今回は、韓国ソウルの話題の締めくくりとして、街なかで目立ったモビリティと、日常風景に非日常を持ち込むローコストなデザインの工夫について触れておきたい。
まず、モビリティについては、日本にも再上陸した現代自動車(以下、ヒョンデ)の健闘が目立ち、京都のMKタクシーでも採用されているEVの「アイオニック5」を数多く見かけた。また、予約を開始した初日だけで1万台のオーダーを受けたという世界戦略ワンボックスカーである「スターリア」も目を引く存在だった。絶対的な台数では、もっと多く走っているモデルもあるわけだが、この2車種(写真は公式プレスフォト)は独特な外観によって際立っていたということだ。
一方で、今のところ韓国内での販売に止まるものの、その塊感のある外観をよく目にしたのが、軽SUVとして販売されているヒョンデの「キャスパー」である。といっても、日本の軽自動車にあたる韓国の軽車(キョンチャ)は排気量の上限が1,000ccなので、その枠いっぱいのキャスパーは車格的にもリッターカーという印象が強い。しかし、フロントシートのバックレスト部分が前方にフラットに折りたためるなど、空間の利用効率を上げて機能性を高めている。
これまで韓国では、格下に見られがちな軽規格のクルマは需要が少なかったのだが、実際には狭い路地も多いソウルの街に適したモビリティでもある。加えて、若者の意識の変化もあってか、キャスパーの人気は上々のようだった。
もうひとつの見慣れないモビリティとして、歩道を移動する自動配達車のように思えたのは、有機野菜や日用品を扱うオンラインショップ「フレディット」の電動デリバリーカート「ココ」(COld+COolからの命名)である。後部にハンドルが付いていることからわかるように、実際には配達員が(この角度からは見えない)ステップに乗って運転する仕組みで、最大時速8kmで走行できる(要原付免許。歩道走行可)。上部に3つ、側面にひとつの冷蔵スペースがあり、その総容量は220リットル相当。同じカートはヤクルトの配達などでも使われていて、その場合には、大小の容器合わせて1,000個余りを積むことができ、一般的な配達区域であれば、2日に1回の充電で足りるという。
ユニークなのは動力のコントロール方法で、ハンドルの右レバーにアクセル、左レバーにブレーキを振り分けている。その理由は、配達員に多い女性たち(「フレッシュマネージャー」などと呼ばれる)が、オートバイのようにグリップを回すアクセル方式に慣れていないためという。それでは、自転車のつもりでレバーを握ったときに加速しかねず危険に思えるが、実証実験をしたうえで決定されたようだ。実際には、アクセルレバーを離すとすぐに止まる仕組みで、ブレーキレバーを使う機会はほとんどないらしく、基本的にはワンレバー操作に近い感覚で走行できるのだろう。
低速の電動カートなので、ギアは「前進-ニュートラル-後退」の3ポジションしかないのだが、意外なのは、縦長形状の操作ボタンの上側が後退、下側が前進となっている点だ。これも実証実験結果、上り坂で前に傾いた運転者の体が誤って触れることを考えると、この配置のほうが安全と判断されたためとのこと。ちなみに、価格は1台800万ウォン(約80万円)程度であり、十分、リーズナブルに感じられる。
それから、ソウルの街角では、なかなか興味深い店舗デザインの工夫も見られた。
例えば、「秀」というカラオケ店は、それぞれの個室の通り側に大きな窓があり、歌っている様子が丸見えになっている。客自身も、歌いながら外に向かって手を振るなど心得たもので、広告がわりにもなり、空き状況が一目でわかるというメリットもある。
また、ありふれた坂の途中にある、小さくて地味なコインランドリーの照明に、ロンドンのハルガー社の製品でサミュエル・ウィルキンソンがデザインし、MoMAのパーマネントコレクションにも選定されている電球型蛍光灯の「プルーメン」が使われていたりした。そういう面白さが、ソウルの街歩きの楽しみのひとつだ。
さらに、今、一番のトレンドスポットとして、1920年頃に形成されたソウルで最も古いとされる韓屋村をリフォームし、建物自体はほぼそのまま生かすかたちでレストランやアパレルショップ、前回取り上げたセルフスタジオなどを誘致した益善洞(イクソンドン)というエリアがあるのだが、そこでもローコストにリノベーションを行う工夫が見られた。
例えば、古くなってひび割れたり一部が剥がれ落ちた壁でも、あえて修復せず、その外側にガラスのカバーや帯状のLEDライトを設けて、遺跡のような雰囲気を演出する。あるいは、狭く入り組んだ路地に、突然、フォーチュンクッキーの自動販売機が現れたり、コインを入れてノブを回すとランダムな景品が出てくる装置(いわゆるガシャポン)を屋外に並べて壁で覆い、星座や干支によるおみくじの販売に利用するなど、それこそ、益善洞全体が巨大なガシャポン的な面白さを秘めていたのである。
ソウルは、フランスのポンピドゥー・センターと地元のハンファ文化財団が共同して建設する近現代美術館も2025年に開館予定であるなど、今後がますます楽しみな街のひとつとなった。