DFAアジアデザイン賞2022 を受賞した
香港の視覚芸術博物館「M+」にインタビュー

香港デザインセンター(HKDC)が2003年にスタートしたDFAアジアデザイン賞(DFA Design for Asia Awards)は、アジアの視点から優れたデザインを表彰する国際的なデザイン賞である。

DFAアジアデザイン賞は、コミュニケーションデザイン、ファッション&アクセサリーデザイン、プロダクト&インダストリアルデザイン、空間デザイン、デジタル&モーションデザイン、サービス&エクスペリエンスデザインの6部門で構成される。全体的な卓越性だけでなく、創造性とヒューマンセントリックなイノベーション、使いやすさ、美しさ、持続可能性、アジアへの影響力、商業的・社会的成功などの幅広い観点から審査を行っている。2022年度は、大賞9点、金賞21点、銀賞・銅賞・功績賞165点が選出された。

なかでも注目すべきは、2021年11月にオープンした香港の視覚芸術博物館「M+」(エムプラス)である。ビクトリア・ハーバーのウォーターフロントにある西九龍文化地区に位置し、香港を象徴するランドマークのひとつだ。

M+の魅力について、同館の副館長でチーフキュレーターを務めるDoryun Chongと、コマース・ビジターサービス担当のKirstin Mearnsは話を聞いた。

まず押さえておきたいのは、M+が香港に立地することである。起伏が多く高密度なこの都市では、狭い敷地に高いビルを建てるのが一般的だ。しかし、M+の建築はこの常識を覆した。Chongはこれを「反・香港的」な建築と表現する。スイスの建築設計事務所 ヘルツォーク&ド・ムーロンの設計は、「T」の字を逆さにしたような、平らな低層階と細長い高層階から成る建物を設計した。低層階は東西110m、南北130mと香港にしては珍しく水平に広がり、幅110m、奥行き10mのタワー部分はモノリシックな形状である。このファサードは、ウォーターフロントに向いた巨大なLEDモニターとしても機能する。

欧米の美術館に匹敵する「グローバルな施設」をつくり上げることをビジョンに、MoMAやポンピドゥー・センター、テート・モダンと比べても遜色のない物理的な規模を持つだけでなく、視覚文化をテーマとするだけに、それらに引けを取らない建築であることを実現。国際的な都市・香港に位置しているからこそ、このような野心的な建築が可能となった。

カラフルでユニークなビジュアルアイデンティティも印象的である。パブリックイメージとブランディングを手がけたのは、オランダ・アムステルダムを拠点とするデザイン集団 Thonik。ファサードのLEDモニターから、ウェブサイト、印刷物、広告、プロダクトに至るまで、一貫したデザインを採用した。

「美術館や企業のブランディングでは、決まったロゴを使用し、カラーも限定しがちです。当館では、Thonikが提案したグレースケール50%というカラーパレットにより、幅広いカラーリングが可能となりました。ウェブサイトだけでなく、どんなものにも柔軟に対応できます」とChongは語る。

こうした戦略により、M+が単なる展示空間ではなく、視覚文化を広く網羅する博物館であることを周知することができる。さらに、香港の街の有名なネオンサインのように、カラフルであることも重要だ。「当館は香港のバイタリティとダイナミズムを表現しています。ブランディングにもそれを落とし込んでいます」とChongは説明する。

M+博物館の建設をテーマに、フランス人のアーティスト Vincent Broquaireにより制作されたアニメーションシリーズ。

幅100m、高さ66mのLEDモニターは、企業のロゴや広告をあしらった街頭のネオンサインとは別物である。「M+は非営利の公的機関なので、ファサードを営利目的や企業向けに使用できません。それよりも、当館のイメージやメッセージを表現したり、市民と常設コレクションを共有したいのです」とChongは語る。「このファサードは当館最大のアート作品なのです。広告として利用したい人に、毅然と『NO』と言えます」とMearnsも胸を張る。

外観だけでなく、館内も見どころが満載だ。2階のギャラリーは東西南北の4つのエリアに分かれており、南側のギャラリーには驚くべきことに四方に窓が設けてある。展示物にはふつう自然光を当てないが、ここでは、ときには窓を開けることもあるという。さらに、2階の開放的なアトリウムや中央スペースからは、建物のトラス構造が見える。

Mearnsは、「部分的にオープンになっているので、博物館全体のスケール感を体験できます」と建物の大きさを強調する。「外からはわからないかもしれませんが、中に入ると、突き抜けるような壮大なサイズ感と開放感、自由な発想が得られます。特に2階は、広大なスペースを使った展示が可能です」と教えてくれた。

南側のギャラリー。

2階のメインホール。

また、M+の特徴として、Chongは「ラーニングハブ」と呼ばれる学習スペースを挙げる。数多くの学習プログラムが用意されており、幅広い世代が参加できる。「博物館全体が学びの空間になっており、さまざまなスペースで学習が可能です。私たちは教育ではなく学習という言葉を使います。教育だとトップダウンな感じがしますからね」とChong。

M+_ファミリーデー・アートワークショップ風景。

「M+には日本では見られないものがたくさんあります。ぜひ来ていただきたい」とChongはメッセージを寄せてくれた。さらに、「日本の旅行者を迎える準備は万全です。私たちは日本からの来場を心待ちにしていますし、日本の皆さんも香港への旅行を待ち望んでいるのではないでしょうか。日本と香港は相思相愛なのですから」と期待を寄せた。

歓迎しているのはMearnsも同じだ。M+では現在、草間彌生の展覧会「Yayoi Kusama: 1945 to Now」を開催している。「彼女のキャリアの集大成といえる初めての回顧展であり、香港まで足を運んでいただく価値のあるものです。彼女は日本の宝のような存在でしょう」。End

Doryun Chong
M+ 副館長、チーフキュレーター。
2013年からM+ コレクションの変革的な成長を主導し、20世紀と21世紀の異文化間および国境を越えた視覚文化を前面に出した展示とプログラムの学芸員の教育的実践を担当。

Kirstin Mearns
M+ コマース・ビジターサービス担当。
会場の運営、コレクションの安全性、博物館事業の関連性・収益性、ブランドと優れたガバナンスを確保するための短期的および長期的なビジネス戦略に携わっている。