デザイナーの千葉禎は、宮崎椅子製作所、graf(デコラティブモードナンバースリー)を経て、2021年に独立。現在、東京と徳島に事務所を構え、空間設計と家具デザインの仕事を中心に活動している。2022年には、オリジナルブランド「ARIANT(アリアント)」を立ち上げ、第一弾となるプロダクト(トレイ、スツール、テーブル)をててて商談会・商店街 2022秋で発表した。職人や技術者といったつくり手の視点を持ちながらデザインに取り組む千葉に、これまでの経緯とものづくりに対する想いを聞いた。
家具づくりに興味を持ったきっかけ
千葉が通っていた高校の校舎と礼拝堂は、アントニン・レーモンドが設計したものだった。多感な時期にその建築空間を体感したことがきっかけで、自然とデザインや建築に興味を持つようになったという。また、当時の90年代末は、センサーを使ったインタラクティブアートが盛んで、自身も3DCGを描くことを好み、卒業後は東京造形大学デザイン学科に入学し、メディアデザインを専攻した。
大学3年生のときに、室内建築科の友人と校内の木工スタジオで椅子を製作したことが転機となった。頭の中で思考し、コンピュータに向かうことが多かったなかで、大型機械を使って板がふたつに綺麗に切れたときの明快な手応えと、身体を使った作業に面白さを感じた。そこから家具づくりに興味が湧き、製作した家具を学内外の友人たちと東京・青山で展示発表する経験もした。
宮崎椅子製作所で家具製作を学ぶ
さらに家具について学びたいと思うようになり、就職先を探すなかで徳島にある宮崎椅子製作所のホームページに出会った。同社は家具製作のOEMを主体としていたが、2代目の宮崎勝弘社長が今後の活路を見据え、2000年から外部デザイナーと組んでオリジナル家具を開発するという、新しい取り組みを始めていた。
千葉は2004年に入社し、工場の製作現場で働いた。木を削り出すところから布張りまで、椅子づくりの工程をひと通り経験し、オリジナル家具の試作にも携わった。小泉誠、村澤一晃、イノダ+スバイエらの図面をもとに試作品をつくり、現物を前に社長を交えてデザイナーらのチェックを受け、ともに工場内で調整を繰り返して昇華させていく。デザイナーの仕事を間近で見たこの経験は、千葉にとって大きな財産になった。
千葉にとって、もうひとつ勉強になったのは、就業後に工場の機械を使って自らがデザインした椅子を製作させてもらえたことだった。初めてつくったのは、「Bon stool」。最初はつくり手側の目線が強く、造形や技術ばかりが頭にあったが、宮崎社長や外部デザイナーから「家のどこに置くものなのか、誰が使うものなのか」という問いかけや助言をもらううちに、次第に視野が広がっていったと振り返る。
「デザインというのは、道具としてのあり方はもちろん、社会のなかで何が求められているか、素材や価格、製造技術のことを含めて多面的に考え、それらいろいろなものをつないで編集していくことが大事だと思います。その考え方は今の自分につながっています」。
家具製作から空間設計の仕事へ
家具をつくる経験をしたことで、それが置かれる空間や建築に対する興味が高まり、30歳を機に転職を決めた。家具製造や空間設計、ショップ運営、グラフィックデザインや企画開発などを幅広く手がけ、服部滋樹が代表を務めるgraf(デコラティブモードナンバースリー)に2012年に入社。コートハンガーなどのプロダクト開発をはじめ、住宅やオフィス、ホテル、店舗などの空間設計に携わった。
2018年からは徳島のサテライトオフィス「graf awa branch」で、四国や関西の仕事を中心に取り組み、小さな金具から什器や空間まで、すべてひとりで担当するプロジェクトが増えていった。印象に残っているプロジェクトには、徳島の菓子店「BAKE SHOP TAMU」や、ワコールによる京都の町家を生かした宿泊事業のひとつ、簡易宿所「京の温所 御所西」があるという。
オリジナルブランド「ARIANT(アリアント)」を開発
これまでの家具製作や空間設計の経験をもとに、今度は自分のデザインに挑戦しようと、2021年に独立。東京と徳島に事務所を構え、デザイナーとしての活動を始めた。2022年には、オリジナルブランド「ARIANT(アリアント)」を立ち上げ、第一弾としてトレイ「TRAY 1」、スツール「al stool」、テーブル「Kwaigi table」を発表した。
製作は、これまで仕事をしたことのある工房に依頼。いずれのプロダクトも、空間のなかでの使われ方や道具としての使いやすさはもとより、各工房にとって無理のない、得意とする技術がデザインに活かされていることを重視。つくり手とデザイナーの両方の視点から考えた、千葉ならでは発想が息づいている。
トレイ「TRAY 1」とテーブル「Kwaigi table」の製作を手がけた、長野の木工工房quiet space tool and furnitureは、無垢材を用いたプロダクトや店舗用什器などを製作する。経験豊富で高い技術力を持ち、千葉はいつも構造や工法について助言をもらうという。トレイとテーブルでは、図面の完成前に詳細な部分まで相談し、デザインに反映させながら進めていった。
スツール「al stool」の製作を担った徳島のNCタカシマは、少人数制の家族経営の木工所だが、高精度な3軸のCNC(コンピュータ数値制御)加工技術と、手仕事による丁寧な研磨に定評がある。千葉は彼らの技術や、それによる手触りの良さが活きるように、面や線のつながりを重視。また、木地加工をほぼCNCで行い、板ハギ(板を複数接着して、板幅を広げる加工)ではなく組み合わせて成立する構造など、同社が持つ機械を使ってつくれることや、製作時間や工数を減らすことにも配慮した。
図面をオープンソース化するメリット
発表した「ARIANT」のプロダクトは、ててて商店街 2022秋で図面や3Dモデリングデータ、アルゴリズムデータを入れたUSBを実験的に販売した。今後はホームページにデザインデータを掲載していくことも検討している。
デザインデータのオープンソース化について、千葉はこう話す。
「オリジナルブランドを立ち上げたときにやってみたかったことのひとつです。現在使用している3Dプリンタがオープンソースプロダクトだったことで最初に興味を持ちました。また、宮崎椅子製作所にいた頃にデザイナーの手描きの原寸図面や精緻につくられた3Dモデリングデータの美しさに感銘を受け、そうしたデザインデータをつくることもデザイナーの職能のひとつのように思えました。『ARIANT』のデザインデータをオープンにすることに、今のところデメリットは感じていません。同じ図面をもとに製作しても、地域性が影響したり、つくる人によってでき上がるものが異なったら面白いですし、設定したルール内であれば、商用利用であっても図面を改変したり、素材を変えてもらってもいい。枝分かれして亜種が生まれていくように、プロダクトが発展していったらいいなと思っています」。
千葉は、家具の製作からスタートし、空間設計やそれにまつわる照明や什器のデザインの経験を経て、現在、つくり手とデザイナーの両方の視点で思考するなかで、独自の世界観を創造していこうとしている。
「デザイナーの創意工夫と工場の高い技術力が融合することによって、機能性を追求したなかに新しい造形美を生み出すことができると考えています」と千葉は語る。「ARIANT」は、今後もシリーズを増やしていく予定で、現在、次の企画を練り始めているところだ。
千葉禎(ちば・ただし)/デザイナー。1981年東京都生まれ。2004年東京造形大学卒業。2004〜2012年宮崎椅子製作所勤務。2012〜2021年有限会社デコラティブモードナンバースリー(graf)設計部勤務(大阪・中之島、徳島)。2021年に東京と徳島に事務所(千葉設計室)を開設し、月に1〜2回徳島に通うペースで仕事をしている。店舗設計、住宅設計、住宅やマンションのリノベーション、家具デザインなどを手がける。コートスタンド「r(アール)」(graf)が2015年度グッドデザイン賞受賞、「京の温所御所西」(graf)が2020年Dezeen award longlist賞受賞。