デンマークと日本を拠点に活動するmok architects。
永く愛される豊かな空間を目指して

House of Seasons」(2018)

mok architects(モック・アーキテクツ)は、森田美紀と小林優が共同主宰する建築・デザイン事務所。デンマークのコペンハーゲンを拠点に活動し、建築家という肩書きのもと、空間設計をはじめ、家具や照明といったプロダクトデザインまで幅広く手がけている。日本でのプロジェクトも増えていて、東京にも事務所を開設する予定だという。今春、一時帰国した森田にこれまでの歩みを振り返りながら、建築・デザインに対する考えや今後の展望を聞いた。

「House of Seasons」(2018)。レストランと研究所が併設されたホテルの構想。春夏は季節限定の料理を、秋冬は研究を行いたいというシェフを迎え、新しい可能性を探求する料理でもてなす「シェフ・イン・レジデンス」を展開する。

人をケアするための建築やデザイン

森田美紀は、京都に生まれ大阪で育った。祖父がリウマチを患い、また遺伝性の病のために自らも罹患する可能性を知り、最初は医者を目指し祖父を治療できればと考えた。しかし、この病は長年研究されているが今も原因がわからないことを知り、祖父が生きている間に治療法を見つけることの難しさを感じた。そんなある日、祖父の家に手すりが設置されることになった。

「その手すりが家にそぐわなくて、もっと考えられたものだったらいいのにと思いました。また、タンスをつたいながら歩く祖父の姿を見て、もしかしたら家具や建築の一部が人をケアするものになるかもしれないと思い、そこから建築やデザインなどの形の持つ力に興味を持ち始めました」と森田は語る。

「ニードルチェア」(2016)。布を縫う針のように、スポークをテキスタイルに通すことで柔らかくしなやかな背もたれになる。Collaborate with Eva Fly

人の暮らしに関わることや、人をケアするための建築やデザインについて学びたいと思い、大阪市立大学居住環境学科に入学。同大学に福祉学科があったことも、志望した理由のひとつだった。

3年生のときに福祉大国の北欧へ、バックパック旅行を体験した。だが、実際に住んでみなければわからないことがあると感じ、卒業後、2012年からデンマーク王立芸術アカデミー建築学校に留学。街なかの建物に手すりがつけられ、車椅子用スロープが当たり前のようにあるなど、日常の細かな部分にデザインが施され、障がい者も健常者もみながストレスなく気持ちよく暮らせる社会の仕組みが確立されていることに感銘を受けた。「使いやすく機能的であることが、美しいデザインにつながる」ことも実感したという。

「グローブチェア」(2018)。ウィンザーチェアをモチーフに、広い空間をゆるやかに仕切る構造を考えた。

コペンハーゲンの事務所で学んだこと

在学中にブランディングエージェンシーのコントラプンクトでインターンを経験し、卒業後、2年間ほど働いた。社長のボー・リンネマンは、グラフィックも学んだ建築家で、文字のデザインを建築の一部だと考える。そこでの経験から建築の概念が大きく広がった。その後、スペース・コペンハーゲンに転職し、5年間働いた。空間設計だけでなく、家具会社と協働して家具まで手がけることが多く、そこで建築空間全体を包括的に考えることを学んだ。

ふたつの会社で働く傍ら、コンペやプロジェクトに参加。その後、2021年に永住権を取得し、小林優とmok architectsとして本格的に活動をスタートさせた。小林も、森田と同じようにデンマークの学校に留学し、現地の会社で建築、インテリア、家具、VI、家電、電車と幅広いデザインの経験を積んだ。

「スティック・ボックス」(2017)。シャーロッテンボー美術館で行われる芸術祭の、若手建築家の登竜門として知られるコンペに参加して制作。

ロングライフに愛される建築空間を目指して

活動拠点としてデンマークを選んだ理由を、森田はこう語る。「古い建物や家具を大切に永く使う一方で、BIGが設計する奇抜な建物が並び、生活のインフラサービスはすべてデジタルで完結するなど、新旧の価値観が共存する土壌に惹かれました。そのなかで、未来に向けて私たちが新しい建築に挑戦していくのは面白いと感じたのです」。

2017年に手がけた「スティック・ボックス」は、ふたりにとって大きな方向性を見出すプロジェクトになった。これはデンマーク産高級フローリングの商品価値の低い部分や普通は活用されることのない端材を、30cmの小さなモジュールにして組み上げたフードパビリオン(屋台)。物の命、ライフサイクルを少しだけ長く延ばし、「長持ちするデザイン」について考え始めるきっかけになったと森田は言う。「北欧の家具やプロダクトのようにロングライフに愛される建築空間がつくれないかと考えるようになりました」。

2021年5月にコペンハーゲンの陶芸工房の一角で、初めて開催したポップアップショップ。

「長持ちするデザイン」を提案する活動のひとつとして、森田は2021年から年に数回、ポップアップショップを開いている。そこに並ぶのは、各地から集めた日本の民藝や北欧やメキシコ、南アフリカなどの手仕事でつくられた生活道具である。

「もともと建築物もすべて手仕事によってつくられていましたが、今は予算や納期などによって、カタログから既製品を選ぶ傾向にあります。もっと手仕事の要素を建築に取り入れることができたら、その建物はより魅力を増して愛着が湧き、永く使いたいという思いが育まれると思うのです」。現在、森田は仕事の合間をぬって日本の工房を訪ね、つくり手との交流を図り、建築の一部に活用できそうな素材や物を見て回っている。今後のプロジェクトでのコラボレーションを見据えて、また、将来的に工芸のつくり手と建築家をつなぐプラットフォームをつくることも構想しているという。

「HAUN」(2023)。mok architectsにとって日本での初プロジェクト。2024年から入居者の募集が始まる予定だ。

日本での初めてのプロジェクト

近年は日本のプロジェクトも手がけ、今後2、3年のうちに複数の竣工物件が予定されている。最初に携わったのは、東京のコリビングシリーズ「HAUN」の共用部の設計で、来年竣工予定だ。

空間デザインを考えるときに、デンマークでの暮らしの体験がエッセンスになることがあるという。「デンマーク人は、暮らすなかで自分が心地いいと思うものを本能的に求める生き方をしていると感じます。手すりひとつをとっても手触りがよく握りやすいなど、人間の根源的な欲求のようなものが街なかの建築デザインにも表れていて、それがこの国の豊かさを生み出しているんだと思います。このプロジェクトでも、そうした豊かさをテーマに考えました。キッチンで日の光を浴びながらごはんをつくれたら気持ちがいいかなとか、木や石などの自然素材、ベージュのような優しい色彩、緑を取り入れて、各々が心地いいと感じる場所を自由に選べる寛容さを持った空間を目指しました。そうした無理のない心地いい空間も、長持ちし続いていく空間のひとつだと思うのです」。

IZUMI」(2018)。コペンハーゲン郊外のカジュアル寿司レストラン。Collaborate with PAN-PROJECTS, Photo by Yuta Sawamura

「IZUMI」(2018)。古くから互いに影響しあってきた北欧と日本、各々のデザインのいい部分を取り入れたプロジェクト。シャルロッテンルンド店。Collaborate with PAN-PROJECTS, Photo by Yuta Sawamura

森田自身が心地いいと感じる空間は、例えば、飲食店ならば気軽に入れる肩肘張らない店だという。

「私は食べること、美味しいものが大好きでレストランに時々行くのですが、デンマークでは高級店でもカジュアルなしつらえだったり、ウェイターが気さくに話しかけてきてくれるので、リラックスして美味しい料理をいただけるのが魅力のひとつと感じています。日本に戻ったときは、おじさんが好きそうな古くから続くお店によく行きます(笑)。おじいちゃんおばあちゃんが切り盛りする定食屋さんとか、新橋の飲み屋さんとか。ゆっくりした空気感があって、そこにテレビがあって野球の試合が放送されていたら、それをきっかけに店主も客も、初めて来た人も一緒に会話が始まる。そういうみなが安心して心を開放できる空間は、使う人の個性が生かされたデザインだったり、コミュニティづくりやソフト面などの多くの要素がいいかたちに絡み合っている、そういうお店に行くたびにいろいろなことを学んでいます」。

「Studio x Kitchen」(2018)。コペンハーゲンのインテリアショップ「Studio x」と協働した、新しいキッチンとカフェスペースの提案。Collaborate with Indretningsfabrikken, Archival Studies, Photo by Elizabeth Heltoft

近々、東京にも拠点を構える予定で、これからコペンハーゲンと日本の2拠点を軸に、それぞれの地でつくった家具を国内外で展開したり、他国のプロジェクトに携わったり、また、この道に進むきっかけになった人をケアするための建築・デザインにも挑戦したいという。ふたりはまだ30代前半、これからが期待される。

現在、デンマークでの暮らしや留学のこと、自分たちの活動についてなど、ツイッター(@mikimorita)やインスタグラム(@mok_architects)、ボイシーで配信中だ。今秋は半年間ほど帰国予定とのことなので、彼らに仕事を依頼したいという方は、ぜひコンタクトしてみてほしい。End


森田美紀(もりた・みき)/建築家。大阪市立大学で建築家・竹原義二の下で建築意匠を学び、2012年からデンマーク王立芸術アカデミー建築学校留学。修士課程を修了し、デンマークの建築家資格取得。コントラプンクト、スペース・コペンハーゲンを経て、2021年よりパートナーの小林優とmok architectsとしてコペンハーゲンを拠点に活動。

mok architects(モック・アーキテクツ)/空間だけではなく、家具、金物、など、人が触れる場所すべての意匠をトータルにデザインし世界観を構築する、ヤコブセンなど北欧の先人の手法を参考にしながら、拠点のコペンハーゲンにて活動の幅を広げている。