重松象平とともに巡る、「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ展」

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Photos by Yoshiaki Tsutsui

クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ展」が2022年12月21日、東京都現代美術館で開幕した(会期は2023年5月28日まで)。この展覧会が見せるのは、75年の歴史をもつファッションハウス、ディオールのオートクチュールの数々だ。1点ものとしてあつらえられるオートクチュールを間近で見られる機会は少ない。今回は、ドレス類をはじめとする1,500点以上のドレスが一堂に会し、まさに「圧巻」という印象をもって会場を後にするような展覧会である。

同展キュレーターのフロランス・ミュラーの説明によると、ディオールは数あるファッションハウスのなかでも最大級のアーカイブを擁している。デザイン画はもちろんのこと、ファブリックやアクセサリー、そして発想源になったオブジェなどあらゆるものが含まれている。クリスチャン・ディオール展は2017年からヨーロッパ、アメリカ、アジア各国など6カ所を巡回しているが、何千着ものドレスを取り出し、各会場の模型を見ながらストーリーづくりを行ってきた。

東京に到着した同展の会場デザインを担当したのが、建築設計事務所、OMAニューヨークオフィスの重松象平だ。重松はOMAのパートナーとして、美術館や大学キャンパスなど主にアメリカと日本のプロジェクトを多く手がけてきた。ディオール展では、デンバーとダラスの会場デザインを行っている。その重松の案内で、東京ディオール展の主な部屋のウォークスルーをお届けしよう。

ギャラリストの部屋

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ファッション・デザイナーになる前のクリスチャン・ディオールに触れる導入部には、ディオールが経営していたギャラリーの展覧会を撮影した写真が展示されている。

会場に足を踏み入れると、ドレスの前にモノクロの写真の空間が迎えてくれる。これは、ディオールの創設者、クリスチャン・ディオールのファッション前の人を表現するものだ。

重松 「クリスチャン・ディオールは若い頃建築家になることを目指し、その後アートに惹かれてギャラリーを経営していた時期があります。この写真は、マン・レイが撮ったもので、クリスチャン・ディオールのギャラリーでの展覧会の様子です。まだ有名でなかった頃のデュシャンやダリの作品を展示している。クリスチャン・ディオールという人は、建築やアートへの関心がベースにあるんですね。彼自身の家はクラシカルなものなんですが、建築のディテールやフォルム、プロポーションの面で関心があったのだろうと思います」。

ニュールックの部屋

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ニュールックの部屋では、天井まで伸びるサーフェス(膜)に黒から白へのグラデーションを施した。

ここからディオールのファッションを特徴づける、さまざまなストーリーが各部屋で展開される。最初は「ニュールック」だ。第二次世界大戦後間もない1947年に発表された最初のコレクションは、女性のなだらかな肩や丸みのあるヒップを強調し、戦後に向けた女性らしさを表現するニュールックとして、ファッションに革命を起こした。事に「バージャケット」と呼ばれる白い上着はその代表作となっている。ふんわりとした黒いスカートとのコントラストが美しい。

重松 「バージャケットは、戦後女性が男性っぽい服を着ていた時代に、ウエストを強調した女性っぽい服で、そのままバーに行けるのでそう名づけられました。フォルムが女性を解放したと言えます。この部屋の展示は、周りの膜が黒から白へ変わるグラデーションになっていて、白と黒というコントラスト、その構造性も含めて、まるでバージャケットのなかにいるかのような、そんな世界観を表現することを目指しました」。

実は、先に重松の役割を「会場デザイン」と書いたが、ディオール関係者は「シノグラファー(舞台美術家)」と呼んでいる。ディオール展では部屋ごとテーマを設け、そのなかをまるで舞台のように捉えている。「ドリーミー(夢見心地に)」というテーマがまず展覧会全体に与えられ、部屋ごとに個別のストーリーがある。

重松 「美術館はホワイトキューブ(白い部屋)でできていますが、ドレスはアート作品ではないので、それをどう展示するかを考える必要がありました。ホワイトキューブのまま見せるとアートになってしまう。だから、訪れる人とドレスの間にもうひとつのサーフェス(表皮、膜)をつくることで、舞台美術のようなストーリー性を表現しようとしました。どの部屋も壁や天井がサーフェスで覆われており、それで物語を生み出そうとしています」。

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この部屋には白と黒のニュールックの数々のドレスが展示されている。

ディオールと日本の部屋

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日本のモチーフをさまざまに表現したドレス。

そのサーフェスが最も顕著に感じられるのが、ディオールと日本の関係を語る次の部屋だろう。ディオールが日本に上陸したのは1953年。その出会いや鐘紡、大丸、龍村美術織物などの企業との関係とともに、日本のモチーフを取り込んだドレスが並ぶ。その背後にあるのが、うねる障子のようなサーフェスだ。

重松 「ドレスを制作するときは、まず構造体をつくり、それにファブリックをのせるという経過を経ます。この部屋でサーフェスをどうつくるかを考えていた際に、それが日本の障子やねぶたにも通じるものだと思ったのです。僕は25年以上海外で仕事をしてきたのですが、いかにも「日本的」というクリシェな表現はしたくなかった。このサーフェスには動きや流れがあり、和紙のようなローテクな材料を使っても、フォルム、空間構成はコンピュータでパラメトリックに生成したハイテクなものにも見えます。日本ということで伝統にフォーカスされそうですが、未来的なもの、アンビギュアス(曖昧)なものにしたかったんです」。

このデフォルメされた障子のサーフェスには桜の花びらや雲が流れるように投影されている。

重松 「自然のような、環境的な効果があります。そして、そのなかに没頭するようなイマーシブな空間をつくる。まさに舞台演出に通じるものがあります」。

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日本の障子のようなサーフェスだが、抽象的な印象に仕上げられている。繊維が残る徳島産の手漉き和紙を採用、服にも通じるファイバーによって、オーガニック性を表現した。

コンピュータでバーチャルにあらゆるものが体験できる今、現実の物理的な空間でイマーシブに没頭することを人々は求めていると、重松は感じているという。ディオール展では、あくまでもドレスを見ることに焦点をあてながら、イマーシブな体験を提供したいと考えた。

歩を進めよう。

ディオールの夜会服

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東京都現代美術館の見所であるアトリウムには、巨大なひな壇のような舞台を設けた。

白っぽい日本の部屋の隣には、対を成すように黒でまとめられた空間があり、ここには歴代のクリエイティブディレクターの作品が展示されている。「ハウスとしての一貫性と各クリエイターの個性」を見比べることができるようにしたと、重松は説明する。さらにその先には、写真家の高木由利子によるクチュールの写真の数々を並べた細い部屋がある。

そこを抜けて突然眼下に見えるのは、巨大なアトリウム空間にそそり立つ階段のような展示だ。そこにはディオールの夜会服の数々が展示され、壮大さとゴージャスさが迫ってくる。

重松 「アトリウムはこの美術館のいちばんの見せどころで、これまでの展覧会でもさまざまに使われてきました。どうにかして空間に飲まれないようにできないかと考え、新しいサーフェスによって空間自体をトランスフォームするという方法をとりました。また夜会服は平場で見せると、後ろ側が見えません。そこでひな壇のようなものを設け、背後にはミラーを設置しています。ミラーは、技術の進化でストレッチする大判のものがあり、これも舞台美術から来ている材料です。同時にレッドカーペットを登っていくようなイメージができました」。

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ディオールの夜会服の数々が、圧倒的なインパクトをもって迫ってくる空間。

階段のサーフェスには、水が流れたり太陽が上ったりする映像が投影される。ため息も出る夢見心地さだ。

ところで、建築家がこうしたファッション展を手がける際に、どこまで建築的であろうとするのだろうか。ハウス側の主張と建築としてのアイデンティティの間にせめぎ合いはないのか。

重松 「とかく建築家が手がける展覧会デザインはミニマルだったりして、どうしても建築家のテイストが入ってしまいます。しかし、今回はシノグラフィー(舞台美術)であることを意識しました。最近ますますブロックバスター化する展覧会について、あるいはアートでないファッションが美術館に入ってくることについて、誰も議論していません。シノグラフィーという手法はそれに対する自分なりの回答で、またクチュールだからこそできたことです」。

重松は、ディオール側の「ドリーミーにしてほしい」とか「非日常性をつくってほしい」という要望が、建築とは真逆なものだったと語る。建築は機能的で使いやすいものを求めるからだ。そうした要望は、哲学的に考えても空間に消化できるものではなく、ある程度感じたことをそのまま表現するという方法をとった。建築だとどうしても物事を精査してしまうが、「もう少し感情的になっていい」、建築ではなかなか許されないことにも踏み切っていいと考えたという。舞台美術には、スピード感や与えられたものに対する反応などを盛り込むことができ、ファッション界やシノグラフィーの方法を学んだことは勉強になり、これまで使わなかった「別の筋肉を鍛えた」ようだと語る。

ディオールのアトリエ

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唯一無二のオートクチュールがどう生まれるのか。その真髄に触れられる空間。ひとつひとつにディテールや構築性の違いが見られる。

アトリウムの壮大な空間を目にした後、到達するのは真っ白な親密な部屋だ。ここはファッションハウスにとっては中核とも言える場所で、型紙や仮縫いなど、服づくりの過程と真髄が見られる空間だ。

重松 「ここは重要な場所です。クチュールのデザインというのは、ひとりひとりのために唯一無二のものをつくること。その方法は、まずモックアップを三次元でつくってデザインを決める。OKが出たら解体して型紙にし、生地を組み立てる。まるで建築模型のようです。この部屋の白はお飾り的な白ではなくて、クチュールづくりの真髄が込められたものなんです」。

ひとつひとつの展示物に、異なったデザインのディテールや型紙の組み立てが見られる。デザイナーなら長い時間を費やしたい部屋だろう。

ミス・ディオールの庭

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花やガーデンを愛したクリスチャン・ディオール。多くの草花をあしらったドレスが生み出されてきた。

ノルマンディーで育ったクリスチャン・ディオールは、庭づくりが好きだった。ファッション以前に香水づくりを手がけたことからわかるように、花や庭には深い思い入れがある。そうした内面から生まれたドレスの数々が並ぶのが、この部屋だ。

重松 「ここでは、水に咲いた花のようにドレスを捉えています。通路は水面に浮かぶブリッジで、同じ高さからドレスを見るという新しい見方を提供しています」。

天井を覆う草花の切り紙は柴田あゆみによるもの。今回の展覧会では、さまざまなアーティストとのコラボレーションも進められているが、重松はこうした新しい関係性、新しい展示を通して、ディオールは自らを刷新する糧を得ていると見る。

重松 「いろいろなアーティストとのネットワークもつくっているわけですが、これによってブランドとしてのアーティステックな強度も上げていると思います。デザインやアートに対する許容範囲が広く、こうした展示の方法をショップの環境にも反映しているのではないでしょうか。売るとは伝えることです。どうやってディオールを伝えるのか。それをショップ、コミュニケーション、展示、ブランディング、すべてをミックスして刷新していくのです」。

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このスペースでは切り絵アーティストの柴田あゆみの作品が天井を覆う。

ディオールのスターたち

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世界のスターたちが身に着けたディオールのドレスの数々。その場に込められた服やストーリーを、どれだけ強めるられるかを考えたと重松は言う。

ディオールのクチュールを身に纏ったスターたちには、グレース・ケリー、マリリン・モンロー、エリザベス・テイラーなど綺羅星のような名前が並ぶ。彼女たちが実際に着たドレスが展示されているこの部屋は、星とスターを祝福する空間だ。

重松 「これまでの巡回展では星空を天井に投影していましたが、ここでは星のひとつひとつにLEDライトを使っています。しかも、望む色にするために電球に色を塗りました」。

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日本の星座図からモチーフを取っている。

重松自身もファッションが好きだと言う。OMAはプラダの展覧会やショーのデザインも行ってきたが、二者の間に根本的な違いはないものの、ディオールは75年以上続いた歴史とオートクチュールを手がけていたこと、そしてたくさんのクリエイターが続いてきたことが顕著に違うと語る。

重松 「ディオールが生き延びてきた理由は、コンスタントに自らをリインベンション(再発明)してきたことでしょう。現状に満足せず、クリエイティブディレクターがやりたいことをリスペクトして伸ばしていく。そして、クオリティーを絶対に下げない。また、アート、建築、ファッション、コミュニケーションなどいろいろな方向からクリエイティビティを追求する。いろいろな野心が融合してこそ、時代性を備えたリインベンションにつながっていくのだと思います」。

重松は、デンバー、ダラス、東京とディオール展の会場デザインを手がけてきたが、東京では「オーバー・ザ・トップ」、つまり建築家としてのブレーキをかけずに振り切った部分があると語る。

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ファッション界という相手と建築家の自分。その間の「線引きが見えないのが、いいデザイン」と重松は語る。

重松 「建築としてこれはやりすぎではないかと、ブレーキをかけるのは面白くない。デンバーはいかにも建築家がやった会場で、それがダラスでちょっと変わり、今回は振り切った感じです。建築家が見て喜ぶような展覧会ではなく、一般の人が喜ぶようなものを考えました。建築はどうしてもシリアスになりすぎて停滞することがあるのですが、ファッションにはスピードやプレイフルさ(遊び心)がある。ファッションとコラボレーションしたからこそ、今建築でできていることがあると感じます。もう少し気楽に、インスパイアされたままに、感情的に表現していいのだ、と」。End

「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展

会期
2022年12月21日(水)~2023年5月28日(日)
10:00~18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
休館日
月曜日(1月2日(月)、1月9日(月)は開館)、および12月28日(水)~1月1日(日)、1月10日(火)
会場
東京都現代美術館 企画展示室 1F / 地下2F
詳細
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/Christian_Dior/