REPORT | プロダクト / 展覧会
2023.06.16 10:33
デンマークを拠点に活動するデザイナー、セシリエ・マンツの個展が東京都内の2カ所ーー高田馬場のBaBaBaと東日本橋のmaruni tokyoーーで開催中だ。「TRANSPOSE――発想のめぐり」と題し、マンツのデザインプロセスを試作と新作を通して伝えている。
2018年、パリのインテリア見本市「メゾン・エ・オブジェ」でその年の傑出したデザイナーに与えられるデザイナーオブザイヤーに選ばれ、フリッツ・ハンセン、フレデリシア、ムート、バング&オルフセンといったデンマークのメーカーはもとより、エルメスをはじめとするインターナショナルブランドからも製品を発表。名実ともに今を代表するデザイナーのひとりと言えるのがマンツだ。
しかし、当初からデザイナーを目指していたのではなく、もともとは画家になりたかったと彼女は振り返る。それでも、なぜ“もの”がその形になっているのか、つくり方や素材、色に対する興味が尽きることはなかったとも語る。
そんな彼女が、デザインのうえでどのような思考を巡らせているのか。展覧会では、今でもテクノロジーやコンピュータに任せることなく、手と目で確かめながら模型をつくって検証し、発想が形になるまでのプロセスを可視化している。BaBaBa会場が「有田の記憶」「創作の現場」「新しいアイデア」「食事の風景」、マルニ木工ショールームであるmaruni tokyoが「A Hint of Colour」をテーマに、二会場をつなげて構成する。
マンツがデザインの意識を抱いた原風景は、幼少期、陶芸家の両親とともに訪れた有田にあるという。「有田の記憶」では、その頃、有田で見つけた陶片をはじめ、父と母の作品、そして後年、彼女が百田陶園とともに製作した有田焼のティーポット&カップ、それが完成に至るまでのドローイング、紙の模型、試作で構成される。なかには華美な絵付けのないシンプルな形の陶片もあるが、数百年前につくられたと教えてもらわなければ、近年の製品だと思うほど時代を感じさせない。こうしたタイムレスな磁器を前に、マンツは様式を排除し、カップをはじめとする百田陶園との「CMA Clay」コレクションをつくり上げたのだろう。
「創作の現場」は文字通り、さまざまなプロジェクトのためのスケッチ、試作、模型が並び、つくっては更新する、コペンハーゲンにあるマンツの事務所を東京に運んできたような展示だ。オーディオ機器メーカーのバング&オルフセンのスピーカーの横には、数や配置の異なるグリルのパンチングホールのサンプルが並ぶ。音質は空気の波動で決まるため、パンチングホールの数や配置は何度も検証された。
また、マルニ木工のためにデザインした「EN」チェアの試作も展示されている。マンツは椅子のデザインをすでに20年近く手がけているそうで、座面の高さ、快適な背もたれの角度といった大方の数値は把握している。それらを基点につくり手の技、自らの考える美しいフォルムを頭の中でビジュアライズしていくプロセスだという。前脚の内側を平坦ではなく、丸みを持たせて切削したり、シートレイルの下にわずかなアールを与えたのは、構造上は必要ないが、造形として美しいと考えたからだ。
筆者が最初にマンツを取材したのは、10年前の2013年夏。彼女がジャパン・クリエイティブのリサーチのために岩手県のホームスパンの工場を訪れた際のことだった。デザイナーとして関わる仕事は家具だけでなく、セラミック、オーディオ機器、ガラス、テキスタイルと幅広いが、扱う素材とそのつくり手の技の本質を見極め、極限までその特性を引き出そうする姿勢は、かつてと変わらないように映る。
彼女は4月に開催されたミラノデザインウィーク中、エルメスからも木の椅子を発表している。マルニ木工と同じ木製の椅子でも、つくり手それぞれの強み、価値に光を当て、エルメスではレザー加工の技を存分に引き出すことで同社でしか実現できないデザインをつくり上げていた。
一方、maruni tokyoの展示「ア・ヒント・オブ・カラー」では、「EN」チェアの新たなカラーバリエーションの発表に合わせて、マンツが日頃から世界各地で収集している色のサンプル、それも人がつくり出したさまざまな立体物を公開している。マンツは、立体の表面の色が光を受けたときにどのように見えるかといった点を重視する。パントンの紙の色見本ではなく、人工物や自然界の造形を含めて、オブジェとしての色を集めている。会場にはマンツがこれまでデザインしてきた製品とともに、その色のヒントとなった製品、例えば巻き尺や電灯用のソケット、砥石といった身近な日用品が展示された。
展示には、木、ガラス、アルミニウムといった素材のサンプルも含まれる。素材ごとの色のトーンがあり、その違いによってニュアンスや見え方が大きく異なることに気づかされる。また、色はデコレーションではなく、機能の一部であることを説く展示もある。製品づくりにおいて、形と素材と色が破綻なく噛み合うためのデザイナーとしての深い探求がうかがえる内容だ。
「TRANSPOSE 発想のめぐり」
- 会期
- 2023年5月20日(土)- 6月30日(金)水曜休
- 会場
- BaBaBa(東京都新宿区下落合2-5-15)
- 詳細
- https://bababa.jp/ceciliemanz/ceciliemanz/
「TRANSPOSE 発想のめぐり -A Hint of Colour」
- 会期
- 2023年5月25日(木)- 6月30日(金)水曜休
- 会場
- maruni tokyo(東京都中央区東日本橋3-6-13)
- 詳細
- https://www.maruni.com/jp/topics/post-40407.html