はふたつが同じ風景内にあることで、お互いをより強く印象づけている。
シャンシャン鳴くセミの声がする、強い日差しの野原に下ろした、たくましい緑の足。素材は、農業で使う網と支柱で組み立てられている。

「橋を架ける」 張幼欣

©️ロマンチック台三線芸術祭, 藤木植人, 山冶計画  撮影:徐詠倫

日本統治時代の南埔小学校校長の宿舎だった日本式家屋。座敷に碁盤と、地元の草木染めの座布団が置かれている。畳縁はタイヤル族の麻織物。部屋に入ると、この近くにある3つの集落のさまざまな人々が語る物語の声が聞こえてくる。土地が今まで歩んできた歴史に想いを馳せることになる。

「Palianytsia(パリャヌィツャ)」 ジャンナ・カディロワ

©GALLERIA CONTINUA

海外からの出展作品も多いが、これもそのひとつ。ウクライナの作家の作品で、戦火のキーウから逃げた山間部の河原で拾った石だという。削ったり着色して加工することなくそのままでパンに似た形態のものを探し出し、スライスしたものだ。

パリャヌィツャは、ウクライナ語で「丸いパン」を意味する。発音が難しいので、ウクライナ人か敵国の人間かを見分けるために使った言葉でもある。またウクライナでは、訪ねてきた人にパンを出してもてなすという習慣があるそうだが、ここに出されているのは、形はパンでも食べることのできない石である。

この芸術祭が大きいのは地理的な規模だけではない。いわゆる「芸術祭」としてアーティストが作品を展示するだけでなく、客家の文化の特徴を大きく担っている「食」に注視し、芸術祭オリジナルの商品を企画・開発し、台湾でも店舗の数が多いファミリーマートで販売までしている。また客家の村、客庄に「デザイン導入」するという3ジャンルから成り立っている。これら3つの分野は別々に切り離すことはできないし、数も多いのですべてを網羅することは無理だが、アート作品に次いで、食とデザインについても紹介しよう。(文/AXIS 辻村亮子)End

台「3」線をもっと知りたい場合は、この動画もご覧ください。

©️ロマンチック台三線芸術祭

2023 第二回ロマンチック台三線芸術祭(浪漫台三線芸術季)Romantic Route 3

場所
台北、桃園、新竹、苗栗、台中
展示エリア
● 台北エリア:松山文創園区 台湾デザインミュージアム
● 第1展示エリア:龍潭、関西、竹東、横山、北埔、峨眉
● 第2展示エリア:三湾、南庄、獅潭、公館
● 第3展示エリア:大湖、卓蘭、東勢
会期
2023年6月24日〜8月27日
展示時間
作品によって異なりますので公式サイトをご確認ください
公式サイト
https://www.romantic3.tw/jp/
主催
客家委員会、桃園市政府、新竹県政府、苗栗県政府、台中市政府
交通案内
桃園、新竹、苗栗、台中から無料シャトルバス運行