共創時代の新たなインハウスデザイナー像とは?
日立製作所、パナソニック、ソニーデザインコンサルティング
とKOELによる4社座談会

左からソニーデザインコンサルティングの金田紗季、パナソニックの中川 仁、KOELの田中友美子、日立製作所の赤司卓也。Photo by Takahashi Manami

NTTコミュニケーションズのインハウスデザインスタジオのKOELが、さまざまな組織のインハウスデザイナーとともに考える「インハウスデザイナー3.0」の最終回は、日立製作所パナソニックソニーデザインコンサルティングから共創の実践者が集結し、KOELのヘッド・オブ・エクスぺリエンス・デザインの田中友美子と座談会を実施。インハウスデザイナーを取り巻く環境の変化やインハウスデザイナーならではの面白さ、そして、変わらないものとは? 4人の対話から、共創時代の、新たなインハウスデザイナー像が見えてきた。

変わりつつあるインハウスデザイナー

田中 これまで2回にわたって、「インハウスザイナー3.0」をテーマにゲストとともに議論してきました。1回目は「課題そのものを問い直す」「組織を超えて周囲を巻き込む」、2回目では「相手の文脈に共感したうえで、ビジョンを可視化、プロトタイプする」といった話も出てきました。3回目は、インハウスデザイナー3.0に求められる「共創」をテーマに各社で実践している方々に集まってもらいました。共創の時代においては、一緒にプロジェクトに取り組むメンバーは変わってきましたよね。

赤司 そうですね。エレベーターのデザインを例に出すと、20年前は日立の開発のメンバーと一緒にプロダクトデザインをやっていましたが、ITによるサービスがエレベーターに加わり、社内の製品企画や事業企画とも働くようになりました。さらに、エレベーターを含む街づくりに事業領域が広がると、社外に出て、行政の人たちなどもプロジェクトに参加するようになりました。

中川 パナソニックでも、デザイナーはプロダクトデザインだけでなく、商品企画段階から入ることが増えたり、今ではコミュニケーションデザインを担ったりするようにもなりました。最近では、ありたい事業の未来像の言語化、あるいは可視化の局面で経営層にデザイナーが伴走する機会も増し、活動の幅がますます広がっています。

田中 共創時代には、どんな課題に対しても打ち返せるスキルの幅の広さや、相手の文脈に乗る共感力も大切ですが、そこでは深い軸足が欠かせません。例えば、体験を設計できるとか、これだけは誰にも負けない領域を持つといったことが重要です。

中川 デザイナーが社内のさまざまなプロジェクトに参加するには、得意な領域があってこそ。軸足があるからこそ、あらゆる人々と対話ができるんだと思います。

赤司 結局のところ、生活者の価値や幸せにこだわりきれるかという軸は変わらないですね。日立には、これまで収集、蓄積してきた社会の変化の兆しを活用して、生活者視点で未来の社会像を導く際に使用する「未来洞察カード」というツールがあります。これらを使ってビジョンをデザインしていますが、本質的にはプロダクトデザインとほぼ同じだと感じることがあります。元来、デザイナーは人々の生活をずっと見てきたというわけです。

金田 デザイナーは常に、目に見えないものを見ようとしてきました。その姿勢が、共創時代にも求められると思います。ソニーデザインコンサルティングは社会課題解決に取り組んでいるスタートアップ企業、非営利法人や個人事業主の方をサポートする「I-OPEN プロジェクト 22」を、特許庁やさまざまな専門家とともに進めてきました。そのメンタリングのプロセスでいちばん大切だったのは、目に見えない「ひとりひとりの事業の裏にある思い」でした。

田中 インハウスデザイナー1.0は、色、柄、形。2.0は、デザインシンキングで問題提起のプロセスなどもデザイナーが担うようになったことを感じています。そして、3.0は、自社だけでなく社外に広がって共創できるデザイナーだと考えています。ものごとを具現化する力も、1.0、2.0にかかわらず、インハウスデザイナーが担ってきた強みですね。

▲左から順に
金田紗季(かなだ さき) ソニーデザインコンサルティング デザイナー
2006年ソニー(現、ソニーグループ)入社。プロダクトコミュニケーションや、「エクスペリア」のカラーデザインなどを手がけ、2015年よりコミュニケーションデザイナーとして新規事業立ち上げなどを担当。20年9月より現職。
中川 仁(なかがわ ひとし) パナソニック デザイン本部 戦略統括室 主幹(兼)トランスフォーメーション デザインセンタープロジェクトデザイン部 部⻑
1999年松下電器産業(現パナソニック)入社。BtoB事業の戦略構築、企画提案などシステムデザインを経て2001年よりAV機器などのプロダクトデザイン担当。20年発足のデザインR&DチームFLUXのリーダーとして未来構想や組織横断デザイン業務を牽引。23年4月より現職。
田中友美子(たなか ゆみこ)/KOEL ヘッド・オブ・エクスぺリエンス・デザイン
英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート、インタラクションデザイン科修了。ノキア、ソニーなどの企業でデバイス・サービス・デジタルプロダクトのデザインに携わり、ロンドンのデザインファームMethodでデザイン戦略を経験後、2021年1月より現職。
赤司卓也(あかし たくや)日立製作所 デザインスタジオチーフ・デザイン・ストラテジスト
2003年日立製作所入社。プロダクトデザインを担当し、07年より金融サービス、ウェブサービスをはじめとする情報デザイン、サービスデザインに従事。10年ビジョンデザイン領域を立ち上げ、幅広いビジョンデザインプロジェクトをリード。22年10月より現職。
Photo by Takahashi Manami

インハウスデザイナー同士が行き来する未来

金田 インハウスデザイナーにとって、自ら外に出て、人に出会うというアクションも大事です。会社を一歩外に出たときに困っている人が現れたとして、その目の前の人に寄り添いながらちょっとずつ挑戦して、自らのスキルを拡張できるんだと思います。

田中 KOELは、各社のインハウスデザイナーが参加するコミュニティをつくって、定期的にメンバーが集まる会を開いています。インハウスデザイナー同士で話すと、同じような悩みを抱えて、似たような思いを持っていることに面白さを感じています。

中川 昔は、インハウスデザイナー同士が集まるコミュニティはありませんでした。しかし今では、転職した社員が戻ってくることの抵抗感も薄れています。インハウスデザイナー同士が、企業を超えて行き来できるようになるといいですね。

赤司 私たちの共創拠点であるLumada Innovation Hub Tokyoはデザインシンカーのためのコミュニティでもあって、異業種の人だったり、クライアントやパートナーも含めて人と人をつなぐ仕組みがあります。デザインシンキングのトレーニングプログラムと認定制度をセットで持っていて、例えばSEがやって来て、カスタマージャーニーマップをつくってクライアントと議論が成り立つ経験を積んでもらうなど、クリエイティブワークの体験や実践ができる場所です。

金田 ソニーデザインコンサルティングもまた、ミッションとして、デザインの力を社外に活かし、その可能性を拡げることを目指し、さまざまなお客様のお手伝いをさせていただいています。ソニーのインハウスで学んだことが生きていると感じます。

日立が収集、蓄積してきた社会の変化の予兆を活用し、生活者視点で未来の社会像を導く「未来洞察カード」を用いたワークショップの様子。ワークショップでビジョンを描き、バックキャストで事業を検討するなど社内外との共創に用いる。

ソニーデザインコンサルティングは、「I-OPENプロジェクト22」を通して、特許庁I-OPENプロジェクトチームメンバー、有識者、専門家とともに、社会課題解決に取り組むスタートアップ企業・非営利法人・個人を伴走支援。

中川 社会に出て直接、社会貢献するのが次のインハウスデザイナーの姿だと思います。パナソニックのデザイン本部は、自社のデザインプロセスに則ったワークショップを通じて、2023年4月に開校した高校の校章をつくる「KAIKEN PROJECT」を行いました。京都にデザイン部門のオフィスができて4年経ったこともあり、そろそろ地域への恩返しをしないといけないということで、地域貢献の取り組みを始めています。

田中 共創の時代のデザイナーに必要なのは、どんなお題に対しても興味を持てる好奇心と、自分の信じる方向に流れを向けて整える力、だと言えますね。

パナソニックのデザイナーが高校生らとのワークショップを通じて、2023年4月開校の京都市立開建高等学校の校章をともにデザインした「KAIKEN PROJECT」。

KOELがビジョンデザインとして実施する、少子高齢化が進む日本の未来に生きる人々の暮らし方を探索する未来洞察のリサーチプロジェクト。2年目のテーマは「豊かな町のはじめかた」として、地方創生における必要要素やインサイトをまとめた。詳細情報はKOEL noteに掲載。

インハウスデザイナーの醍醐味とは?

中川 KAIKEN PROJECTでは、生徒に加えて、先生や教育委員会の人たちの変化も感じ、大きな手応えがありました。ただ、社会貢献だけではお金にならないのもまた事実で、今後は、社会貢献で始まった取り組みをパナソニックだからできる事業に発展させることが必要です。そうすることではじめて、社会貢献など社外での活動を持続できると思います。

赤司 デザインの価値をいかにお金に変えていくか。私たちももがいていて、答えはありません。でもそこに手を付けるしかなくて、それもインハウスデザイナー3.0に必要なことなのかな?

田中 どうやって値札を付けて、売っていけるか。だからこそ、プロジェクト自体にやりがいを感じないと、そういうプロセスには耐えきれないですよね。

金田 デザインへの期待は高まっていると感じています。デザイナーやデザイン組織自体が、社会におけるデザインの価値や役割を再定義する必要があって、そのプロセスの一部に値付けという要素があると思います。

中川 正直、ファシリテーションやサポートといった業務だけでは、「たいしたことをしていない」と言われることがあります。社内でも社外でも価値が認められて、その価値をお金に変えるというのが次のステップです。

田中 社外に飛び出すとともに、インハウスでやる意義もありますよね。

赤司 そうですね。さっき話したように、ワークショップ時にあらゆるエキスパートを揃えられるのはインハウスデザイナーやインハウスデザイン組織だからこそ。必要なメンバーを揃えてオーケストレーションするのがインハウスデザイナーの醍醐味です。

中川 大規模なプロジェクトを手がけられるというのもメリットですね。もしかしたら、KAIKEN PROJECTの先に、教育委員会の人たちと一緒に教育を変えることや、学校の仕組みを変えることに取り組むなど、大きな影響力を備えたプロジェクトが生まれるかもしれません。だからこそ、もっと多くのつながりを持つことができれば、さらに面白いことができると思っています。

田中 インハウスデザイナーとして、自分たちで値段を付けるのも、社会貢献活動のような先行投資とも言える活動も、両方必要なんだと思います。難しいのはそのバランスで、ビジネスなのか探索や研究なのかを、組織としても個人としても問い続けることが大切です。社会に対する長期的な視点で、その両方を見れるのは、インハウスのデザイン組織だからこそだと思います。これからも企業の枠を超えてコミュニティに参加いただいた方々と一緒にこのテーマを考え続けていきたいですね。

対談を終えて

すでに活躍の場を社外や社会に拡張しつつある大企業のインハウスデザイナーとの対話を通じ、「組織の枠組みを飛び出し自らアクションを起こす」「ビジネスと探索の両輪をバランスよく回す」といった新たな行動が浮き彫りになった。一方で、「生活者の価値や幸せにこだわり続ける」という、インハウスデザイナーならではの変わらない姿勢も垣間見ることができた。

3回の対談を終えた今、当初仮説として描いていたインハウスデザイナー3.0のイメージは、より具体的な姿として立ち現れてきたように思う。それを示したのが上の図だ。これは、われわれが現時点で得た気づきを反映したものであり、これらの要素がすべてというわけではない。インハウスデザイナーは、時代とともにその役割を変化させ、求められるスキルを拡張し続けていく存在だからだ。

社会課題など手がける領域が広がるなか、1社で解決できることは限られている。共創時代の今だからこそ、企業や組織の枠組みを飛び出し、インハウスデザイナー同士が横のつながりや連携を活かして課題を共有し、未来を探索していく必要性を強く感じている。(KOEL・田中友美子)

文/廣川淳哉 

※この記事はKOEl DESIGN STUDIO by NTT CommunicationsとAXISの企画広告です。

本記事はデザイン誌「AXIS」224号「シン・宇宙時代」からの転載です。