デジタル庁のデザイナーとKOELが話した
共創時代の「インハウスデザイナー3.0」とは?

左からKOELの田中友美子、デジタル庁の志水 新、KOELの高見逸平。
Photo by Takahashi Manami

デザイン領域が拡大する現代における新たなインハウスデザイナー像、「インハウスデザイナー3.0」とは何か?前回に続く、その答えを探る本シリーズの第2回ゲストは、デジタル庁のプロトダクトデザイナーの志水 新。NTTコミュニケーションズのインハウスデザインスタジオ、KOELの田中友美子と高見逸平とともに、共創時代のインハウスデザイナーに求められる役割などについて話し合った。

共創時代のプロトタイピング

――デジタル庁では現在、どのような業務をしていますか?

志水 サービスデザインの浸透や、データ主導の文化づくりをしています。例えば、2022年12月に「政策データダッシュボード」をリリースしました。マイナンバーカードの普及率や健康保険証としての利用登録数など、マイナンバーに関連する政策の進捗を誰でも確認できます。

田中 デザイナーの役割が大きく変わりつつある今、「インハウスデザイナー3.0」という新たなインハウスデザイナー像が見えてきている気がしています。志水さんも、デジタル庁で働いていて、役割や仕事内容が変わってきたという実感はありますか?

志水 そうですね。特に行政においては、課題が複雑な場合が多く、デザイナー個人の力だけで問題を解決するのは難しいと感じています。つくるもの自体はプロダクトやサービス、コミュニケーションで以前から変わらないものの、議論を可視化するプロセスやクリエイティブな発想を引き出すツールの提供など、触媒的な役割が求められています。

田中 さまざまなステークホルダーと共通の目的を掲げるなど、ファシリテーションや場づくりが共創の取っかかりになります。「インハウスデザイナー3.0」に必要なスキルのひとつはデザイン思考と洞察に基づいた議論をドライブする力。インハウスデザイナーの役割は、単なるプロジェクトマネジメントではなく、新しい方向性を見つけてリードすること。参加者みんなを巻き込むために、素早く可視化、プロトタイプする。そういうプロセスをつくって実行していくのも、デザイナーの重要な役割になっています。

志水 新(しみず あらた)/デジタル庁プロダクトデザイナー、経営企画兼務
NPO法人PolicyGarageの理事。米国ニューヨークにあるパーソンズDESIS Labの元客員研究員。デジタル福祉機器のスタートアップ・デザインファーム・IT企業・コンサルティング会社・米国の大学・NPOでデザイナーや研究者として活動。Photo by Takahashi Manami

田中友美子(たなか ゆみこ)/KOEL ヘッド・オブ・エクスぺリエンス・デザイン
英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート、インタラクションデザイン科修了。ノキア、ソニーなどの企業でデバイス・サービス・デジタルプロダクトのデザインに携わり、ロンドンのデザインファームMethodでデザイン戦略を経験後、2021年1月より現職。Photo by Takahashi Manami

公共デザインのアプローチ

田中 「誰一人取り残されない」を掲げるデジタル庁が提供するサービスに求められるのは、信頼性と公共性です。民間企業では、「市場で勝つ」や「いかに差別化するか」などを重視しますが、その点で大きく異なりそうですね。

志水 デジタル庁では、公共性を担保するため、ウェブアクセシビリティを重要視しています。そのため、サービスやコミュニケーションは専門家のレビューを経て公開される仕組みになっています。他に民間サービスでは、売上や利用者数が重視すべき指標になりますが、行政手続きの場合、確定申告や出生届などそもそも使わないという選択肢がないものも多いです。手続き自体のUXや満足度も重要な指標になっています。

高見 KOELは「愛される社会インフラ」を標榜するデザイン組織です。インフラを扱うという点では公共性は無視できません。NTTコミュニケーションズは6年ほど前から、12,000の小学校で使われている「まなびポケット」というコンテンツとコミュニケーション機能を組み合わせた教育クラウドサービスを提供しています。しかし、先生たちのなかには、ICTに馴染みのない方もいらっしゃいます。そこで、KOELのメンバーが小学校にリサーチに行き、インタビューを実施した結果から、先生たちが学校生活でICTを取り入れるときの使い方の定番を集めた「レシピ」と、先生たち同士で課題を共有するための「教え合い文化を醸成する研修プログラム」を再設計しました。レシピを実際に印刷して現場に提供したこともポイントのひとつです。デジタルに慣れていない人たちや実際の教育現場にしっかり寄り添って橋を架けることも、公共性や公平性を重視したサービスには重要なアプローチだと感じています。

田中 相手の文脈にいかに乗るかが大事で、共創においても同様です。

志水 行政職員の方々と共創するため、デザインを行政組織に導入する際も行政の文脈に乗せる工夫をしています。例えば、サービスデザイン研修では、基本的なデザインアプローチやマインドセット以外に行政組織で大切にされているエビデンスとデザインの関係性や調達プロセスへの組み込み方などを伝えています。

高見逸平(たかみ いっぺい)/KOEL UXデザイナー
電機および自動車メーカーにて、製品からサービス、UXに渡る統合的なデザイン活動を実践。グッドデザインアワード金賞、恩賜発明賞など、国内外で数多くのデザイン賞を受賞。2022年より現職。公立はこだてみらい大学客員准教授。
Photo by Takahashi Manami

NTTコミュニケーションズの学校向けデジタルツール教育クラウドサービス「まなびポケット」。全国の公立学校を中心に利用されている。関係する児童・生徒、教職員、保護者など皆にとって簡単に使えることを目指した。公共性や公平性を重視した共創アプローチ。

「まなびポケット」のレシピ。KOELが主導し教育現場でリサーチ。先生らがICTを取り入れるときの使い方の定番を集めて作成。使われるを意識したアプローチ。

未来を示すビジョンデザイン

志水 デジタル庁では、既存の行政組織ではあまり馴染みのないプロトタイピングにも積極的です。大規模に開発する前に、試験的なプロトタイピングを行い、小さくはじめることで、最小限のコストで大きく失敗するリスクを軽減することができます。

高見 プロトタイピングのカルチャーは、実際の行政サービスにはどのように現れているのでしょうか?

志水 マイナポータル実証アルファ版や政策データダッシュボードベータ版がわかりやすい事例です。従来はいきなり正式版としてリリースしていましたが、今はリリース後に改善を重ねることを前提に、試験運用版を公開しています。リリース後、ユーザーからの声や意見を収集し、取りまとめ、改善するというアプローチです。より多くの人々の声を取り入れることで、サービスをより使いやすいものにしていきます。これも共創のひとつと言えるかもしれません。

マイナンバーカードの累計申請件数など、政策に関するデータを一元的に表示できる「政策データダッシュボード(ベータ版)」。データアナリストや行政官といったさまざまなメンバーと共創。

子育てや引っ越しのオンライン行政手続きや医療費の確認などのUXを改善した「マイナポータル(実証アルファ版)」。試験運用版とすることで、実際の利用をベースにさまざまな意見を収集し、素早く改善している。

田中 山口県での共創ワークショップを経て書籍化もした「みらいのしごとafter 50」など、KOELが実践するビジョンデザインは、共創でありながらプロトタイピングに近い性質も備えています。避難訓練と同様に、来るかもしれない未来を想定して、対処法を事前に考えて動いておくことが大事だと思います。

志水 一部の行政機関で取り入れられている、スペキュラティブデザインや未来洞察に近いものがありますね。さまざまな未来シナリオを想定しておくことで、どの方向に進みたいか、進むべきなのかの判断がつきやすくなり、未来のベクトルを定められるようになります。

田中 ビジョンデザインが、社会に対する長期的な視点や変革をもたらす部分もあると思います。

対談を終えて

今回の対話を通じて、公共性の高いサービスにおけるデザイン実装と、KOELが考えるインハウスデザイナー3.0の共通項が見えてきた。それは、「未来を洞察して進むべき方向を見つけること」「ビジョンを可視化しプロトタイプできること」「相手の文脈に乗り共感しやすい伝え方をすること」という3つのスキルだ。

次回、最終回では、KOELが運営するインハウスデザイナーらのコミュニティに参加する、社内外の共創に携わっている数名のインハウスデザイナーと、過去2回の対談から得たインサイトを共有。ゲストを交えて話すことで、これまでの対談を通じて見えてきたインハウスデザイナー3.0の要件を改めて定義し、そのプロトタイプを示したいと考えている。(KOEL・田中友美子)

文/廣川淳哉 

※この記事はKOEl DESIGN STUDIO by NTT CommunicationsとAXISの企画広告です。

本記事はデザイン誌「AXIS」223号「京都の文化と創造性」からの転載です。