スマートフォンひとつあれば、今日必要な情報はすぐ手に入る……。新聞・本を読むこともめっきり減った。本なんて、図書館なんてもういらない。……なんて思っているあなた。ちょっと待って。 人類の歴史とともに歩んできたといわれる図書館は、このまま黙って絶えることはない。今静かに図書館の逆襲が始まっています。この連載では、そんな国内外の図書館の姿をおみせしましょう。
人口4万人の地方図書館
まず最初の1回目はフィンランドから。キルッコヌンミ図書館、別名フィユリを紹介しましょう。フィンランドを初め緯度の高い北欧は、冬長く寒いこともあって、屋内の公共空間が贅沢です。そのなかでも図書館建築には注目すべきものが多いといえるでしょう。
スウェーデンのストックホルム市立図書館、ノルウェーのヴェンラ図書館、フィンランドではヴィープリの図書館(ヴィボルグ市立図書館)、2018年に国の独立100周年を記念したヘルシンキ中央図書館Oodiなど新旧とりまぜ図書館建築の傑作が数々ありますが、コロナ禍のあいだにまたひとつ。新しい公共図書館が誕生しました。それが、キルッコヌンミ図書館「フィユリ」です。
キルッコヌンミはフィンランドの首都ヘルシンキから、西へ30キロほど離れた人口4万人程度の地方自治体です。今はヘルシンキへの通勤者が多いベッドタウンですが、石器時代に描かれた岩絵が発見されているほど、古くから人類が住んでいたとか。
街の一部は第二次世界大戦後はソビエト連邦の占領下におかれ、1956年にフィンランドに返還されたという歴史を持っています。軍事上の重要な拠点となっていますが、その特徴ある地形は美しい自然でも知られています。フィンランドならではの森や湖、そしてバルト海を渡る渡鳥でも有名な場所です。
キルッコヌンミの中心には、中世に建てられた石造りの教会と、市が開かれる広場があって、そのまわりに街が形成されています。図書館はちょうどその教会の横にありますから、街の核に位置しています。
家の外にあるリビングルーム
この図書館は、ヘルシンキをベースとする、建築、インテリア、家具、グラフィックデザイン及びアートを手がける建設設計事務所のJKMM Architectsが、2020年10月というコロナ禍のなかで完成させた面積4,700平方メートルの地方図書館です。
1980年代に建てられたコンクリート建造物をリニューアルしたものですが、リニューアルといいながらもそれまでの図書館と比べると面積が2倍に増えています。展覧会や公演のためのスペースが新設され、1階にある閲覧室は、新聞や定期刊行物が読めるだけでなく、そこはカフェでもあります。図書館という機能だけでなく、活気に満ちた多目的な街の文化の核として生まれ変わったのです。
建物を見たときに何より目につくのが銅でできたファサードでしょう。魚の鱗のように抑揚のある表面が図書館を覆っていますが、JKMMは隣の教会と図書館のつながりを強調し、教会の中庭に面して50メートル長の庇のあるテラスをもうけ、人が集まりやすい広場となりました。また内部にはいると柱状のフレームワークから、間接的な自然光が差し込み、まるで木漏れ日のようなパターンが映し出しされます。
別名を持つ公共図書館
フィンランドでは、ヘルシンキ中央図書館Oodi(オーディ)、セイナヨキ図書館はApilato(アプラト)と、図書館が別名の正式名称を持つものが多くなっています。ひとびとの生活に入り込み親しまれているが故だと思いますが、それだけでなく○○(地名)図書館という名だけではあらわせない、多目的な共用施設として機能していることも理由のひとつかもしれません。
こうした別名は公募して人気のあるものに決めることが多いそうです。キルッコヌンミ図書館の「フィユリ」という名前は、スウェーデン語で灯台を意味するそう。なるほど。図書館としてだけでなくカルチャーの灯火をともす場所なのでしょう。
「図書館は、もはや本一辺倒のものではありません。複数のチャンネルを通して知識や経験をシェアする場となっています。この現象は、これまでの図書館の姿を変えました。現代の図書館は、インスピレーションを得たり、新しい事柄を学んだり、まったく別の活動をしたり、またはそれらを一緒にする場となっています。しかし公民館とは似て非なるものなのです。だからフィンランドの人々は、今日、図書館をみんなのリビングルームと呼んでいるのです」と、JKMM の創設メンバーのひとりテーム・コルケラは語っています。(文/AXIS 辻村亮子)