国内最大級のメタバース・プラットフォーム
「cluster」を手がける加藤直人に聞く、バーチャルな社会のつくり方

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近い将来、フィジカルとバーチャルを横断するくらしが当たり前となっていくだろう。これからのくらしのなかで豊かさを生み出していくためには、バーチャルな世界のフィルターを通して見たフィジカルな世界の価値を再認識し、未来に向けて実装していく必要があるのではないか。 「Creators Session」では、パナソニック未来創造研究所とアクシスデザイン研究所がさまざまな分野の若手クリエイターたちとともに、全5回のセッションを通じて未来のくらしを思考する。第3回はクラスターの加藤直人を迎えた。

登壇者
加藤直人(クラスター代表取締役CEO)
齋藤直輝(パナソニック デザイン本部 未来創造研究所)
迫 健太郎(パナソニック デザイン本部 未来創造研究所)

モデレーター
魚住英司(アクシスデザイン研究所)

クラスターがつくる、人生を解き放つための世界

——加藤さんの活動について教えてください。

加藤直人(以下、加藤):「cluster」という国内最大級のメタバース・プラットフォームを運営しています。clusterでは多数の法人イベントを開催するだけでなく、官公庁との取り組みや、2025年大阪万博に向けた取り組みなども実施しています。

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加藤直人(かとう・なおと)/クラスター代表取締役CEO。京都大学理学部で宇宙論と量子コンピュータを研究。同大学院中退後、3年間のひきこもり生活を過ごす。2015年VR技術を駆使したスタートアップを起業し、バーチャルSNS「cluster」を公開。経済誌『ForbesJAPAN』の「世界を変える30歳未満30人の日本人」に選出。一般社団法人MetaverseJapanのアドバイザーも務める。

メタバースを俯瞰的に解説した『メタバース さよならアトムの時代』という書籍も執筆しました。そのなかでも触れていますが、メタバースを明確に定義すること自体にはあまり意味があるとは思っていません。ただ、「コンピュータがつくり出した世界で生活する時代」というのはコンセンサスが取れているといって良いと思います。

『メタバース さよならアトムの時代』

メタバースを網羅的に解説した著書『メタバース さよならアトムの時代』

——人がメタバースに惹きつけられるのはなぜなのでしょうか。

子どもの頃、自由に空を飛んだり、ファンタジーのような世界で遊んだりすることを夢見た人もいますよね。現実空間の私たちは物理法則などのさまざまな制約を受けていますが、メタバース上では自由にものづくりをしたり、空間そのものをつくることもできます。さらにつくったものを売買することもできます。そこで大切なのがクリエイティビティです。われわれは、専門的な技術がなくても、誰もがそのクリエイティビティを発揮して、人生を解き放つことができる世界をプラットフォームとして提供しています。

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今回はパナソニックの社内向けカンファレンスの1コマとして対談が行われた。

バーチャル時代のクリエイティビティ

齋藤直輝(以下、齋藤):clusterでは、誰もが自由にメタバース空間(ワールド)をつくることができますが、そのなかには誰も来ないけれど、ひとりでコツコツと空間をつくっている人もいるかもしれません。逆に大勢を集めて経済圏を生み出すような空間をつくる人もいるでしょう。加藤さんが考えるクリエイティビティという観点から、両者はどう捉えられるでしょうか。

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齋藤直輝(さいとう・なおき)/未来創造研究所 空創クリエイトルーム デザインコンサルタント、ルームリーダー。

加藤:資本主義社会のなかでのプラットフォーマーという立場で考えると、人を惹きつけたり、お金を動かすことができるものを贔屓することになりますが、私個人としては、誰も見ていないところでモノをつくることもクリエイティビティだと思っています。イマジネーションを具現化する営みすべてをクリエイティビティと呼びたいのです。

魚住英司(以下、魚住):先日、AIが生成した画像を見たときに、今後は課題解決のためのクリエイティブはAIが担うのだろうと感じました。そうすると、人間によるクリエイティブはつくりたいからつくるとか、つくることそのものが楽しいといった、もっと本能的な方向に移行するだろうと思います。

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魚住英司(うおずみ・えいじ)/アクシスデザイン研究所 デザインストラテジスト、一級建築士。

迫 健太郎(以下、迫):私も学生のポートフォリオを見させていただく機会があるのですが、ここ数年、課題解決系のデザインが増えています。もちろん素晴らしいことですが、同時に「何かの課題を解決していないとクリエイティブではないのか?」と感じることもあります。今後は、何の役にも立たないかもしれないけど、コツコツとつくったすごい何かが求められるのかもしれません。こういったデザインの転換がメタバースによって引き起こされるのも良いですね。

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迫 健太郎(さこ・けんたろう)/未来創造研究所 空創クリエイトルーム デザインコンサルタント。

加藤:AIの話にからめると、今までAIが3DCGのイラストを描くことまではできましたが、3DCGそのものをつくることは難しかったんです。しかし、今やディープラーニングによって言葉を入力すればすぐにつくれてしまう。AIがつくったものを人間が少し修正すれば、結構良いものができる時代が到来していて、ものをつくるハードルが下がっていると感じます。

齋藤:私は、人間のクリエイティビティをどこで発揮するべきかという問いに悩むことが増えてきました。バーチャル美少女ねむさんは、人が五感で感じる心地よさはAIには代替できない、人間がクリエイティビティを発揮する領域として残るという話をされていました。

AIがさらに発達して3D空間を簡単につくれるようになったとしても、人間にとって何か物足りない部分が出てくるでしょう。その物足りなさを埋める人間の作業に、人それぞれの個性や違いが出る世界になっていくのでしょうか。

加藤:五感の話でいうと、現状はそのとおりだと思っています。将来的には五感すべてがハックされるでしょう。そうなると、フェティシズムしか残らないかもしれません。

デカルトは「我思う、故に我在り」という言葉を残していますが、私は「我選ぶ、故に我あり」という世界がくるんじゃないかと思っています。思い浮かんだことがすぐ出力される魔法の世界がやってきたとき、AとBを前にして「私はAのほうが好きだ」というフェチしか残らないのかなと。そのフェチが、クリエイティビティと紐付いていく鍵になるのかもしれません。

プラットフォーマーとしての自由と規制

齋藤:メタバース上でユーザーは自由にクリエイティビティを発揮することができますが、そこに制約が生じることもあると思います。ユーザー同士の相互作用によって自己組織化されていくなかで、プラットフォーマーはどこまで管理すべきなのでしょうか。どういった価値観のもとで舵取りをされていますか。

加藤:基本的には、自由度が高いほどインターネットライクになっていき、自由度が低いほどゲームライクになっていきます。私個人は、インターネットライクな自由度が高い方向に未来があると感じています。

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:メタバース上の秩序を守る点で何か留意されていることはありますか。

加藤:ルールは国によるものとプラットフォーマーによるものと、二重に存在します。まず国は妄想でルールをつくらず、実態に即したかたちでルールづくりをする必要があります。プラットフォーマーの立場では、ユーザーとプラットフォーマーとでは、どうしても後者のほうにパワーバランスが偏ってしまいます。しかし、ユーザーにはプラットフォームを選ぶ権利があるというのも重要なポイントです。

『キングダム』という漫画で、ある登場人物が「“法”とは願い!」と言っているシーンがあります。「法は、国民にどういう人生を歩んでほしいかという願いを言葉にして運用するものだ」と言うんです。サービスのガイドラインを決めるときは常にこのことを念頭に置き、clusterというサービスが発展したとき、ユーザーにどうあってほしいのかということを考えるようにしています。

バーチャルだからこそ生まれる価値

加藤:メタバースやソーシャルVRはまだまだアーリーステージの段階ですが、今の状況を楽しめている人は、現実世界に比べて情報量の少ないデフォルメされた空間を妄想によって補完することで、ユートピアのように感じています。サービスを提供する側と受け取るユーザー側の相互の妄想によって、何かすごいことが起こる世界なのかなと思います。

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メタバースは世界をすべてシミュレートし切れるのか?という問いに対し、現実世界の情報量を引き合いに、メタバースがデフォルメされた世界であることを解説。

齋藤:このあたりは日本人には向いていそうですね。私は日本人の美意識をテーマにした研究も行っていますが、日本人は例えば、三日月を見て美しい満月の姿を思い描くような感性を持っていると思います。メタバース上でもユーザーが最大限に妄想できるような余白が必要なのかなと感じました。

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加藤:そうですね。日本はアニメ・ゲームカルチャーに馴染みが深いので、キャラクターなどデフォルメされたアバターに対してあまり抵抗がありません。ここでも脳内補完がされているのですが、コンピューターリソースから考えても、海外でよく見られるリアリスティックなアバターに比べて描画の計算量が少ないというメリットもあります。

魚住:フィジカルとバーチャルの違いとして、「時間軸」を行き来できるか否かという話もあります。それはアウトプットに何か影響を与えるでしょうか。

加藤:結論からいうとまだわかりません。以前、clusterでは、あるイベントの様子を後から再現することができる仕組みを公開しました。そこで何が起こったかというと、リアルタイムで参加する人が減り、後で買う人もそこまでいませんでした。つまり、VR上で感じられる熱狂を求めていたがゆえに、後から参加できるという機能は求められていませんでした。このあたりは人間の心の面白いところだと思います。「今この瞬間に行われている」という熱狂感が大事なのでしょう。

:先日、朝4時に起きて、ワールドカップの日本対スペイン戦を観ていましたが、それはみんなで同時に応援することも含めて楽しんでいる。あれを録画で観てしまったら、あまり楽しめなかっただろうなと思います。

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齋藤:別の視点から考えると、例えば、自分がスポーツをしていてその動きをアーカイブ化したときに、将来の自分が過去の自分と競えたら、成長を感じられるかもしれません。空間と時間をアーカイブすることで、新たな価値を生み出す可能性がある。そういうところがメタバースの面白さかなとも思います。

加藤:ゲームの世界ではチャレンジングな事例がありますね。他の人が自分のいる場所で何かしていた痕跡を残すといった例です。べったり残してしまうとゲームプレイの邪魔になるけど、なんとなく他者と繋がっている感覚をゲームのなかでつくってみる。そのような試みを通じて、ゲーム業界はバーチャル空間と時間の関係性を探っているようです。

メタバース発展の鍵を握るふたつの業界

魚住:今後、メタバースはどのように発展していくのでしょうか。

加藤:ひとつ挙げるとすれば、近い将来、デジタルネイティブならぬ「バーチャルネイティブ」が出てきてもおかしくないでしょう。デジタルネイティブは、インターネットやデジタル技術を日常的に使う人たちですが、バーチャルネイティブは、バーチャル空間で当たり前に生活する人たちです。

魚住:では、メタバースが発展していくための鍵はなんでしょうか。

加藤:今までユーザーにクリエイティブな活動をさせようと苦心してきたのは、GoogleやFacebook、Twitterに代表されるWeb・アプリ業界です。でもメタバースの根幹技術はゲーム業界のもので、現実世界をいかに3DCGで現実らしく表現するかという価値観です。両者の融合がメタバース業界の成長において重要なテーマだと思います。

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このふたつの業界はカルチャーがまったく違います。かたやマスターアップに向けて緻密につくり込むゲーム業界に対して、 Web・アプリ業界はとりあえず出して継続的に改善をしていくカルチャー。これを融合することがメタバースが発展する鍵になるかなと思っています。

また、人材の流れも大きな鍵ですね。人の流れ次第で業界の発展スピードは変わるでしょう。メタバースは技術的にはゲーム寄りであるにも関わらず、体験的にはWeb寄りなんです。このふたつの業界が融合していくと強いのですが、現状は両者の間に大きな断絶があるように感じています。

加藤さんにとってのフィジカルとは?/バーチャルとは?

加藤:人間は、知性を持っているがゆえにパターンを認識して、情報をデフォルメします。そしてそれをバーチャル空間で表現したものがメタバースです。人類はコンピュータを生み出しました。さらにコンピュータが新たな世界を生み出して、人類はそこへ向かい始めている。

人類は今、フィジカルに生まれてバーチャルを活用する段階から、バーチャルそのものへ移り住んでしまおうという変遷の最中にあるのではないでしょうか。

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パナソニック 未来創造研究所 X アクシスデザイン研究所 Creators Session
第1回「メタバースにおける空間設計とコミュニケーション」ゲスト:番匠カンナ
第2回「もうひとつの世界で生きる」とは? ゲスト:バーチャル美少女ねむ
第3回「バーチャルな社会のつくり方」ゲスト:加藤直人
第4回「身体感覚・体験を共有する未来」ゲスト:玉城絵美
第5回「人類が調和する社会」とは? ゲスト:佐久間洋司

(文/水谷秀人、写真/西田香織)